「楽毅」の名言まとめました

「楽毅(宮城谷昌光)」より名言をまとめていきます。

中国の戦国時代、屈指の名将と言われた楽毅の物語。
戦国時代とは、大国が小国を呑み込む時代。
楽毅の生まれた中山も、大国である趙に狙われていた。
しかし愚昧な中山国の君主は楽観的に捉えており、対策が取られないまま月日が流れていく状態続く。
そんな中山国の中で楽毅だけが、祖国の救済を模索していく。

1巻

功績

伍子胥ほどの名臣がなぜ夫差という王の狭量を見抜けなかったのか。
父と兄のための復讐をはたし、功成り、名遂げたのであるから、自分を
知ってくれた闔廬が亡くなったとき、なぜすみやかに身を引かなかったのか。

先代王の時代に活躍した名臣が、その息子の時代にうまく身を引くことができず、晩節を汚したことによる。
現代でも良くあること。
2代目にとって初代からの重役など、決して頼りになるだけの存在ではない。
自分の動きを制限する厄介者であり、若手を採用できない重しにもなる。
お互いにバランスを取れればいいのだが、人である以上簡単にはいかない。

良妻

田氏の妻は、実際、かしこそうなのである。
夫が昇進しないことをけなさず、世故とはかけはなれた歴史譚にうつつをぬかす夫をあざけるどころか、そうして褒めるのは、よくできた妻といえよう。

田氏の家は低く狭い。しかし暗くもなく貧しくもない。
田氏の妻がもっている豊かさと明るさとが、そうさせている。

楽毅が他家の状況を見たときの感想を、続けてピックアップしました。
あくまで男目線だが、良さが見えるようですね。

讒言について

讒言ほど恐ろしいものはない。
だが、後世のわれらはそれを讒言であるとみきわめられるが、平王の立場であれば、わからなかったかもしれない。
名君になるのは、むずかしいものです。

楽毅が留学中に出会った田氏の言葉になります。
歴史を見ていると、「なぜそんな事を信じたのか?」と疑うほど愚かな話が多数ある。
しかし権力があれば周りのことが見えなくなり、権力がなくても聞いてしまえば迷うもの。
本当に言葉や目に見えるものは恐ろし。
人間の心理に詳しいものなら、相手を惑わせるのは難しくない。
もちろん、全ては本人次第だが。

あいまいさ

なるほど、人も兵法も、じつにあいまいなものだ。

楽毅が歴史や兵法書の孫子を学んだ後、感じたこと。
ここでは孫子について考えます。
孫子は歴史上最高の兵法書と言っても過言ではない。
なぜその兵法書を「あいまい」と言っているのでしょうか?
孫子は読んだからといって、兵法はもちろん現代の経営にもすぐにはいかせない。
むしろ弊害の方が大きかもしれない。
なぜならこの書物には答えがまったく載っていないから。
理論や理屈及び考え方は多数のっている。
しかし、「敵(彼?)を知り己を知らば...」で始まる有名な言葉を知れば、相手に勝てるでしょうか?
では役に立たないかと言えばそうではない。
楽毅が言っているように「あいまい」こそが大切になる。
その点を踏まえて、「孫子」を読むことは非常に価値がある。

理論と勝利

(孫子は)必勝の法をさずけてくれているのだが、楽毅はむしろ、その法にこだわると負けるのではないか、とおもった。
兵法とは戦いの原則にすぎない。
が、実戦はその原則の下にあるわけではなく、上において展開される。
つまり、かってあった戦いはこれからの戦いと同一のものはなく、兵を率いる者は、戦場において勝利を創造しなければならない。

ここでは楽毅における孫子の捉え方が書かれている。
「必勝の法が書かれているが、こだわれば負ける」とはどういうことでしょうか?
例えば、野球やテニスなどの素振りのようなものではと考えている。
素振りの大切さは言うまでもありません。
しかし実戦において素振りと同じスイングは存在しない。もしその通り行えばミスをする。
しかし何千何万と繰り返す素振りにより、基本ができていれば体制が崩れても対応できる可能性が高まる。
知識は得ても、知識に流されない考え方が大切。

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力の使い方

田文にはそれだけの力があり、かれは約束をけっして破らない人である。
だからこそ田文は斉のみならず天下の声望を一身にあつめているのである。

田文とは斉の丞相のこと。別名の孟嘗君はあまりにも有名。
「力があり約束を破らない人」は稀有の存在。
もしそんな人に助けて貰ったなら、協力しないわけがない。

取ろうとする者

取ろうとする者は、まず与える。いつの世も人のやることにかわりはない。

田文が趙の行動に対して楽毅に語った言葉になります。
趙は中山国と戦うため、隣国に恩を売っている。それにより後顧の憂いをなくしている。
自分が得るためには相手に与えなさい、と良く言われる。
相手が同じことをする場合、こちらから奪うために気を引こうとしている可能性がある。
不自然な親切には、注意が必要。

