「銀河英雄伝説(田中芳樹)」の名言・台詞をまとめていきます。
銀河英雄伝説1巻 黎明篇
序章 銀河系史概略
「……私は前面の有能な敵、光背の無能な味方、この両者と同時に闘わなくてはならなかった。しかも私自身ですら全面的には当てにならなかった」(ウッド提督)
「宇宙の摂理は弱肉強食であり、適者生存、優勝劣敗である」(ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム)
第一章 永遠の夜のなかで
「撤退など思いもよらぬことだ」
「吾々が敵より圧倒的に有利な態勢にあるからだ」(ラインハルト・フォン・ローエングラム)
「わが軍は敵に対し、兵力の集中と機動性の両点において優位に立っている。これを勝利の条件と言わずして何と呼ぶか!」(ラインハルト)
「吾々は包囲の危機にあるのではない。敵を各個撃破する好機にあるのだ」(ラインハルト)
こいつは無能なだけでなく低能だ。(ラインハルト)
「翌日には卿はその目で実績を確認することになるだろう」(ラインハルト)
「ジークフリードなんて、俗な名だ」
「でもキルヒアイスって姓はいいな。とても詩的だ。だから僕は君のこと、姓で呼ぶことにする」(ラインハルト)
「ジーク、弟と仲良くしてやってね」(アンネローゼ・フォン・グリューネワルト)
「ルドルフに可能だったことが、おれには不可能だと思うか?」(ラインハルト)
「民衆はどうして(ルドルフに)だまされたんだろう?」(ヤン・ウェンリー)
「民衆が楽をしたがったからさ」(ヤン・タイロン)
「要するに3,4000年前から戦いの本質というものは変化していない。戦場に着くまでは補給が、着いてからは指揮官の質が、勝敗を左右する」(ヤン)
硬直した固定観念ほど危険なものはない。(ヤン)
第二章 アスターテ会戦
「心配するな。私の命令に従えば助かる。生還したい者は落着いて私の指示に従ってほしい。わが部隊は現在のところ負けているが、要は最後の瞬間に勝っていればいいのだ」(ヤン)
「頭をかいてごまかすさ」(ヤン)
「これ以上戦っても、双方とも損害が増すばかりです。戦略的に何の意味もありません」(ジークフリード・キルヒアイス)
「二倍の敵に三方から包囲されながら、各個撃破戦法で二個艦隊を全滅させ、最後の敵には後背に回りこまれながら互角に闘ったのです。充分ではありませんか」
「これ以上をお望みになるのは、いささか欲が深いというものです」(キルヒアイス)
第三章 帝国の残照
「机上の作戦はいつだって完璧に決まっとるさ。だが実戦は相手あってのものだからな」(アドリアン・ルビンスキー)
「専門家が素人に遅れを取る場合が、往々にしてある。長所より短所を、好機より危機を見てしまうからだ」(ルビンスキー)
「どうか、ジーク、お願いします。ラインハルトが断崖から足を踏みはずすことのないよう見守ってやって」
「もしそんなきざしが見えたら叱ってやって。弟はあなたの忠告なら受け容れるでしょう。もしあなたの言うこともきかなくなったら……そのときは弟も終わりです」
「どんなに才能があったとしても、それにともなう器量がなかったのだと自ら証明することになるでしょう」(アンネローゼ)
「ありがとう、ジーク、ごめんなさいね、無理なことばかりお願いして。でもあなた以外に頼る人はわたしにはいません。どうかゆるして下さいね」(アンネローゼ)
私はあなたたちに頼ってほしいのです。
10年前、貴女に「弟と仲良くしてやって」と言われた瞬間から、ずっとそうなのです……。(キルヒアイス)
人はなぜ、自分にとってもっとも必要なとき、それにふさわしい年齢でいることができないのだろう。(キルヒアイス)
第四章 第一三艦隊誕生
「敗軍の将ですよ、私は」(ヤン)
「そう、同盟軍は敗れた。よって英雄をぜひとも必要とするんだ。大勝利ならあえてそれを必要とせんがね」(アレックス・キャゼルヌ)
「(負けたのは)首脳部の作戦指揮がまずかったからさ」(ヤン)
本来、名将と愚将との間に道義上の優劣はない。愚将が味方を100万人殺すとき、名将は敵を100万人殺す。
その差があるだけで、殺されても殺さないという絶対的平和主義の見地からすれば、どちらも大量殺人者であることに差はないのだ。(ヤン)
「生意気言うな、子供のくせに。子供ってのはな、大人を喰物にして成長するもんだ」(ヤン)
「どうしてまた! 内心で反対でも、立って拍手してみせれば無事にすむことじゃありませんか。他人には表面しか見えないんですからね」(ユリアン・ミンツ)
「やたらと恩賞を与えるのは窮迫している証拠だと古代の兵書にあります。敗北から目をそらせる必要があるからだそうです」(ヤン)
「少数をもって多数を破るのは、一見、華麗ではありますが、用兵の常道から外れており、戦術ではなく奇術の範疇に属するものです」
「それと知らないローエングラム伯とは思えません。次は圧倒的な大軍を率いて攻めて来るでしょう」(ヤン)
「ボタン戦争と称された一時代、レーダーと電子工学が奇形的に発達していた一時代をはぶいて、戦場における用兵にはつねに一定の法則がありました」
「兵力を集中すること。その兵力を高速で移動させること、この両者です。これを要約すればただ一言、『むだな兵力を作るな』です」(ヤン)
「君にできなければ、他の誰にも不可能だろうと考えておるよ」(シドニー・シトレ)
第五章 イゼルローン攻略
「予定通り事が運ぶことは、めったにありませんよ。といって予定をたてないわけにも行きませんしね」(ヤン)
「後日、恥入るようなことがなければよいがな。お前さんたちは大樹の苗木を見て、それが高くないと笑う愚を犯しているかもしれんのだぞ」(アレクサンドル・ビュコック)
「堅牢な要塞に拠るほど、人は油断するもの。成功の可能性は大いにあります。ただし……」
「私が噂通り七人目の裏切者になったとしたら、事はすべて水泡に帰します。そうなったらどうしますか?」(ワルター・フォン・シェーンコップ)
「貴官を信用しないかぎり、この計画そのものが成立しない。だから信用する。こいつは大前提なんだ」(ヤン)
「恒久平和なんて人類の歴史上なかった。だから私はそんなもの望みはしない。だが何十年かの平和で豊かな時代は存在できた」
「吾々が次の世代に何か遺産を託さなくてはならないとするなら、やはり平和が一番だ」
「要するに私の希望は、たかだかこのさき何十年かの平和なんだ。だがそれでも、その十分ノ一の期間の戦乱に勝ること幾万倍だと思う」
「私の家に14歳の男の子がいるが、その子が戦場に引き出されるのを見たくない。そういうことだ」(ヤン)
「失礼ながら、提督、あなたはよほどの正直ものか、でなければルドルフ大帝以来の詭弁家ですな」
「とにかく期待以上の返答はいただいた。この上は私も微力をつくすとしましょう。永遠ならざる平和のために」(シェーンコップ)
「こううまくいくとは、正直なところ思わなかった。IDカードまでちゃんと偽造して来たのに、調べもせんのだからな……」
「どんな厳重なシステムも、運用する人間しだいという、いい教訓だ」(シェーンコップ)
「怒気あって真の勇気なき小人め、語るにたらん」(パウル・フォン・オーベルシュタイン)
「こいつは戦闘と呼べるものではありませんな、閣下。一方的な虐殺です」(シェーンコップ)
「……そう、その通りだな。帝国軍の悪いまねを吾々がすることはない。大佐、彼らに降伏を勧告してみてくれ。それが嫌なら逃げるように、追撃はしない、と」(ヤン)
「武人の心だって?」
「こんな奴がいるから戦争が絶えないのだ」(ヤン)
「どいつもこいつも全然、わかっていやしないのさ」
「魔術だの奇術だの、人の苦労も知らないで言いたいことを言うんだからな。私は古代からの用兵術を応用したんだ。敵の主力とその本拠地を分断して個別に攻略する方法さ」
「それにちょっとスパイスを効かせただけで、魔術なんぞ使ってはいないんだが、うっかりおだてに乗ったりしたら、今度は素手でたったひとり、帝国首都を占領して来い、なんて言われかねない」(ヤン)
「賞められるのは勝っている期間だけさ。戦い続けていれば、いつかは負ける。そのときどう掌が返るか、他人事ならおもしろいがね」(ヤン)
第六章 それぞれの星
「それ(聞かせるか聞かせないか)はむろん、閣下のご自由に。ですが閣下、覇業を成就されるには、さまざまな異なるタイプの人材が必要でしょう」
「AにはAに向いた話、BにはBにふさわしい任務、というものがあると思いますが……」(オーベルシュタイン)
「おわかりになりますか。私は憎んでいるのです。ルドルフ大帝と彼の子孫と彼の産み出したすべてのものを……ゴールデンバウム朝銀河帝国そのものをね」(オーベルシュタイン)
「銀河帝国、いや、ゴールデンバウム王朝は滅びるべきです。可能であれば私自身の手で滅ぼしてやりたい。ですが、私にはその力量がありません」
「私にできることは新たな覇者の登場に協力すること、ただそれだけです」(オーベルシュタイン)
「しょせん、あなたもこの程度の人か……」
「けっこう、キルヒアイス中将ひとりを腹心と頼んで、あなたの狭い道をお征きなさい」(オーベルシュタイン)
「キルヒアイス中将、私を撃てるか。私はこの通り丸腰だ。それでも撃てるか?」
「撃てんだろう。貴官はそういう男だ。尊敬に値するが、それだけでは覇業をなすに充分とは言えんのだ」
「光には影がしたがう……しかしお若いローエングラム伯にはまだご理解いただけぬか」(オーベルシュタイン)
「余が、アンネローゼの弟に地位と権力を与えすぎるというのであろう」
「よいではないか」
「人類の創成とともにゴールデンバウム王朝があったわけではない。不死の人間がおらぬと同様、不滅の国家もない。余の代で銀河帝国が絶えて悪い道理がなかろう」
「どうせ滅びるなら……せいぜい華麗に滅びるがよいのだ……」(フリードリヒ四世)
「そうだな……おれはあの男に友情や忠誠心を期待してはいない。あの男はおれを利用しようとしているだけだ。自分自身の目的を果たすためにな」
「……だから、おれも奴の頭脳を利用する。奴の動機などどうでもいいさ。奴ひとり御しえないで宇宙の覇権を望むなんて不可能だと思わないか」(ラインハルト)
「私は自分の人生の終幕を老衰死ということに決めているのです」
「150年ほど生きて、よぼよぼになり、孫や曾孫どもが、やっかい払いできると嬉し泣きするのを聴きながら、くたばるつもりでして……壮烈な戦死など趣味ではありませんでね」
「ぜひ私をそれまで生き延びさせて下さい」(シェーンコップ)
傍にいるこの少年が、彼と同じ星を見上げる必要はいささかもない。
人は自分だけの星をつかむべきなのだ。たとえどのような兇星であっても……。(ヤン)
第七章 幕間狂言
軍事的勝利は麻薬に似ている。イゼルローン占領という甘美な麻薬は、人々の心に潜む好戦的幻覚を一挙に花開かせてしまったようであった。(世論)
「何しろ三ヶ月後に統一選挙がある。ここしばらく、対内的に不祥事が続いたからな。勝つためには外界に市民の注意をそらす必要がある。それで今度の遠征さ」(キャゼルヌ)
