「人間失格」の名言まとめました

「人間失格(太宰治)」より名言をまとめていきます。

金持ちの息子として生まれたが、最後は廃人同様になる大庭葉蔵。
葉蔵の手記を借りてつづる、著者の自叙伝的な作品。

恥の多い生涯を送って来ました。
自分には、人間の生活というものが、見当もつかないのです。

第一手記の冒頭の言葉。非常にインパクトがあります。
恥が多いとはどういうことでしょうか?
個人的な感覚では、恥が多いこと自体は問題では無いと考えている。
問題なのは、恥が多いと感じていること。
実際に何をしたら恥なのかは、個人的な判断に過ぎない。
人に笑われたら「恥」と感じるか、それとも「おいしい」と感じるかなのだから。

幸福

自分の幸福の観念と、世のすべての人たちの幸福の観念とが、まるで食いちがっているような不安、自分はその不安のために夜々、転輾し、呻吟し、発狂しかけた事さえあります。

みんなと違うことをどのように捉えるか。
個性と考えて無視できればいいが、おかしいと考えて合わせようとすると泥沼になる。
ただ問題は、周りが無視させてくれないこと。
違うとして排除されたり、迷惑な善意から正そうとされてしまう。
まったくもって面倒くさい。

隣人

つまり、わからないのです。
隣人の苦しみの性質、程度が、まるで見当つかないのです。

神経質な人は自分にばかり焦点が向き、相手のことは分かっていない。
しかも相手が自分と同じと感じてしまうと、何を考えてるかさらに分からなくなる。
なぜなら自分は本心と行動が違っているから。
そのため裏表が無いと思える人に、ひかれてしまうのかも知れない。

道化

そこで考え出したのは、道化でした。

つまり、自分は、いつのまにやら、一言も本当の事を言わない子になっていたのです。

相手のことが分からず会話できないため、対策として出した結論と結果になる。
自分を騙し続ける自分が、表面的な自分自身となる。
そのため、本当の自分自身が分からなくなってしまう。
結果として、嘘の自分が自分の全てになる。
初めに嘘をついてしまうと、その嘘を見抜かれないために嘘をつき続けてしまう。
最初の一歩目は、非常に大切となる。

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ひとり

人間をだまして、「尊敬され」ても、誰かひとりが知っている。

ここでは「ひとり」は問題ではない。
問題は「誰か」の存在となる。
やましいことがある場合、常に「バレるのでは?」という不安を抱えることになる。
その不安は、当然のように行動に出てしまう。
やはり不正は、自分のためにならない。

非合法

非合法。自分には、それが幽かに楽しかったのです。
むしろ、居心地がよかったのです。

ある思想の同士になった時の心持ち。
非合法や違法なことは、そうでない人から見れば「なぜ?」と考える。
しかし多くの場合、理由などないのかもしれない。
あえていえば、「非合法だから」とか「違法だから」になるのかもしれない。
若者にありがちなことなので、全否定がいいのかは分からない。
非合法にしろ違法にしろ、人が決めたことに過ぎないのだから。

実生活

世の中の人間の「実生活」というものを恐怖としながら、毎夜の不眠の地獄で呻いているよりは、いっそ牢屋のほうが、楽かも知れないとさえ考えていました。

極端な例ではあるが、多くの人にも共通すると考えている。
完全な自由というものは、得てして不自由なものである。
社会の中で完全な自由などあり得ない。社会のルールの中の自由に過ぎない。
多くの人が会社員を選ぶが、安定という名の拘束でもある。
商売している人でも、何らかの組合や組織に入っていることがほとんど。
人はある程度の不自由がある方が、自由に暮らせるのかもしれない。

弱虫

弱虫は、幸福をさえおそれるものです。綿で怪我をするんです。
幸福に傷つけられる事もあるんです。

凄い言葉ですね。心が締め付けられるようになります。
本当に幸福を感じている人には、理解できないかもしれない。
しかし幸福に見える場所にいるだけの人は、よく理解できるだろう。
例えば、パーティー会場に出席していれば、幸せな光景に見える。
しかし内心でどう考えてるかは、別問題となる。
また結婚式だとしても、全員が幸福な気分とは限らない。
一つ言えるのは、幸福の押し売りだけはゴメンである。

親友

ああ、人間は、お互い何も相手をわからない、まるっきり間違って見ていながら、無二の親友のつもりでいて、一生、それに気附かず、相手が死ねば、泣いて弔事なんかを読んでいるのではないでしょうか。

友達や親友の定義は難しい。そもそもそんなものは、個人的な感覚に過ぎない。
自分が思っていても、相手が思っているとは限らない。
一緒にいるからといって、仲がいいとも限らない。
実際その人がいない場所でどうしてるかを知ってしまうのは、怖いのが現実となる。
ただそんなこと気にしても始まらないので、目を閉じている人は多いだろう。
知ることと知らないこと、どっちが幸せだろうか?

世間

世間とは、いったい、何の事でしょう。人間の複数でしょうか。
どこに、その世間というものの実体があるのでしょう。

世間・世の中・普通・多くの人など、さも全ての人みたいな表現がある。
最近では、民意などもそれに当たるだろうか?
しかし多くの場合、その人にとってのことであり、実は全体の意見で無いことが多い。
個人的には、相手の意見を封じる方法と考えている。

不幸

自分の不幸は、拒否の能力の無い者の不幸でした。

これは非常に難しい。
では「拒否の能力があれば幸せなのか?」となるからだ。
拒否しない、または受け入れるのは、非常に心地よい。
自分にとっても、相手にとってもである。
相手が利用しているだけとしても、本人がよければ幸せの場合すらある。
逆に拒否してしまうとギスギスすることもあり、見合うだけの能力を要求される。
あくまでこれは結果論に過ぎない。

人間失格

人間、失格。
もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。

廃人や狂人が集まる施設に入れられた後に感じたこと。
何か心に突き刺さる言葉です。
人間であるとは、人間として認められること。
人間で無くなるとは、人間として認められないこと。
こんな大切なことが他者によって決められるとは、何とも物悲しい。

感想

初版が1948年と古い作品だが、全然古さを感じない。
昔の設定で書いた現代の作品と言われたら、自分としては疑わない。
決して明るい内容ではないが、興味深く、またひきつけられる。
太宰作品の入門書としては、間違いなくおすすめの作品です。

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人間失格 (新潮文庫)

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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