独り

独りで生きることはさびしい。自分のさびしさを視、自分のさびしさを聴いたにすぎぬ。
だがな、丹冬、そのさびしさのむこうに、人の真影がある、ということもわかったよ。

楽毅が留学先である斉の国で、独りで住んでいた時の思いを語っています。
独りがいいわけではないが、一度は経験しておくべきです。
結婚する場合でも、一度は親元を離れて生活することに意味がある。

無理

人が争う場合、欲望を先行させ、怨みをはじめに与えた者が、かならず敗れております。
戦いに必勝の法があるとすれば、まず相手にたたかせる。
しかるのちに起つ。過去の大勝の例は、すべてそれです。
趙がいま中山に奇襲をかけているのなら、最後には趙が大敗しましょう。

この言葉を聞いて日本人なら真っ先に思い浮かべることがある。「真珠湾攻撃」です。
当時アメリカは日本に圧力をかけていたが、戦争をするだけの大義名分がなかった。
それなのに当時の日本軍は大陸では戦線を広げ、アメリカに対しては先制攻撃を仕掛けた。
この言葉を知っていればありえない作戦になる。
もし当時の日本軍が自分の実力範囲を知り、日本国内の防衛及び近隣諸国への応援に徹していれば、勝てないまでも負けない体制を整えることは難しくなかった。
また日清及び日露戦争を悪く言う人はほとんどいない。
なぜなら防衛戦争だったから。
外交を基本とし、不条理に対してのみ戦闘を行い撤収するのが理想だろう。
戦闘は政治の一部いう基本が分からず、力に頼ってしまった。
歴史上よくある話ですが残念である。
じゃあ「戦後の日本人はよかったか?」といえば、戦争はしないまでもバブル時代に海外諸国にたいして行ったことを考えれば50歩100歩ですかね。

有利な態勢

かって斉の威王は兵法の効用を知らず、初めて孫?を引見して、兵法の奥深さに驚嘆したといわれています。
そのとき威王は、自軍が強く敵軍が弱い、自兵が衆く敵兵が寡いとき、どのように兵を用いたらよいか問いました。
たとえ優位に立っていても兵法を問うた威王は、真の王者ではありますまいか。
それをご賢察ください。

楽毅がいる中山国では兵こそ寡いが、自分達の強さに自信を持っていて、敵国を侮っている。
このような考え方を楽毅が懸念したため、父に対して語った言葉になります。
多くの戦いにおいて兵が多い方、もしくは兵士(装備)の質が高いほうが勝利する。
少数で敵を破った桶狭間や厳島の戦いが長く語られているのは、例が少ないから。
楽毅が斉の威王を例に出しているのは、勝てる戦いに対して「勝ち方」を考える偉大さのためと考えている。
また有名な兵法書の孫子でも、百戦百勝が良いわけではないと書かれている。
奥深い言葉です。

周辺国

薛公の兵が、わずか数千であると趙王は嗤うでしょう。
ところがすぐに青ざめるはずです。
薛公がうごけば、天下の軍がうごく。薛公という人は、そういう人です。

薛公とは戦国の四君で有名な孟嘗君こと田文になります。
薛公自体は王ではなくあくまで家臣のため、実際の兵は多くない。
それでも楽毅が薛公を頼るべきと、考えている時に語った言葉になります。
力ある人に協力する人は多いが、力が弱い人に協力する人は少ない。
そのような人を多数持っている薛公こそ、頼るべきという思想は弱者にとって必要なこと。

楽毅の思い

名誉にも不名誉にも逃げない、性情のままの自分でありたい。

多くの人が名誉に強く、不名誉に弱い。
また追求することに強く、追求されることに弱いとも言える。
この不名誉にも逃げないとい考えが人としてはもちろん、上に立つ者の最低限の資質だろう。

求めるべきもの

いまの君主は、人を求めず、利を求め、地を求めている。
武力で奪いとったものを、武力で守ろうとしている。
だが、一城の守将の心をつかめば、やすやすとその城は手にはいり、一国の君主の心をとれば、おのずとその国はころがりこんでくる。
人心を得るほうが利は大きいのである。

楽毅は利益や力のみを優先する考え方を嫌悪している。
もし現状上手くいっていない組織がある場合、改善する方法は「物」でも「金」でも無く、人による改善以外にありえない。