「吾々は軍人である以上、赴けと命令があれば、どこへでも赴く。まして、暴虐なゴールデンバウム王朝の本拠地を突く、というのであれば、喜んで出征しよう」
「だがいうまでもなく、雄図と無謀はイコールではない。周到な準備が欠かせないが、まず、この遠征の戦略上の目的が奈辺にあるかをうかがいたいと思う」(ウランフ)
「私も甘かったよ。イゼルローンを手に入れれば、以後、戦火は遠のくと考えていたのだからな。ところが現実はこうだ」(シトレ)
「結局、私は自分自身の計算に足をすくわれたということかな。イゼルローンが陥落しなければ、主戦派もこれほど危険な賭けに出ることはなかったかもしれん」(シトレ)
「いまは辞められんよ。だが、この遠征が終わったら辞職せざるをえん。失敗しても成功してもな」(シトレ)
「勝ってはならないときに勝ったがため、究極的な敗北に追いこまれた国家は歴史上、無数にある」(シトレ)
「私は権力や武力を軽蔑しているわけではないのです。いや、じつは怖いのです。権力や武力を手に入れたとき、ほとんどの人間が醜く変わるという例を、私はいくつも知っています」
「そして自分は変わらないという自信が持てないのです」(ヤン)
第八章 死線
ヤン、頼むから生きて還れよ。死ぬにはばかばかしすぎる戦いだ。(キャゼルヌ)
「(民衆を助けるのは)吾々がルドルフにならないためにさ」(ヤン)
「(撤退は)余力のあるうちにです。敵はわが軍の補給を絶って、吾々が飢えるのを待っています。それは何のためでしょう」
「おそらく全面的な攻勢です。敵は地の利をえており、補給線も短くてすむ」(ヤン)
「だが、へたに後退すればかえって敵の攻勢を誘うことになりはせんか。とすればやぶへびもいいところだぞ」(ウランフ)
「反撃の準備は充分に整える、それは大前提です。いまならそれが可能ですが、兵が飢えてからでは遅い。その前に整然と後退するしかありません」(ヤン)
「まったくみごとだ、ローエングラム伯」
自分にはここまで徹底的にはやれない。やれば勝てるとわかっていてもやれないだろう。それがローエングラム伯と自分の差であり、自分が彼を恐れる理由でもあるのだ。
──この差が、いつか重大な結果を招くことになるかもしれない……。(ヤン)
「貴官は自己の才能を示すのに、弁舌ではなく実績をもってすべきだろう」
「他人に命令するようなことが自分にできるかどうか、やってみせたらどうだ」(ビュコック)
「勝利はすでに確定している。このうえはそれを完全なものにせねばならぬ。叛乱軍の身のほど知らずどもを生かして還すな。その条件は充分にととのっているのだ」
「卿らの上に大神オーディンの恩寵あらんことを。乾杯(プロージット)!」(ラインハルト)
「撃てばあたるぞ!」(フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト)
「不名誉な二者択一(降伏か逃亡)だな、ええ?」
「降伏は性に合わん。逃げるとしよう、全艦隊に命令を伝えろ」(ウランフ)
第九章 アムリッツァ
「いずれにせよ、総司令部の奴らめ、前線へ出て来てみればいいのだ。将兵の苦労がすこしはわかるだろう」(ビュコック)
「進め! 進め! 勝利の女神はお前らに下着をちらつかせているんだぞ!」(ビッテンフェルト)
「私が魔法の壺でも持っていて、そこから艦隊が湧き出て来るとでも奴は思っているのか!?」
「ビッテンフェルトに伝えろ。総司令部に余剰兵力はない。他の戦線から兵力を回せば、全戦線のバランスが崩れる」
「現有兵力をもって部署を死守し、武人としての職責をまっとうせよ、と」(ラインハルト)
「有能な男だが……ローエングラム伯との仲をあまり特権的に考えられては困るな。覇者は、私情と無縁であるべきなのだ」(オーベルシュタイン)
「ひとつの失敗をもって多くの功績を無視なさるようでは、人心をえることはできません」
「ラインハルトさまはすでに、前面にヤン提督、後背に門閥貴族と、ふたつの強敵を抱えておいでです。このうえ、部下のなかにまで敵をお作りになりますな」(キルヒアイス)
「……おれは宇宙を手に入れることができると思うか?」(ラインハルト)
「ラインハルトさま以外の何者に、それがかないましょう」(キルヒアイス)
「中尉……私は少し歴史を学んだ。それで知ったのだが、人間の社会には思想の潮流が二つあるんだ。生命以上の価値が存在する、という説と、生命に優るものはない、という説とだ」
「人は戦いを始めるとき前者を口実にし、戦いをやめるとき後者を理由にする。それを何百年、何千年も続けて来た……」
「このさき、何千年もそうなんだろうか」
「いや、人類全体なんてどうでもいい。私はぜんたい、流した血の量に値するだけの何かをやれるんだろうか」(ヤン)
第十章 新たなる序章
「閣下。皇帝は後継者を定めぬまま死にました」
「何を驚く? 私が忠誠を誓うのは、ローエングラム帝国元帥閣下にたいしてのみだ。たとえ皇帝であろうと敬語など用いるに値せぬ」(オーベルシュタイン)
「皇帝の三人の孫をめぐって、帝位継承の抗争が生じることは明らかです。どのように定まろうと、それは一時のこと。遅かれ早かれ、血を見ずにはすみますまい」(オーベルシュタイン)
「なるほど。では、せいぜい高く売りつけてやるか」(ラインハルト)
「さて、誰が勝ち残るかな。帝国か、同盟か、地球か……それともおれか……」(ルビンスキー)
「他人に言えるようなことじゃないよ。まったく、人間は勝つことだけ考えていると、際限なく卑しくなるものだな」(ヤン)
「司令官が自ら銃をとって自分を守らなければならないようでは戦いは負けさ。そんなはめにならないことだけを私は考えている」(ヤン)
2巻 野望篇
第一章 嵐の前
「もし私が銃を持っていて、撃ったとしてだ、命中すると思うか?」
「じゃ、持っていてもしかたがない」(ヤン)
「用心しても、だめなときはだめさ」(ヤン)
「形式というのは必要かもしれないが、ばかばかしいことでもありますね、ヤン提督」(キルヒアイス)
「ちかいうちにこの国でクーデターがおこる可能性があります」
「成功しなくてもよいのです、ローエングラム侯にとっては。彼にしてみれば、同盟軍を分裂させること自体に意義があるんですから」(ヤン)
「(クーデターが)発生すれば、鎮圧するのに大兵力と時間を必要としますし、傷も残ります。ですが、未然に防げば、憲兵の一個中隊で、ことはすみますから」(ヤン)
第二章 発火点
「平和か。平和というのはな、キルヒアイス。無能が最大の悪徳とされないような幸福な時代を指していうのだ。貴族どもを見ろ」(ラインハルト)
そう、これこそが現実なのだ。では現実を変えなければならない。(ラインハルト)
「貴族を恐れる必要はない、と、僕も思います。でも、貴族たちには注意すべきです」(キルヒアイス)
「ハッピーエンドで終わらなければ、喜劇とは言えないでしょうな」(オーベルシュタイン)
「貴族どもを、ほんとうに追いつめる必要はないのだ。追いつめられる、と、奴らに信じこませればそれでいい」(ラインハルト)
「貴族たちのほとんどが目をそらしている事実があります。人間が生まれれば必ず死ぬように、国家にも死が訪れるということです」
「地球というちっぽけな惑星の表面に文明が誕生して以来、滅びなかった国家はひとつもありません。銀河帝国──ゴールデンバウム王朝だけが、どうして例外でありえるでしょう」(ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ、通称:ヒルダ)
「わたし、お父さまに感謝しています。おもしろい時代にわたしを生んでくださったと思って」(ヒルダ)
「特権は人の精神を腐敗させる最悪の毒だ。彼ら大貴族は、何十世代にもわたって、それに浸りきっている。自分を正当化し、他人を責めることは、彼らの本能になっているのだ」(ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ)
「失礼しました。私が求めておりますのは、元帥閣下、時代が変化しているという認識を、すべての人が持つことです」(ビッテンフェルト)
第三章 ヤン艦隊出動
「いや、彼女の言うことは正しい」
「人間が年齢の順に死んでゆくのが、まともな社会というものだ。わしのような老兵が生き残って、少年たちが死ぬような社会は、どこか狂っとる」
「誰もそれを指摘しなければ、狂いがますます大きくなる。彼女のような存在は社会には必要なのさ。まあ、あんなに弁舌のたっしゃな女性を嫁さんにしようとは思わんがな」(ビュコック)
「戦わずに降伏させることを考えてみよう。そのほうが第一、楽だ」(ヤン)
「兵士は楽でしょうけど、司令官は苦労ですね」(ユリアン)
「ところが、世の中の半分以上は、兵士を多く死なせる司令官ほど苦労をしていると考えるのさ」(ヤン)
「紳士的だと? 人類が地上を這いまわっていたころから、今日に至るまで、暴力でルールを破るような者を紳士とは呼ばんのだよ」(ビュコック)
「歴史は貴官になにも答えんかもしれんよ、グリーンヒル大将」(ビュコック)
「私はベストよりベターを選びたいんだ。いまの同盟の権力がだめだってことはたしかにわかっている。だけど、救国軍事会議とやらのスローガンを君も見たろう」
「あの連中は、いまの連中よりひどいじゃないか」(ヤン)
「ヤン・ウェンリー提督は、勝算のない戦いはなさいません」(ユリアン)
第四章 流血の宇宙
「気の毒にな」
「いい人間は長生きしないよ、とくにこんなご時勢にはな」(ボリス・コーネフ)
「オフレッサーは勇者だ。ただし、石器時代のな」(ラインハルト)
「猛獣を捕えるには罠が必要と思ったが、みごとにかかったな。きさま以外の奴はかかるはずもない、けちな罠だが」
「ほめられたと思っておこう」(オスカー・フォン・ロイエンタール)
第五章 ドーリア星域の会戦
「もうすぐ戦いが始まる。ろくでもない戦いだが、それだけに勝たなくては意味がない。勝つための計算はしてあるから、無理をせず、気楽にやってくれ」
「かかっているものは、たかだか国家の存亡だ。個人の自由と権利に比べれば、たいした価値のあるものじゃない……それでは、みんな、そろそろ始めるとしようか」(ヤン)
「こいつはいい、どちらを向いても敵ばかりだ。狙いをつける必要もないくらいだぞ。やってやれ、撃ちまくるんだ!」(グエン・バン・ヒュー)
「人生の主食は酒と女、戦争はまあ三時のおやつだな」(オリビエ・ポプラン)
「死ぬ覚悟があれば、どんな愚かなこと、どんなひどいことをやってもいいというの?」
「暴力によって自ら信じる正義を他人に強制する種類の人間がいるわ。大なるものは銀河帝国の始祖ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムから、小は大佐、あなたに至るまで……」(ジェシカ・エドワーズ)
第六章 勇気と忠誠
「決戦はキフォイザー星域ということになるでしょう。その際、私は本隊として800隻をひきいます」
「要するに烏合の衆です。恐れるべき何物もありません」(キルヒアイス)
「見たか、ばか息子ども。戦いとはこういうふうにやるものだ。きさまらの猿にも劣る頭で、憶えておけるかぎり憶えておけ」(ウォルフガング・ミッターマイヤー)
「生死は問わぬ。ブラウンシュヴァイク公を私の前へつれてこい。成功した者は、一兵卒でも提督に昇進させてやるぞ。それに賞金もだ。機会をつかめ」(ラインハルト)
「(別の方法は)あったかもしれませんが、私の知恵では他の方法は見つけることができませんでした。おっしゃるとおり、いまさら言ってもしかたのないこと」
「このうえは、状況を最大限に利用すべきです」(オーベルシュタイン)
第七章 誰がための勝利
「人間は誰でも身の安全をはかるものだ。この私だって、もっと責任の軽い立場にいれば、形勢の有利なほうに味方しよう、と思ったかもしれない。まして他人なら、なおさらのことさ」(ヤン)
「信念で勝てるのなら、これほど楽なことはない。誰だって勝ちたいんだから」(ヤン)
「専制とはどういうことだ? 市民から選ばれない為政者が、権力と暴力によって市民の自由をうばい、支配しようとすることだろう」
「それはつまり、ハイネセンにおいて現に貴官たちがやっていることだ」
「貴官たちこそが専制者だ。そうではないか」(ヤン)
「政治の腐敗とは、政治家が賄賂をとることじゃない。それは個人の腐敗であるにすぎない。政治家が賄賂をとってもそれを批判することが出来ない状態を、政治の腐敗というんだ」(ヤン)
「人それぞれの正義さ」(ヤン)
「……そうか、また老人が生き残ってしまったか」(ビュコック)
第八章 黄金樹は倒れた
「相手が大貴族どもであれば、ことは対等な権力闘争、どんな策をお使いになっても恥じることはありません」
「ですが、民衆を犠牲になされば、手は血に汚れ、どのような美辞麗句をもってしても、その汚れを洗い落とすことはできないでしょう」
「ラインハルトさまともあろうかたが、一時の利益のために、なぜご自分をおとしめられるのですか」(キルヒアイス)
「……あなたにとって、もっともたいせつなものがなんであるかを、いつも忘れないようにしてください」
「ときには、それがわずらわしく思えることもあるでしょうけど、失ってから後悔するより、失われないうちにその貴重さを理解してほしいの」
「なんでもジークに相談して、彼の意見を聞くのよ。それでは、帰る日を楽しみにしています。また逢う日まで」(アンネローゼ)
「全宇宙が私の敵になっても、キルヒアイスは私に味方するだろう。実際、いままでずっとそうだった。だから私も彼に酬いてきたのだ。そのどこが悪いのか」(ラインハルト)
「組織にナンバー2は必要ありません。無能なら無能なりに、有能なら有能なりに、組織をそこねます。ナンバー1に対する部下の忠誠心は、代替のきくものであってはなりません」(オーベルシュタイン)
「頭の切れる男だ。それは認める。だが、どうも平地に乱をおこす癖があるな」
「いままでうまく運んでいたものを、理屈に合わないからといって、むりにあらためることはない。ことに人間どうしの関係をな」(ロイエンタール)
「ばかばかしい、相手になるな。敗残兵と殺し合いをしても意味のないことだ。勝手に咆えさせておけ」(ロイエンタール)
「おそらくこうなるだろうと想像はしていた。そして、そのとおりになってしまった。わしにできたのは、ほんのすこし、この日がくるのを延ばすことだけだったな」(メルカッツ)
「ローエングラム侯がきらいではありませんが、私の上官は提督おひとりと決めております。どうぞ、閣下、ご決心ください」(ベルンハルト・フォン・シュナイダー)
「大貴族どもの、あんなみじめな姿を見ようとは想像もしなかった。これは新しい時代のはじまりといってよいのかな」(ミッターマイヤー)
「すくなくとも、旧い時代の終わりであることはたしかだな」(ロイエンタール)
「奴らの時代は終わった。これからは、おれたちの時代なのだ」(ロイエンタール)
第九章 さらば、遠き日
「ラインハルトさま……」「宇宙を手にお入れください」
「それと、アンネローゼさまにお伝えください。ジークは昔の誓いを守ったと……」(キルヒアイス)
「嘘をつくな、ミッターマイヤー。卿は嘘をついている。キルヒアイスが、私を置いて先に死ぬわけはないんだ」(ラインハルト)
「卿らの討議も、長いわりに、なかなか結論がでないようだな」(オーベルシュタイン)
「なにしろわが軍には目下ナンバー1、ナンバー2がおらず、まとめ役を欠くのでな」(ロイエンタール)
「卿を敵にまわしたくはないものだ。勝てるはずがないからな」(ミッターマイヤー)
「帝国の権威か。昔はそういうものもあったようだな。だが、結局、実力あっての権威だ。権威あっての実力ではない」(ミッターマイヤー)
「活気に満ちた時代が来そうね。もっとも、少々騒がしいけど、沈滞しているよりはるかにましだわ」(ヒルダ)
「わたしはあなたの傍にいないほうがいいのです。生きかたがちがうのだから……わたしには過去があるだけ。でもあなたには未来があるわ」
「疲れたら、わたしのところへいらっしゃい。でも、まだあなたは疲れてはいけません」(アンネローゼ)
「わかりました。姉上がそうおっしゃるなら、お望みのとおりにします。そして、宇宙を手に入れてからお迎えにあがります。でも、お別れの前に教えてください」
「姉上はキルヒアイスを……愛していらしたのですか?」(ラインハルト)
「卿らも同様だ。私を倒すだけの自信と覚悟があるなら、いつでも挑んできてかまわないぞ」(ラインハルト)
「私はいままで多くの血を流してきた。これからもそうなるだろう。リヒテンラーデ一族の血が数滴、それに加わったところでなんの変化があるか」(ラインハルト)
正論を吐く人間はたしかにりっぱであろう。だが、信じてもいない正論を吐く人間は、はたしてどうなのか。(ヤン)
「今日は危なかった」
「トリューニヒトと会ったとき、嫌悪感がますばかりだったが、ふと思ったんだ」
「こんな男に正当な権力を与える民主主義とはなんなのか、こんな男を支持しつづける民衆とはなんなのか、とね」
「我に返って、ぞっとした。昔のルドルフ・フォン・ゴールデンバウムや、この前クーデターを起こした連中は、そう思いつづけて、あげくにこれを救うのは自分しかいないと確信したにちがいない」
「まったく、逆説的だが、ルドルフを悪逆な専制者にしたのは、全人類に対する彼の責任感と使命感なんだ」(ヤン)
「わが友」(キルヒアイスの墓碑名)
3巻 雌伏篇
第一章 初陣
「抵抗できない部下をなぐるような男が、軍人として賞賛に値するというなら、軍人とは人類の恥部そのものだな。そんな軍人は必要ない。すくなくとも、私にはね」(ヤン)
「一度も死んだことのない奴が、死についてえらそうに語るのを信用するのかい?」(ヤン)
「増援なさるのであれば、緊急に、しかも最大限の兵力をもってなさるがよろしいと小官は考えます」
「……それによって敵に反撃不可能な一撃を加え、味方を収容して、すみやかに撤収するのです」(メルカッツ)
「ユリシーズの武運にあやかりたいものだな。みんな、かっこうが悪くてもいい、生き残れよ!」(ダスティ・アッテンボロー)
第二章 はばたく禿鷹(ガイエ)
「体制に対する民衆の信頼をえるには、ふたつのものがあればよい。公平な裁判と、同じく公平な税制度。ただそれだけだ」(ラインハルト)
「いいか、ミッターマイヤー、よく聞け。お前は結婚なんかしたがな、女という生物は男を裏切るために生を享けたんだぞ」(ロイエンタール)
「滅びるべき男だったのだ。ことさら、おれが滅ぼしたのではない」(ラインハルト)
「ビッテンフェルトはたしかに強い。おれと奴が戦場で相まみえるとしたら、戦いが始まったとき、優勢なのは奴だろう。だが、戦いが終わったとき、立っているのはおれさ」(ロイエンタール)
簒奪が世襲より悪いなどと、誰が定めたのか。(ラインハルト)
第三章 細い一本の糸
「お前さんの保護者は昨日のことはよく知っている。明日のこともよく見える。ところが、そういう人間はえてして今日の食事のことはよく知らない。わかるな?」(キャゼルヌ)
「ローエングラム公にしてもオーベルシュタインにしても、全知全能というわけではありません。乗じる隙はありますし、なければつくることもできるでしょう」(ルビンスキー)
「権力にしろ機能にしろ、集中すればするほど、小さな部分を制することによって全体を支配することができますからな」(ルビンスキー)
「同盟の権力者たちは、同盟それ自体を内部から崩壊させる腐食剤として使えます。およそ、国内が強固であるのに、外敵の攻撃のみで滅亡した国家というものはありませんからな」(ルビンスキー)
「まったくだ。狂信的な教条主義者というやつは冬眠からさめたばかりの熊よりあつかいにくい」(ルビンスキー)
「人間の心理と行動はチェスの駒よりはるかに複雑だ。それを自分の思いどおりにするには、より単純化させればよい」
「相手をある状況に追いこみ、行動の自由をうばい、選択肢をすくなくするのだ」(ルビンスキー)
第四章 失われたもの
武力とは政治的・外交的敗北をつぐなう最後の手段であり、発動しないところにこそ価値があるのだ。(ヒルダ)
「国家、組織、団体──どう言ってもよいのですけど、人間の集団が結束するのに、どうしても必要なものがあります」
「敵ですわ」(ヒルダ)
「心配ない、フロイライン。私も幼児殺害者になるのはいやだ。皇帝は殺さぬ」
「あなたが言ったように、私には敵が必要だ。そして私としては、敵より寛大で、なるべく正しくありたいと思っているのだから……」(ラインハルト)
「たとえ、戦術上の新理論を発見したからといって、出兵を主張するなど、本末転倒もはなはだしい。主君に無名の師をすすめるなど、臣下として恥ずべきことではないか」(ミッターマイヤー)
「自由惑星同盟はいずれ滅ぼさねばならないが、今度の出兵は無益で無用のものだ。いたずらに兵を動かし、武力に驕るのは、国家として健康なありようじゃない」(ミッターマイヤー)
「昔からよく言う──虎の児と猫を見誤るなかれ、とな。あれは多分、虎のほうだろう。皇帝の寵妃の弟だからといって、わざと負けてやる義理は敵にはないからな」(ロイエンタール)
「巨大な象を一頭殺すのと、一万匹のねずみを殺しつくすのと、どちらが困難か。後者に決まっている。集団戦の意義も知らぬ低能に、何ができるものか」(ロイエンタール)
「失うべからざるものを失った後、人は変わらざるをえんのだろうよ」(ロイエンタール)
第五章 査問会
「(マシュンゴなら)首都に残っている柔弱な連中なら、片手で一個小隊はかたづけるでしょうよ」
「私なら一個中隊ですな」(シェーンコップ)
何十年かに一度出るかどうかという偉人に変革をゆだねること自体、民主政治の原則に反する。
英雄や偉人が存在する必要をなくすための制度が民主共和制であるのだが、いつ理想は現実に対して勝者となれるのだろうか。(ヤン)
「それが非難に値するということであれば、甘んじてお受けしますが、それにはより完成度の高い代案を示していただかないことには、私自身はともかく、生命がけで戦った部下たちが納得しないでしょう」(ヤン)
「あれは私には珍しく見識のある発言だったと思います」