柔らかい思考

ここまでの思考がいかにもやわらかみに欠ける。
すすむべき道に大木があれば伐り倒し、川があれば塞き止めるようなものである。
大木は避け、川は渡ればよい。

楽毅にしては珍しく強引な解決を考えた後、自分を省みた時の考え方になります。
人は苦しくなった時に解決の光が見えると、逆に他のことが見えなくなる。
そして自分の正しさを考えるのではなく、「自分がすることが正しい」と思い込む。
非常に柔軟性を失った思考と言える。
このように考えた自分に対して、楽毅はからりと笑っている。

危険

いのちにかかわるときは、おのれのままに動いたほうがよい。

危険に陥り急な対応を迫られた場合の、楽毅の考え方になります。
すぐ動く必要がある時、必要以上に考えると悩みが発生し、行動を制限する。
それなら感じるままに行動することが好ましいと語っている。
もちろんそれには、経験に裏打ちされたものが必要である。

商人の思考、為政者の思考

(商人)「商人には国境はございません。儲かるとわかれば、楼煩でも、その西の林胡でも、でかけてゆきます」
(楽毅)「商人と違って、為政者には国境がある」

国や組織に所属している人は、どうしてもその枠から出ることが出来ない。
出ているように見えても、所詮は他の人より遠くにいるだけに過ぎない。
商人に限らず枠を感じている時点で、組織の硬直は始まっているのかもしれない。

平穏時

成功する者は、平穏なときに、危機を予想してそなえはじめるものである。

何度も言われていることだが、あえてピックアップしました。
知っているけど出来ないという現実を、改めて見なおせれば。

驕り

一言でいえば、大国の驕りですな。驕る者は人が小さくみえるようになる。
同時に、足もとがみえなくなったことに気づかない。

人は上に立つと、自分が偉くなったような錯覚に陥いる。
ただ上の立場になったに過ぎないという現実を、理解することは困難。
また上に立つと情報が入りにくくなる。
積極的に集めないと入らないと言ったほうが、正しいかもしれない。
ここでは「足もとが見えなくなる」では無く「気づかない」という点に注目したいですね。

軽蔑

軽蔑のなかには発見はないという認識が欠如していたことである。

趙と敵対する前の楽毅は無名の存在であり、また能力を認められていない。
しかし歴史に名を残すのは事実であり、急に能力が変わったわけでもない。
ひとえに中山国という小国に生まれたため、人の評価を受ける以前の存在であり、軽視される存在だっただけである。
人を下に見るという行為が、いかに自身の眼を曇らせるか。

目くばり

目くばりをするということは、実際にそこに目をとどめなければならぬ。
目には呪力がある。
防御の念力をこめてみた壁は破られにくく、武器もまた損壊しにくい。
人にはふしぎな力がある。
古代の人はそれをよくしっていた。が、現代人はそれを忘れている。

この言葉をどう感じるでしょうか?非現実なことと笑うでしょうか?
私はこの言葉を重く捉えます。
また表現も「破られない」ではなく、「破られにくい」も重要だと考えている。
もちろん実際に呪力があるとは考えていない。
しかし念力を込めるぐらい真剣に観察した壁は、そうでない壁より破れにくいのは、間違いのない事実。
念力を埋め込むほどの作業が、手抜きのはずがありません。

滅亡

国家も人も、滅ぶときは内から滅ぶ。

言葉の通りです。よほどの力の差がない限り、外圧だけで滅ぶことは珍しい。
内にて驕りや対立が発生し、その結果滅びゆく。分かりきったことを人も国も繰り返す。

首都

このようなけわしいところに王都を定めれば、諸侯が入朝するにも、諸方が入貢するにも、難儀をいたします。
まして周王朝が悪政をおこなって万民を苦しめたとき、諸侯によってただされにくくなります。

周王朝が商(殷)王朝を倒した後、武王の弟に当たる周公旦が語った言葉になります。
人は力を持つと保全を考える。
それ自体は悪くないが、その力を自分のためだけに使う傾向がある。
結果自分さえ良ければとなり、周りに弊害を与える。
その流れを見越して、また自分達がそうならないような自戒を込めて、あえて弱いところに首都を置く発想は凄みを感じる。
「開かれている」重要さを改めて感じる。

感想

中国の古代に当たる戦国時代に、焦点を当てた作品は多くはない。
有名な三国志より、更に古い時代にあたる。
楽毅は中山国の丞相の子であり、他の人よりは恵まれた環境にある。
しかし所詮は小国、趙という大国に攻められている。
本来なら滅んで、歴史に埋もれるだけの人物である。
しかし中国史に名を残す名将であり、また「義」を貫いた尊敬すべき人物です。
これからの、楽毅の活躍に期待が膨らみます。

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