「国家が細胞分裂して個人になるのではなく、主体的な意志を持った個人が集まって国家を構成するものである以上、どちらが主でどちらが従であるか、民主社会にとっては自明の理でしょう」(ヤン)
「そうでしょうか。人間は国家がなくても生きられますが、人間なくして国家は存立しえません」(ヤン)
「無用な誤解とは、どういうものか、具体的に教えていただけませんか」
「何か証拠があっての深刻な疑惑ならともかく、無用の誤解などという正体不明のものに対して備える必要を、小官は感じません」(ヤン)
第六章 武器なき戦い
「二派! ふむ、二派にはちがいない。圧倒的多数派と少数派とを、同列に並べてよいものならな。むろん、わしは少数派さ。自慢にもならんことだがね」(ビュコック)
「わしらは仲間というわけだ。世代はちがってもな」(ビュコック)
「すばらしいご意見です。戦争で生命を落としたり肉親を失ったりしたことのない人であれば、信じたくなるかもしれませんね」
「まして、戦争を利用して、他人の犠牲の上に自らの利益をきずこうとする人々にとっては、魅力的な考えでしょう」
「ありもしない祖国愛をあると見せかけて他人をあざむくような人々にとってもね」(ヤン)
「人間の行為のなかで、何がもっとも卑劣で恥知らずか」
「それは、権力を持った人間、権力に媚を売る人間が、安全な場所に隠れて戦争を賛美し、他人には愛国心や犠牲精神を強制して戦場へ送り出すことです」
「宇宙を平和にするためには、帝国と無益な戦いをつづけるより、まずその種の悪質な寄生虫を駆除することから始めるべきではありませんか」(ヤン)
「わかりました。イゼルローンにもどりましょう。あそこには私の部下や友人がいますから」(ヤン)
「人間とは変わるものだ。私は、500年前、ルドルフ大帝が最初から専制者となる野望を抱いていたのかどうか、疑っている」
「権力を手に入れるまでの彼は、いささか独善的であっても理想と信念に燃える改革志向者、それ以上ではなかったかもしれない。それが権力を得て一変した」
「全面的な自己肯定から自己神格化へのハイウェイを暴走したのだ」(ジョアン・レベロ)
「何にしても、わが同盟政府には、両手をしばっておいて戦いを強いる癖がおありだから、困ったものですよ」(ヤン)
第七章 要塞対要塞
「敵もどうして、打つ策が早い!」
「白兵戦の用意をしろ。大至急だ。おれが直接、指揮をとる」
「すこし運動してくるだけです、すぐもどりますよ」(シェーンコップ)
「一秒ごとにヤン提督はイゼルローンへ近づいている。その分、吾々も勝利へと近づいているのだ」(フョードル・パトリチェフ)
「ウイスキー、ウォッカ、ラム、アップルジャック、シェリー、コニャック、各中隊そろっているな」
「いいか、柄にもないことを考えるな。国を守ろうなんて、よけいなことを考えるな! 片思いの、きれいなあの娘のことだけを考えろ。生きてあの娘の笑顔を見たいと願え」
「そうすりゃ嫉み深い神さまにはきらわれても、気のいい悪魔が守ってくれる。わかったか!」(ポプラン)
「コーヒーを一杯たのむ。砂糖はスプーンに半分、ミルクはいらない。すこし薄めにな。生涯最後のコーヒーかもしれんのだ、うまいやつを頼むぞ」(シェーンコップ)
「コーヒーの味に注文をつける余裕があるうちは、まだ大丈夫だな」(キャゼルヌ)
「まあね、女とコーヒーについては、死んでも妥協したくありませんでね」(シェーンコップ)
まったく、それにしてもヤン・ウェンリーという男は、いればいたで、いなければいないで、どれほど帝国軍を悩ませることだろう。
「魔術師ヤン」とはよく言ったものだ……(ナイトハルト・ミュラー)
第八章 帰還
何百年かにひとり出現するかどうか、という英雄や偉人の権力を制限する不利益より、凡庸な人間に強大すぎる権力を持たせないようにする利益のほうがまさる。
それが民主主義の原則である。(ヤン)
「誤解するな、オーベルシュタイン。私は宇宙を盗みたいのではない。奪いたいのだ」(ラインハルト)
「戦争を登山にたとえるなら……登るべき山をさだめるのが政治だ。どのようなルートを使って登るかをさだめ、準備をするのが戦略だ」
「そして、与えられたルートを効率よく登るのが戦術の仕事だ……」(ユースフ・トパロウル)
「気づいたな……だが、遅かった」(ヤン)
「わが軍は敗れたが、司令部は健在である。司令部は卿ら将兵の全員を、生きて故郷へ帰すことを約束する。誇りと秩序を守り、整然として帰途につこうではないか……」(ミュラー)
「そうか、ケンプは死んだか」
勝因のない勝利はあっても、敗因のない敗北はない。
敗れるべくしてケンプは敗れたのだ。同情の余地はない。(ロイエンタール)
第九章 決意と野心
「これが名将の戦いぶりというものだ。明確に目的を持ち、それを達成したら執着せずに離脱する。ああでなくてはな」(ヤン)
「奪ったにせよ、きずいたにせよ、最初の者は称賛を受ける資格がある。それは当然だ」
「……だが、自分の実力や努力によることなく、単に相続によって権力や富や名誉を手に入れた者が、何を主張する権利を持っているというのだ?」
「奴らには、実力ある者に対して慈悲を乞う道が許されるだけだ。おとなしく歴史の波に消えていくことこそ、唯一の選択だ」
「血統による王朝などという存在自体がおぞましいと私は思う。権力は一代かぎりのもので、それは譲られるべきものではない、奪われるものだ」(ラインハルト)
「私の跡を継ぐのは、私と同じか、それ以上の能力を持つ人間だ。そして、それは、何も私が死んだ後とはかぎらない……」(ラインハルト)
「……私を背後から刺し殺して、それですべてが手にはいると思う人間は、実行してみればいいんだ」
「ただし、失敗したらどんな結果がもたらされるか、その点には充分な想像力をはたらかせてもらおう」(ラインハルト)
「本心だったさ、あのときはな。だが、おれは生まれたときから正しい判断と選択のみをかさねて今日にいたったわけではない」
「いまはそうではないが、いつかその選択を後悔するようなときがくるかもしれない」(ロイエンタール)
「ローエングラム公は一代の英雄だ。おれたちはあのかたの手足になって動き、それ相応の恩賞をいただけばいい。おれはそう思っているがね」(ミッターマイヤー)
「ふん、またしても、おれとしたことが……」(ロイエンタール)
あたらしい時代とは、あたらしい不和をもたらす時代ということなのであろうか。(ミッターマイヤー)
「なあ、ユリアン。あんまり柄にない話をしたくはないんだが、お前が軍人になるというのなら、忘れてほしくないことがある。軍隊は暴力機関であり、暴力には二種類あるってことだ」
「支配し、抑圧するための暴力と、解放の手段としての暴力だ。国家の軍隊というやつは……本質的に、前者の組織なんだ。残念なことだが、歴史がそれを証明している」(ヤン)
「ルドルフ大帝を剣によって倒すことはできなかった。だが、吾々は彼の人類社会に対する罪業を知っている。それはペンの力だ」
「ペンは何百年も前の独裁者や何千年も昔の暴君を告発することができる。剣をたずさえて歴史の流れを遡行することはできないが、ペンならそれができるんだ」(ヤン)
「人類の歴史がこれからも続くとすれば、過去というやつは無限に積みかさねられてゆく」
「歴史とは過去の記録というだけでなく、文明が現在まで継続しているという証明でもあるんだ。現在の文明は、過去の歴史の集積の上に立っている」
「……だから私は歴史家になりたかったんだ。それが最初のボタンをかけまちがえたばかりに、このありさまだものなあ」(ヤン)
「まあ、なかなか思いどおりにはいかないものさ。自分の人生も他人の人生も……」(ヤン)
4巻 策謀篇
第一章 雷鳴
「行動的ロマンチストをもっとも昂揚させるのは、歴史が示すように、強者に対するテロリズムです」(ヒルダ)
「死んだ人のことばかりでなく、生きている人のことも、どうかお考えください。伯爵夫人、あなたがお見捨てになったら、ローエングラム公は救われません」(ヒルダ)
「三つの勢力のうちふたつが合体するとして、その一方が必ずフェザーンだなどとは思わぬほうがよいのではないか」(ラインハルト)
第二章 迷路
「閣下、お耳よごしながらひとつだけ申しあげておきます。一本の木もひきぬかず、一個の石もよけずに、密林に道を開くことはできませんぞ」(オーベルシュタイン)
「ときとして閣下は、ごく初歩的なことをお忘れになるように、小官には思われます」
「人類の歴史がはじまって以来、敵だけでなく味方の大量の屍体の上にこそ、すべての英雄は玉座をきずいてきたのです」
「白い手の王者など存在しませんし、部下たる者もそれは承知しております。ときには死を与えることが忠誠に酬いる道となることもあるのだ、と、お考えいただきたいものです」(オーベルシュタイン)
「では、卿も、私のためには自分の血を流すこともいとわぬというのか」(ラインハルト)
「必要とあらば……」(オーベルシュタイン)
第三章 矢は放たれた
「もし、自由惑星同盟と称する叛徒どもが、この不逞なくわだてに荷担しているとすれば、奴らには必ず負債を支払わせる」
「奴らは一時の欲にかられて大局をあやまったと、後悔に打ちひしがれることになるだろう」(ラインハルト)
第四章 銀河帝国正統政府
「たった7歳の子供が、自由意志で亡命などするわけがない。救出とか脱出とか言うが、まあ誘拐されたと見るべきだろう。忠臣と自称する連中によってな」(キャゼルヌ)
「分裂した敵の一方と手を結ぶ。マキャベリズムとしてはそれでいいんだ。ただ、それをやるには、時機もあれば実力も必要だが、今度の場合、どちらの条件も欠いているからな」(ヤン)
「17、8の美少女だったら、熱狂の度はもっと上がるでしょうな。だいたい民衆は王子さまとか王女さまとかが大好きですから」(シェーンコップ)
「昔から童話では王子や王女が正義で、大臣が悪と相場が決まっているからな。だが童話と同じレベルで政治を判断されたらこまる」(キャゼルヌ)
だが、いずれにしても、同盟政府は責任をとらねばなるまい。原因ではなく結果に対して……。(ヤン)
ローエングラム公によって大貴族支配体制の軛から解放された帝国250億の民衆は、最悪の盗賊と手を組んだ同盟を許すことはないであろう。当然のことである。
やはり、かつて想像したように、自分は銀河帝国の「国民軍」と戦うことになるのだろうか。そのとき、正義はむしろ彼らのがわにあるのではないのか……。(ヤン)
「ムライ少将……組織のなかにいる者が、自分自身のつごうだけで身を処することができたらさぞいいだろうと思うよ。私だって、政府の首脳部には、言いたいことが山ほどあるんだ」
「とくに腹だたしいのは、勝手に彼らが決めたことを、無理に押しつけてくることさ」(ヤン)
「思うのは自由だが、言うのは必ずしも自由じゃないのさ」(ヤン)
「人間の想像力など、たかのしれたものだな。まさかこういう運命が私のために席を用意していようとは、つい一年前には考えつきもしなかった」(メルカッツ)
「だが、皇帝陛下がおわす……」(メルカッツ)
第五章 ひとつの出発
「怒るべき場合に怒ってこそ、人間は尊厳をたもつことができる。ところがここに悲しむべき過去の事例がいくつも横たわっているのさ」
「人間としての尊厳と、政略上の成功とが、往々にして等価で交換される、というね……」(ホワン・ルイ)
腐敗した民主政治と清潔な独裁政治のいずれをとるか、これは人類社会における最も解答困難な命題であるかもしれない。
「現在の状況は古来から固定しているものと吾々は誤解しがちだ。だけど、考えてもごらん」
「銀河帝国なんて代物は500年前には存在しなかった。自由惑星同盟の歴史はその半分の長さだし、フェザーンにいたっては一世紀そこそこの歳月を経ただけだ」(ヤン)
「絶対的な善と完全な悪が存在する、という考えは、おそらく人間の精神をかぎりなく荒廃させるだろう」
「自分が善であり、対立者が悪だとみなしたとき、そこには協調も思いやりも生まれない。自分を優越化し、相手を敗北させ支配しようとする欲望が正当化されるだけだ。(ヤン)
人間は、自分が悪であるという認識に耐えられるほど強くはない。人間が最も強く、最も残酷に、最も無慈悲になりうるのは、自分の正しさを確信したときだ。(ヤン)
「どれほど非現実的な人間でも、本気で不老不死を信じたりはしないのに、こと国家となると、永遠にして不滅のものだと思いこんでいるあほうな奴らがけっこう多いのは不思議なことだと思わないか」
「国家なんてものは単なる道具にすぎないんだ。そのことさえ忘れなければ、たぶん正気をたもてるだろう」(ヤン)
軍事が政治の不毛をおぎなうことはできない。それは歴史上の事実であり、政治の水準において劣悪な国家が最終的な軍事的成功をおさめた例はない。(ヤン)
「いいか、ユリアン、誰の人生でもない、お前の人生だ。まず自分自身のために生きることを考えるんだ」(ヤン)
「(ユリアン)行ってしまいましたわね」(フレデリカ・グリーンヒル)
「うん……つぎに会うときは、もうすこし背が伸びているだろうな」(ヤン)
第六章 作戦名「神々の黄昏」
「女ってやつは、雷が鳴ったり風が荒れたりしたとき、何だって枕にだきついたりするんだ?」
「だったらおれに抱きつけばよかろうに、どうして枕に抱きつく。枕が助けてくれると思っているわけか、あれは?」(ロイエンタール)
「……作戦名は『神々の黄昏(ラグナロック)』」(ラインハルト)
「だが、姉に嫌われても、私はもうもどれない。私がここで覇道を退いたら、誰が宇宙に統一と秩序を回復する?」
「自由惑星同盟の身のほど知らずや、旧体制の反動家どもに、人類の未来をゆだねるのか」(ラインハルト)
「征服者として憎悪されるのはかまわんが、略奪者として軽蔑されるのは愉快じゃないな」(ミッターマイヤー)
「イゼルローンはハードウェアの点から言っただけでも難攻不落だ。しかもそこには同盟軍最高の智将がいる。まあ安心したいところだろう、凡庸な政治屋どもとしては」
「しかし、その安心感が、同盟首脳部の健全な判断力を奪い、最悪の選択をさせてしまう結果につながった」
「過去の成功が現在の誤断をまねき、未来そのものを奪いさる、よい例証というべきだ」(ルビンスキー)
第七章 駐在武官ミンツ少尉
「ヤン提督は将来がよく見えるが、残念ながら手足がともなわない。むろん、それは彼のせいではない。彼には、そこまで能動的に行動する権限がないのだからな」(ビュコック)
「制度か……制度のせいにするのは、わしとしてはつらいな。わしは自分が民主制共和国の軍人であることを長いこと誇りにしてきた」
「そう、君と同じくらいの年齢に二等兵になって以来、ずっとな……」
「民主制共和国が、軍人の権限を制限するのは正しい、と、わしは思う。軍人は戦場以外で権力や権限をふるうべきではない」
「また、軍隊が政府や社会の批判を受けずに肥大化し、国家のなかの国家と化するようでは、民主政治は健全でありえんだろう」(ビュコック)
「民主主義の制度はまちがっておらん。問題は、制度と、それをささえる精神が乖離していることだ」
「現在のところ、建前の存在が本音の堕落をようやくふせいでいるが、さて、それもいつまでもつか……」(ビュコック)
「わたしは英雄だの名将だのを好きになったのじゃないのよ。でも、ひょっとしたら、天才的な先物買いの才能があったのかもしれないわね」(フレデリカ)
「いえ、ヤン・ウェンリーは変わらないわ。変わるのは周囲であって、あの人自身はすこしもね」(フレデリカ)
「だとしても(知ってても)、あの男(ヤン)には何もできまい」(ルビンスキー)
第八章 鎮魂曲への招待
まったく、世のなかには、未発に終わる計画や構想がどれほど多く存在することか。ひとつの事実は、それに1000倍する可能性の屍の上に生き残っている。(ヤン)
ロイエンタールのような一流、あるいはそれ以上の有能な将帥の足もとをすくうには、むしろ二流の詭計をしかけて虚をつくべきではないか。(ヤン)
「私はワルター・フォン・シェーンコップだ、死ぬまでの短い間、憶えておいていただこう」(シェーンコップ)
「おれとしたことが、功をあせって敵のペースに乗せられてしまった。旗艦に陸戦部隊の侵入を許すとは、間の抜けた話だ」
「べつに卿の責任ではない。おれが熱くなりすぎたのだ。すこし頭を冷やして出なおすとしよう」(ロイエンタール)
「おれはそれほどうぬぼれちゃいないよ。量をこなしているだけだからな。博愛主義ってやつは、このさい減点の対象になるんでね」(ポプラン)
「はじまりましたわね」(ヒルダ)
「そうだ、終わりのはじまりだ、フロイライン」(ラインハルト)
第九章 フェザーン占領
「吾々はただ戦い征服するためにここにあるのではなく、歴史のページをめくるためにここにあるのだ」(ミッターマイヤー)
「お前は私に悪いところが似すぎたな。もうすこし覇気と欲がすくなかったら、いずれ私の地位や権力を譲られんこともなかったろう」
「お前は何でも知っていたが、ただ、時機を待つということだけを知らなかったな」(ルビンスキー)
5巻 風雲篇
第一章 寒波到る
「だが、それ(消耗戦)では興がなさすぎる」
「ぜひ敵に秩序ある行動を望みたいものだ……」(ラインハルト)
自分は、敵が存在しないという状態に耐えうるだろうか。(ラインハルト)
「わしに誇りがあるとすれば、民主共和政において軍人であったということだ」
「わしは、帝国の非民主的な政治体制に対抗するという口実で、同盟の体制が非民主化することを容認する気はない」
「同盟は独裁国となって存在するより、民主国家として滅びるべきだろう」(ビュコック)
「ヤン提督の智略と、彼の艦隊の兵力とは、わが軍にとってきわめて貴重なものですが、このような状況下で彼をイゼルローンにとどめておくのは、焼きたてのパンを冷蔵庫のなかで堅くしてしまうようなものです」(チュン・ウー・チェン)
「絵具を砂糖水にとかして甘い絵を描こうとした無能者どもには当然の末路だ」(シュナイダー)
「……さて、これで広間までは通してもらえたわけだ。問題は食堂にたどりつけるかどうかだが、いざテーブルについても、出されるのは毒酒かもしれんな」(ミッターマイヤー)
第二章 ヤン提督の箱舟隊
「世のなかは、やってもだめなことばかり。どうせだめなら酒飲んで寝よか」(ヤン)
「吾々は戦略的にきわめて不利な立場にあるし、戦術レベルでの勝利が戦略レベルの敗北をつぐないえないというのは軍事上の常識だ」
「だが、今回、たったひとつ、逆転のトライを決める機会がある」
「ローエングラム公は独身だ。そこがこの際はねらいさ」(ヤン)
「あれでも一所懸命にやってるのよ。何もしない人たちがとやかく言う資格はないわ」(フレデリカ)
「私にとっては政治権力というやつは下水処理場のようなものさ。なければ社会上、困る。だが、そこにすみついた者には腐臭がこびりつく。近づきたくもないね」(ヤン)
「独裁者を支持するのも民衆なら、反抗して自由と解放を求めるのも民衆です」
「民衆の多数が民主主義ではなく独裁を望んだとしたら、そのパラドックスをどう整合させるのか」(シェーンコップ)
「その疑問には、誰も解答できないだろうね。だけど……人類が火を発見してから100万年、近代民主主義が成立してから2000年たらずだ。結論を出すには早すぎると思う」(ヤン)
「おもしろい意見だが、もっとも激しく踊る者がもっとも激しく疲れると言うではないか」(ロイエンタール)
「露骨すぎるな、その表現は。あらゆる布石を惜しまぬ、ということにしておこうか」(ロイエンタール)
「知っているか、ベルゲングリューン、こういう諺がある──野に獣がいなくなれば猟犬は無用になる、だから猟犬は獣を狩りつくすのを避ける……」(ロイエンタール)
「戦略および戦術の最上なるものは、敵を喜ばせながら罠にかけることだろうね」(ヤン)
「ならばお前も国を奪ってみろ」(ロイエンタール)
第三章 自由の宇宙を求めて
「テロリズムと神秘主義が歴史を建設的な方向へ動かしたことはない」(ヤン)
「フロイライン・マリーンドルフ、私は覇者たろうと志してきたし、それを実現するためにひとつの掟を自分自身に科してきた。つまり、自ら陣頭に立つことだ」
「かつて戦って倒してきた能なしの大貴族どもと私が異なる点はそこにある。兵士たちが私を支持する理由もだ」(ラインハルト)
「フロイライン、どうせ宇宙をこの手につかむなら、手袋ごしにではなく、素手によってでありたいと思うのだ」(ラインハルト)
「わかっているとも。私にかぎらず、人間というものは自分以下のレベルのものは理解できるようになっているのでな」(ルビンスキー)
第四章 双頭の蛇
「わが軍は彼らの挨拶に対し、相応の礼をもってむくいるとしよう。双頭の蛇の陣形によって……」(ラインハルト)
「この陣形には後方などというものはないのだ、ミュラー、あるのはふたつめの頭だ」(ラインハルト)
「私は勝つためにここへ来たのだ、ミッターマイヤー、そして勝つには戦わなくてはならないし、戦うからには安全な場所にいる気はない」(ラインハルト)
「エミール、勝利を願ってくれたお前のために、私は勝とう。だから、お前は生きて還って、家族に伝えるのだ」
「ラインハルト・フォン・ローエングラムをランテマリオの戦いで勝たせたのは自分だ、とな」(ラインハルト)
「同盟軍のあれは勇猛ではなく狂躁というのだ。ミッターマイヤーは闘牛士だ。猛牛に押しまくられているかに見えて、じつはその力を温存し、勝機をねらっている。だが……」
「案外、本気で攻勢に辟易しているのかもしれんな。そろそろ私も動くことにしようか……」(ラインハルト)
「前進をやめろ。後退して陣形を再編するのだ。貴官ら、もう充分殺したではないか」(ビュコック)
「なかなか楽には勝てぬものだ。老人はしぶとい。メルカッツもうそうだったが」(ラインハルト)
「……やはり使わざるをえないか。ビッテンフェルトに連絡せよ。卿の出番だ。黒色槍騎兵の槍先に敵の総司令官の軍用ベレーをかかげて私のところへ持ってこい、と」(ラインハルト)
「これまでだな。かくて陽は沈み一将功ならずして万骨は枯る、か……」(ビュコック)
「自殺なさるのは、味方に対する責任をとることにしかなりません。私が問題にしているのは、敵に、そう、勝利した敵に対しての責任のとりようです」
「同盟の未来のために、ヤン・ウェンリーなどには生きていてもらわねばならないのです」(チェン)
「何を恐れるか! この期におよんで同盟軍の新規兵力が出てきたところで、各個撃破するまでのことだ。うろたえるな! 秩序をたもって後退せよ」
「万が一、フェザーン方面への道が閉ざされたら、このままバーラト星系へ直進し、同盟の死期を早めてやるだけのことだ」
「そしてイゼルローン回廊を通って帝国へ凱旋する。それですむではないか」(ラインハルト)
個人が勝算のない戦いに挑むのは趣味の問題だが、部下をひきいる指揮官がそれをやるのは最低の悪徳である。(ヤン)
「どうも天敵というものがいるらしいな」
「キルヒアイス、お前がいてくれたら、ヤン・ウェンリーなどに白昼の横行などさせぬものを……」(ラインハルト)
第五章 暁闇
「当然だろう。せっかくの年金も、同盟政府が存続しないことにはもらいようがない。したがって、私は、老後の安定のために帝国軍と戦うわけだ。首尾一貫、りっぱなものさ」(ヤン)
「それは正論だ。だが、正しい認識から正しい行動が生み落とされるとはかぎらないからね」(ヤン)
「ユリアン、吾々はチグリス・ユーフラテスのほとりにはじめて都市を築いた人々とくらべて、それほど精神的に豊かになったわけではない」
「だが、よしあしは別として、知識は増え、手足は伸びた。いまさら揺籠(ゆりかご)にもどることはできない」(ヤン)
「ユリアン、戦っている相手国の民衆なんてどうなってもいい、などという考え方だけはしないでくれ」
「いや、あやまることはないさ。ただ、国家というサングラスをかけて事象をながめると、視野がせまくなるし遠くも見えなくなる」
「できるだけ、敵味方にこだわらない考えかたをしてほしいんだ、お前には」(ヤン)
「案ずるな、エミール。能力が同じであれば運が勝敗を左右する。私は自分自身の運の他に、友人からも運をもらった。その友人は運だけでなく、生命も未来も私にくれたのだ」
「私はふたり分の運を背負っている。だからヤン・ウェンリーなどに負けはせぬ。案ずるな」(ラインハルト)
第六章 連戦
「後背(に敵)というと、どのていどの距離だ? 時間的距離でいい」
「では二時間で敵を破り、一時間で逃げ出すとしようか」(ヤン)
「お前さんの場合、一ダースの生命のひとつごとに一ダースの女が必要だし、何かとたいへんだな」(コーネフ)
「そいつはすこしちがうな。おれの生命のひとつごとに、一ダースの女がおれを必要としているんだ」(ポプラン)
「なに、お前さんがいなくなれば、彼女らはべつの男にべつの美点を見つけるだけのことだよ」(コーネフ)
「うちの艦隊は逃げる演技ばかりうまくなって……」(ムライ)
「とにかく、ヤン・ウェンリー艦隊の主力さえたたけば、同盟軍はただ辞書の上の存在でしかなくなるはずです。彼を倒さねば吾々に最終的な勝利はない」(ミュラー)
「おれが恐れるのはヤン・ウェンリー一個人ではなく、本国と前線との距離だ。それを理解できぬと言うのであれば、卿と語ることは何もない」(ミッターマイヤー)
「見るがいい。薄い紙でも、数十枚をかさねれば、ワインをすべて吸いとってしまう。私はヤン・ウェンリーの鋭鋒に対するに、この戦法をもってするつもりだ」
「彼の兵力は私の防御陣のすべてを突破することはかなわぬ」(ラインハルト)
「私は誰に対しても負けるわけにはいかない。私に対する人望も信仰も、私が不敗であることに由来する。私は聖者の徳によって兵士や民衆の支持を受けているわけではないのだからな」(ラインハルト)
「エミールよ、それはちがう。名将というものは退くべき時機と逃げる方法とをわきまえた者にのみ与えられる呼称だ」
「進むことと闘うことしか知らぬ猛獣は、猟師のひきたて役にしかなれぬ」(ラインハルト)
「エミール、私に学ぼうと思うな。私の模倣は誰にもできぬ。かえって有害になる。だが、ヤン・ウェンリーのような男に学べば、すくなくとも愚将にはならずにすむだろう」(ラインハルト)
「私には他の生きかたはできないのだ。いや、もしかしたらできたのかもしれないが、子供のころにこの道を歩むようにさだまったのだ」
「私は奪われたものをとりかえすために歩みはじめた。だが……」(ラインハルト)
「もう寝なさい。子供には夢を見る時間が必要だ」(ラインハルト)
「全軍が反転してヤン・ウェンリーを包囲殲滅する、か……」
「みとごな戦略ではある。だが、反転してこなかったときはどうなるのだ?」(ロイエンタール)
第七章 バーミリオン
「お前にむけて閉ざすドアは私は持っていないよ。はいりなさい」(ヤン)
「お前さんはジョークのほうが好きだからな」(コーネフ)
「ジョークだけでは生きられないが、ジョークなしでは生きたくないね、おれは」(ポプラン)
「お前さんは存在自体がジョークだろうが」(コーネフ)
「ふむ、まあ、わかるのはいいことさ、たとえ頭のなかだけでもな」(キャゼルヌ)
「信念なんぞないくせに、戦えば必ず勝つ。唯心的な精神主義者から見れば許しがたい存在でしょうな、こまった人だ」(シェーンコップ)
「……私は最悪の民主政治でも最良の専制政治にまさると思っている」(ヤン)
それにしても、最悪の専制は、破局の後に最善の民主政治を生むことがあるのに、最悪の民主政治が破局の後に最善の専制を生んだことは一度もないのは奇妙なことだ。(ヤン)
「たいした勇者だ。声は遠くにとどくのに、目は近くのものしか見えない。忌避すべき輩ですな」(オーベルシュタイン)
第八章 死闘
「ウイスキー、ラム、ウォッカ、アップルジャック、各中隊、そろっているな。敵に飲まれるなよ。逆に飲みこんでやれ」(ポプラン)
「おれに対抗する気か? 半世紀ばかり早いと思うがね」(ポプラン)
「……なるほどな。コーネフの野郎をかたづけるのに、帝国軍は巡航艦が必要だったか。だとしたら、おれのときには戦艦が半ダースは必要だな」(ポプラン)
「してやられたか……勝ちづつけて、勝ちつづけて、最後になって負けるのか。キルヒアイス、おれはここまでしかこれない男だったのか」(ラインハルト)
「出すぎたまねをするな。私は必要のないとき逃亡する戦法を誰からも学ばなかった。卑怯者が最後の勝者となった例があるか」(ラインハルト)
「吾に余剰兵力なし。そこで戦死せよ。言いたいことがあればいずれヴァルハラで聞く」(ラインハルト)
第九章 急転
「さあ、政府の命令など無視して、全面攻撃を命令なさい。そうすれば、あなたはみっつのものを手に入れることができる」
「ラインハルト・フォン・ローエングラム公の生命と、宇宙と、未来の歴史とをね。決心なさい! あなたはこのまま前進するだけで歴史の本道を歩むことになるんだ」(シェーンコップ)
「……うん、その策もあるね。だけど私のサイズにあった服じゃなさそうだ」(ヤン)
「はい、今回このまま事態が推移すれば、ローエングラム公は生涯最初で最後のご経験をなさることになるでしょう」(ヒルダ)
「ロイエンタールはおれの友人だし、おれはものわかりの悪い男と10年も友人づきあいできるほど温和な人間ではない」
「卿が想像の翼をはばたかせるのは自由だが、無用な誤解をまねくがごとき言動はつつしめよ」(ミッターマイヤー)
「つねに敵の奇襲にそなえるのは、武人として当然のことではないか。ここは敵国のただなかであって、故郷の小学校の裏庭ではないぞ」
「教師の目をぬすんで午睡を楽しんでいるようなわけにはいかんのだ」(カール・エドワルド・バイエルライン)
「権力者というものは、一般市民の家が炎上したところで眉ひとつ動かしませんが、政府関係の建物が破壊されると血の気を失うものです」
「まあ私も平民出身ですから……」(ミッターマイヤー)
「要するに、同盟は命数を費いはたしたのです。政治家は権力をもてあそび、軍人はアムリッツァに見られるように投機的な冒険にのめりこんだ」
「民主主義を口にとなえながら、それを維持する努力をおこたった。いや、市民すら、政治を一部の政治業者にゆだね、それに参加しようとしなかった」
「専制政治が倒れるのは君主と重臣の罪だが、民主主義が倒れるのは全市民の責任だ」
「あなたを合法的に権力の座から追う機会は何度もあったのに、自らその権利と責任を放棄し、無能で腐敗した政治家に自分たち自身を売りわたしたのだ」(ビュコック)
「一億人が一世紀間、努力をつづけて築きあげたものを、たったひとりが一日でこわしてしまうことができるのですわ」(ヒルダ)
「国が亡びるときとは、こういうものですかな」(ミッターマイヤー)
「ゴールデンバウム朝銀河帝国、自由惑星同盟、そしてフェザーン。吾々は、宇宙を分割支配した三大勢力が、みっつながら滅亡するのを目のあたりにしたわけです」
「後世の歴史家がさぞうらやましがるでしょう。トゥルナイゼン中将の表現を借りれば、ですが」(ロイエンタール)
「お気持ちはよくわかります。でも、そんなことをしたら、悪い前例が歴史に残ります」
「軍司令官が自分自身の判断をよりどころにして政府の命令を無視することが許されるなら、民主政治はもっとも重要なこと、国民の代表が軍事力をコントロールするという機能をはたせなくなります」
「ヤン提督に、そんな前例をつくれると思いますか」(ユリアン)
「そんなこと(民衆の虐殺)は、むろん許されません。そんな非人道的な、軍人という以前に人間としての尊厳さを問われるようなときには、まず人間であらねばならないと思います」
「そのときは政府の命令であってもそむかなくてはいけないでしょう」(ユリアン)
「でも、だからこそ、それ以外の場合には、民主国家の軍人としてまず行動しなくてはならないときには、政府の命令にしたがうべきだと思います」
「でなければたとえ人道のために起ったとしても、恣意によるものだとそしられるでしょう」(ユリアン)
「その話、乗った」
「自由惑星同盟の自由とは、自主独立ということだ。帝国の属領になりさがった同盟に、おれは何の未練もない。自尊心のない女に魅力がないのと同じでね」(ポプラン)
「わたしにはわかりません。あなたのなさることが正しいのかどうか」
「でも、わたしにわかっていることがあります。あなたのなさることが、わたしはどうしようもなく好きだということです」(フレデリカ)
「……私は勝利をゆずられたというわけか。なさけない話だな。私は本来、自分のものでない勝利をゆずってもらったのか。まるで乞食のように……」(ラインハルト)
第十章 「皇帝ばんざい!」
「それに卿の愛してやまぬ──ことと思うが──自由惑星同盟を私の手に売りわたしたのは、同盟の国民多数が自らの意志によって選出した元首だ」
「民主共和政とは、人民が自由意志によって自分たち自身の制度と精神をおとしめる政体のことか」(ラインハルト)
「失礼ですが、閣下のおっしゃりようは、火事の原因になるという理由で、火そのものを否定なさるもののように思われます」
「私は(専制政治を)否定できます」
「人民を害する権利は、人民自身にしかないからです」(ヤン)
「正義は絶対ではなく、ひとつでさえないというのだな。それが卿の信念というわけか」(ラインハルト)
「これは私がそう思っているだけで、あるいは宇宙には唯一無二の真理が存在し、それを解明する連立方程式があるのかもしれませんが、それにとどくほど私の手は長くないのです」(ヤン)
「ヤン提督、私は復讐者ではない。帝国の大貴族どもにとってはそうだったが、卿らに対しては互角の敵手であったと思っている」
「軍事の最高責任者たる統合作戦本部長を収監するのはやむをえないが、戦火がおさまって後、無用な血を流すのは私の好むところではない」(ラインハルト)
「同盟を形式の上でも完全に滅亡させ、直接支配下におくことは時期尚早との意見が多うございます。私も賛成です」
「ですが、同盟の財政をさらに悪化させる処置はとっておくべきかと存じます」
「何しろ、軍事支出が激減する分、財政は健全化するものですから、何も彼らをして第二のフェザーンたらしめる必要はありますまい」(オーベルシュタイン)
「フロイライン・マリーンドルフ、私は心の狭い男だ。あなたに生命を救ってもらったとわかっているのに、いまは礼を言う気になれぬ。すこし時を貸してくれ」(ラインハルト)
「ロイエンタールは猛禽だ。遠方に置いておいては危険きわまりない。あんな男は目のとどく場所で鎖につないでおくべきなのだ」(オーベルシュタイン)
「どこへでも行くがいい。滅びるべきときに滅びそこねたものは、国でも人でも、みじめに朽ちはてていくだけだ」
「ゴールデンバウム家再興の夢を見たいというのであれば、いつまでもベッドにもぐりこんで現実を見なければよい。そんな奴らに、なぜこちらが真剣につきあわねばならぬ」(ラインハルト)
6巻 飛翔篇
第一章 キュンメル事件
「人間の数だけ誤解の種があるというからな」(フランツ・フォン・マリーンドルフ)
「用心すれば死なずにすむのか? 病気になれば、その影武者が私のかわりに病原菌を引きうけてくれるとでもいうのか。二度とらちもないことを言うな」(ラインハルト)
「ここで卿のために殺されるなら、予の命数もそれまでだ。惜しむべき何物もない」(ラインハルト)
「ケスラー、卿が生命をねらわれたとする。犯人をとらえたとして、犯人が所持している凶器を卿は処罰するか?」(ラインハルト)
お前とともに、強大な敵と戦うのは楽しかった。だが、自分がもっとも強大な存在になってしまった今、おれはときどき自分自身を撃ちくだいてしまいたくなる。
世のなかは、もっと強大な敵に満ちていてよいはずなのに。(ラインハルト)
第二章 ある年金生活者の肖像
「仕事をせずに金銭をもらうと思えば忸怩たるものがある」
「しかし、もはや人殺しをせずに金銭がもらえると考えれば、むしろ人間としての正しいありかたを回復しえたと言うべきで、あるいはけっこうめでたいことかもしれぬ」(ヤン)
「せっかく軍隊という牢獄から脱出しながら、結婚というべつの牢獄に志願してはいるとは、あなたも物ずきな人ですな」(シェーンコップ)
「独身生活10年でさとりえぬことが、一週間の結婚生活でさとれるものさ。よき哲学者の誕生を期待しよう」(キャゼルヌ)
「同盟の奴らが私を害せると思うならやってみるがいい。私は不死身ではないが、私の死は同盟にとっても、滅亡を意味するのだ」(ヘルムート・レンネンカンプ)
「誰しも給料に対しては相応の忠誠心をしめさなくてはなりませんからね。私もそうでした。あれは紙でなくじつは鎖でできていて人をしばるのですよ」(ヤン)
「吾々は敵の堕落を歓迎し、それどころか促進すらしなくてはならない。情けない話じゃないか。政治とか軍事とかが悪魔の管轄に属することだとよくわかるよ」
「で、それを見て神は楽しむんだろうな」(ヤン)
「いいじゃありませんか。あのご夫婦にはね、小市民的家庭なんて舞台は狭すぎるんですよ。だいたい地面に足をつけてるのが誤りなのね」
「まあ遠からず、いるべき場所へ飛びたっていくでしょう」
「あら、わたしは予言しているんじゃありませんよ。わたしは知っているんですよ」(オルタンス・キャゼルヌ)
「信念とは、あやまちや愚行を正当化するための化粧であるにすぎない。化粧が厚いほど、その下の顔はみにくい」(ヤン)
「信念のために人を殺すのは、金銭のために人を殺すより下等なことである。なぜなら、金銭は万人に共通の価値を有するが、信念の価値は当人にしか通用しないからである」(ヤン)
第三章 訪問者
「運命は年老いた魔女のように意地の悪い顔をしている」(ヤン)
圧倒的な武力とは、人間のもつ本能の最悪の部分と共鳴して、その濫用をうながす。
「野に火を放つのに、わざわざ雨季を選んでする必要はない、いずれかならず乾季がくるのだから」(ヤン)
「(レンネンカンプは)優秀な、そう優秀といってよい軍人だ。上には忠実だし、部下には公平だ。だが、軍隊から一歩でも外にある風景が見えないかもしれない」(メルカッツ)
「ところで地球には女がいるかな」
「おっと、おれが言っているのは生物学上の女のことじゃない。成熟した、男の価値のわかる、いい女のことだ」(ポプラン)
「問題にさせるんだ。時間もつくるんだよ。お前さん、せっかくいい顔に生まれついたのに、資源を死蔵することはない」
「ヤン提督みたく、ぼけっとすわっていたら美女がむこうから近づいてくるなんて例は、100万にひとつもありはせんのだからな」(ポプラン)
「パターンこそ永遠の真理なんだ。知らんのか」(ポプラン)
「それにしても……おれが思うに、地球教とやら称する連中が愛しているのは、地球という惑星それ自体ではないな」
「奴らは地球をだしにして、自分たちの先祖が持っていた特権を回復したいだけだ。ほんとうに地球そのものを愛していたなら、戦争や権力闘争に巻きこまれるようなことをするものか」(ポプラン)
第四章 過去、現在、未来
「オーベルシュタイン家が断絶したところで、世人は嘆きますまい。ですが、ローエングラム王家はさにあらず」
「王朝が公正と安定をもたらすかぎりにおいては、人民はその存続する保障を血統に求め、陛下のご成婚と皇嗣のご誕生を祝福いたしましょう」(オーベルシュタイン)
「だが結婚すれば子が生まれる。皇太子とは忌むべきナンバー2とは言えないかな」(ラインハルト)
「それはよろしいのです。王朝の存続を制度的にも保障するものですから」(オーベルシュタイン)
「烏合の衆は、結束のために英雄を必要とする。同盟の過激派、原理派がヤン・ウェンリーを偶像視するのは無理からぬことだ」(オーベルシュタイン)
「奴は生きるに際して他人の尊敬や愛情など必要とせぬよ。そして、そういう輩ほど、根の張りようは深く、茎は太い。寄生木とはそういうものだろう」(ロイエンタール)
「昔は知らなかった。いまは知っている」
「そうだ。おれが教えた」(ロイエンタール)
「無益なこととわかるまでは、おれも正常だ。その後がどうもゆがんでいる」
「ゆがんでいる。わかっているのだ……」(ロイエンタール)
「そんな生活のどこに正義がある? 貴族とは制度化された盗賊のことだ」(ロイエンタール)
「この世でもっとも醜悪で卑劣なことはな、実力も才能もないくせに相続によって政治権力を手にすることだ。それにくらべれば、簒奪は一万倍もましな行為だ」
「すくなくとも、権力を手に入れるための努力はしているし、本来、それが自分のものでないことも知っているのだからな」(ロイエンタール)
「皇帝はおれより9歳も若いのに、自らの力で全宇宙を手に入れた」
「おれはゴールデンバウムの皇室や大貴族どもに反感をいだきながら、王朝それ自体をくつがえそうというまでの気概を持つことはできなかった。あの方におれがおよばぬ所以だ」(ロイエンタール)
第五章 混乱、錯乱、惑乱
「同盟内の反帝国強硬派を激発させるためには、まずヤン・ウェンリーが無実で逮捕されることが必要なのだ。それでこそ反帝国派を怒らせ、暴走させることができる」
「多少の強引さも、ときにはよかろう」(オーベルシュタイン)
「犬には犬の餌、猫には猫の餌が必要なものだ」
「道を切りひらく者とそれを舗装する者とが同一人であらねばならぬこともなかろう」(オーベルシュタイン)
「現在でも、その考えは変わらぬ。だが、手をつかねて傍観していれば、目的の上からは退歩するとあれば、次善として積極策をとらざるをえんではないか」(オーベルシュタイン)
「レンネンカンプは生きていても元帥にはなれん男だ。だが殉職すれば元帥に特進できよう。何も生きてあることだけが国家に報いる途ではない」(オーベルシュタイン)
「戦争の90パーセントまでは、後世の人々があきれるような愚かな理由でおこった。残る10パーセントは、当時の人々でさえあきれるような、より愚かな理由でおこった」(ヤン)
「心配しなくてもいいよ。何の罪やら見当もつかないが、まさか裁判なしで死刑にもしないだろう。ここは民主主義国家だ。すくなくとも政治家たちはそう言っている」(ヤン)
「そういつも、いつまでも、おとなしく言いなりになっていると思ったら、大まちがいよ。一方的になぐりつづけていても、いつか手が痛くなるわ。見ていてごらんなさい」(フレデリカ)
「この罠の悪辣さは、罠と知りつつしたがうより他に対応のしようがないという点にあると見るべきだろう」(シェーンコップ)
「専制政治だの民主政治だの、着ている服はちがっても、権力者の本質は変わらない。戦争をはじめた責任には口をぬぐって、戦争を終わらせた功績ばかり振りかざす輩だ」
「自分たち以外の人間を犠牲にしておいて、そら涙を流してみせるのが、奴らのもっとも得意な演技なんだからな」(シェーンコップ)
「あの連中は、吾々が政府に対する造反の相談をしているのではないか、と、うたがっている。というより、期待している。だとしたら、期待に応えてやるのが俳優の義務だろうよ」(シェーンコップ)
「その当時、つまり19、20歳のころの乱行ぶりを思い出すと……」
「いやいや、その当時に帰りたくなる。あのころは女という存在がじつに新鮮に見えた」(シェーンコップ)
「おれは命令するのは好きだが、命令されるのはきらいでね」(シェーンコップ)
「法にしたがうのは市民として当然のことだ。だが、国家が自らさだめた法に背いて個人の権利を侵そうとしたとき、それに盲従するのは市民としてはむしろ罪悪だ」
「なぜなら民主国家の市民には、国家の侵す犯罪や誤謬に対して異議を申したて、批判し、抵抗する権利と義務があるからだよ」(ヤン)
「自分自身の正当な権利が侵害されたときにすら闘いえない者が、他人の権利のために闘いうるはずがない」(ヤン)
第六章 聖地
「警戒が厳重だとすれば、侵入をこころみたとき、相応のリアクションがあるでしょう。そこで何かきっかけがつかめるかもしれない」(ユリアン)
「どうせしゃべるまい。狂信者とはそういうものだ」(アウグスト・ザムエル・ワーレン)
「だめだめ、半世紀前は女でした、という骨董品ばかりさ」(ポプラン)
「おれもな、女だけで苦労したわけじゃないからな。青春の苦悩ってやつの、おれは歩く博物館なんだぜ」(ポプラン)
「おれもやめたい。だけど人生はままならぬものでな。おとなになるってことは、やりたいこととやらねばならぬことを区別することさ。ではごきげんよう」(ポプラン)
「どうも男の服はぬがせにくい。第一、ぬがせ甲斐がない」(ポプラン)
「ものごとって奴は、最初のうちはなかなかうまく運ばないものでな……」
「だいたいは、もっとひどくなる」(ポプラン)
第七章 コンバット・プレイ
「おれたちが迫ってもイエスと言わんかもしれんが、奥さんがすすめれば、おのずと異なるさ。第一、ノーと言って獄中で死んだところで、誰ひとり救われん」(シェーンコップ)
「花園は盗賊に荒らされるものだし、美しい花は独占してよいものではないさ」(シェーンコップ)
「あら、ありがとうございます。でも、わたしは独占されたいと思ってるんですけど」(フレデリカ)
「なるほど、あなたは良心的でいられる範囲では良心的な政治家らしい」(シェーンコップ)
「だが、結局のところ、あなたたち権力者はいつでも切り捨てるがわに立つ。手足を切りとるのは、たしかに痛いでしょう」
「ですが、切り捨てられる手足から見れば、結局のところどんな涙も自己陶酔にすぎませんよ」
「自分は国のため私情を殺して筋をとおした、自分は何とかわいそうで、しかもりっぱな男なんだ、というわけですな」
「『泣いて馬謖を斬る』か、ふん。自分が犠牲にならずにすむなら、いくらだってうれし涙が出ようってものでしょうな」(シェーンコップ)
「ヤン・ウェンリーという男には悲劇の英雄などという役柄は似あわない。観客としてはシナリオの変更を要求したいわけですよ。場合によっては力ずくでね」(シェーンコップ)
「生命のさしいれ、ありがとう」(ヤン)
「超過勤務、ご苦労さま」(ヤン)
「どういたしまして。長生きするにしても、おもしろい人生でなくては意味がありませんからな。あなたをお助けするゆえんです」(シェーンコップ)
「あなたのように、つねに命令を受け法にしばられてきた人間が、そういった桎梏を逃れたとき、どう考え、どう行動するか。私には大いに興味がありましてね」(シェーンコップ)
「ヤン提督、あなたにはすくなくともあなたを救出するために戦った連中に応える責任があります。もはや同盟政府に何の借りもないでしょう。自分の財布で勝負に出るときですよ」(アッテンボロー)
「帝国の奴隷のそのまた奴隷として死ぬより、反逆者ヤン提督の幕僚として死ぬほうを、すくなくとも私の子孫は喜ぶでしょうよ」(シェーンコップ)
「無用な心配をするな。おれは150歳まで生きる予定なんだ。あと115年ある。こんな場所で死にはせんよ」(シェーンコップ)
「さっさと行け! 砂時計の砂粒は、この際ダイヤモンドより貴重だ」(シェーンコップ)
「わたし、後悔もしてないし、あなたに対して怒ってもいません」
「結婚してからたった二ヶ月たらずだったけど、それは楽しかったし、これからもあなたといるかぎり、退屈な人生を送らないですみそうですもの」
「どうか期待させてくださいね、あなた」(フレデリカ)
「エンターテイメントとしての夫婦生活か」(ヤン)
不本意な死にかたをしいられることと、不本意な生きかたを強制されることと、どちらがまだしも幸福の支配領域に近いと言えるのだろうか……。(ヤン)
第八章 休暇は終りぬ
「謀略によって国が立つか!」
「信義によってこそ国が立つ。すくなくとも、そう志向するのでなければ、何をもって兵士や民衆に新王朝の存立する意義を説くのか」
「敵ながらヤン・ウェンリーは名将と呼ぶに値する。それを礼節をもって遇せず、密告と謀略によって除くなど、後世にどう弁解するつもりだ」(ミッターマイヤー)
「リヒテンラーデ公の粛清は互角の闘争だった。一歩遅れていれば、処刑場の羊となっていたのは吾々のほうだ。先手を打っただけのこと、恥じる必要はない」
「だが今度の件はどうか。退役して平凡な市民生活を送っている一軍人を、無実の罪によっておとしいれようとしているではないか」
「保身をはかる同盟の恥知らずどもの犯罪に、なぜ吾々が与せねばならぬ? 軍務尚書はいかなる哲学のもとに、かかる醜行を肯定なさるのか」(ロイエンタール)
「嫌われるのはかまわぬが、足を引っぱられてはこまる」(オーベルシュタイン)
「ロイエンタールは建国の功臣、皇帝陛下の信頼も、レンネンカンプとは比較にならぬ」
「証拠なしに他者をおとしめるの愚は、レンネンカンプという反面教師によって卿も学んだであろう」(オーベルシュタイン)
「レンネンカンプを登用したのは予の誤りであった。わずか100日も地位をまっとうすることがかなわぬとはな。予が鎖を持ち、それにつながれていてこそ能力を発揮しうる者もいるということか……」(ラインハルト)
「それとも、おれは内心で期待していたのだろうか。レンネンカンプが失敗することを……」(ラインハルト)
「おれがいなくて、ヤンの奴がやっていけるはずがないだろう」(キャゼルヌ)
「後世の評価はおくとしても、実際、ヤン提督でなくては民主共和派の将兵を糾合できぬ。それゆえ同盟政府も味方ながら彼を恐れるのだろうな……」(メルカッツ)
「ヤン・ウェンリーという名優には、自己の限界をきわめてもらいたい。どうも本人に名優の自覚がなさそうで、舞台に追いあげるほうがひと苦労だがな」(シェーンコップ)
「おれは30にもならぬ青二才で閣下などと呼ばれるようになったのです。ヤン提督の麾下にいたおかげ、あるいはそのせいです。責任はとっていただかないとね」(アッテンボロー)
「反乱部隊などとごたいそうに呼ばれているが、おれの見るところ、家出息子の集団にすぎんね」(キャゼルヌ)
7巻 怒濤篇
第一章 黄金獅子旗の下に
「皇帝は自らの生命と生涯によって自らを表現した。彼は詩人であった。言葉を必要としない詩人であったのだ」(エルネスト・メックリンガー)
「去年のワインのまずさをなげくより、今年植える葡萄の種について研究しよう。そのほうが効率的だ」(ラインハルト)
「予はむしろこの際、ヤン・ウェンリーと同盟政府との間隙を利用し、あの異才を予の麾下にまねきたいと思っている。軍務尚書の考えはどうか」(ラインハルト)
「それもよろしいでしょう。ただ、その上は、ヤン・ウェンリーをして自由惑星同盟の命脈をたたせること、これが条件となるやに思えますが」(オーベルシュタイン)
「それにしても、ヤン・ウェンリーひとりを容れることもできない民主政治とは、なんと偏狭なものではないか」(ラインハルト)
「陛下、問題は制度よりむしろそれを運用する人間にありましょう。陛下の英才がゴールデンバウム王朝の容れるところとならなかった、つい先日の例をお考えください」(ミッターマイヤー)
「次官の職責は尚書につぐものだ。卿の才幹がシルヴァーベルヒをしのぐものであれば、彼ではなく卿を尚書に任じたであろう。卿は恭謙にして自分自身を知る。それでよし」(ラインハルト)
「いっそヤン・ウェンリーに、反皇帝勢力を糾合統一させてしまえばよい。しかる後にヤンを処断すれば、一撃で火山脈は絶ちきれる」
「熔岩がいくら流れ出ようと、冷えきって無力になるだけではないか」(ビッテンフェルト)
「心配するな、ミッターマイヤー。いちおうおれも武門の男だ。滅びるなら剣に滅びる。女に滅んだりはせぬよ」(ロイエンタール)
「陛下がこれまで常勝を誇られたゆえんは、歴史を動かしていらしたことにあります。今回にかぎり、御手をつかねて歴史に動かされるのをお待ちになるのですか」(ビッテンフェルト)
「ビッテンフェルトの言やよし。予は考えすぎた。大義名分の最大にして至高なるものは、宇宙の統一である」(ラインハルト)
「予に居城など必要ない。予のあるところがすなわち銀河帝国の王城だ。当分は戦艦ブリュンヒルトが玉座の置きどころとなろう」(ラインハルト)
第二章 すべての旗に背いて
「宇宙はひとつの劇場であり、歴史は作者なき戯曲である」(ヤン)
「最高指導者は文民でなくてはならない。軍人が支配する民主共和制など存在しない。私が指導者なんかになってはいけないんだ」(ヤン)
「さあてね、両手に贈物をかかえたところにナイフを突き出されたら、よけようがないからね」(ヤン)
「ユリアン、お前さんは何でもよくできるがな、注意しろよ、戦略戦術はヤン・ウェンリーにおよばず、白兵戦技はワルター・フォン・シェーンコップにおよばず、空戦技術はオリビエ・ポプランにおよばず、なんてことになったら、器用貧乏ということばの生きた見本になってしまうからな」
「だからな、ユリアン、せめて色事ぐらいはおれを上まわるよう努力しろや」(ポプラン)
「私が問題にしているのは兵士たちの心情です。あなたの見解ではありません」(チェン)
「わしはヤン提督とちがって、50年以上も同盟政府から給料をもらってきた。いまさら知らぬ顔を決めこむわけにもいかんでな」(ビュコック)
「ふむ、残念だな。30歳以下の未成年は、今回、同行することはできんよ。これはおとなだけの宴会なのでな」(ビュコック)
「……皇帝ラインハルトは、貴官やわしを戦争犯罪人として処断しなかった。個人的には恩義すらあるが、あえてそれに背こう」
「こんなだらしない国に、若い者はこだわる必要もないが、わしはもう充分に生きた」(ビュコック)
「イゼルローンに帰るか……」(ヤン)
第三章 「神々の黄昏」ふたたび
「フロイライン・マリーンドルフは、ものごとの道理をよくわきまえている。密告などを予が喜ぶものと思っている輩には、よい教訓になったろう」(ラインハルト)
「他人を非難しおとしいれることで自己の栄達をはかろうとする風潮に、先制の一撃を加えていただきたいのですけど」(ヒルダ)
「この策がおそらく成功した後で陛下の後味がお悪くなりましょう。正面から同盟軍を撃砕することを、お望みなのでしょうから」(ヒルダ)
「フロイライン・マリーンドルフは、人の心を映す銀の鏡を持っているようだな」(ラインハルト)
「ですけど、あたしたちが策を弄せずとも、崩壊に直面して人心の動揺するところ、かならず、こちらの求めもしない商品を売りつけにくる者がいるでしょう」(ヒルダ)
「皇帝の本領は果断速行にある。座して変化を待つのは、考えてみれば皇帝にふさわしくない」(オーベルシュタイン)
「そのときは、おれもろとも惑星ハイネセンを吹きとばせ。積年の混乱は、大半がそれで一掃される」(カール・ロベルト・シュタインメッツ)
「わざわざこのような書類をつくる必要があるのですか。形式も度がすぎるように小官には思われますが」(ムライ)
「わからないかね? むろんジョークだよ」(チェン)
「ジョークとおっしゃるなら、それでけっこうですが、帝国軍に対して戦力を糾合せねばならないときに、このだけの艦艇と物資をさいたのでは、帝国軍の侵攻に対処しえないのではありませんか」(ムライ)
「どうせ糾合しても対処しえないよ」(チェン)
「ムライ中将、本心をいつわっている余裕はない。時間を浪費することなく、最善の道を行くとしよう」(エドウィン・フィッシャー)
「ランテマリオ会戦で敗れたとき、わしは死ぬべき身だった。貴官に説得されて半年ほど永らえることになったが、結局のところ命日が移動するだけのことだな」
「いや、おかげで多少は女房孝行ができたか」(ビュコック)
「ヤン・ウェンリーは何かと欠点の多い男ですが、何者も非難しえない美点をひとつ持っています」
「それは、民主国家の軍隊が存在する意義は民間人の生命を守ることにある、という建前を本気で信じこんでいて、しかもそれを一度ならず実行しているということです」(チェン)
「ヤンが敗北するとしたら、それはラインハルト・フォン・ローエングラムの偉大な天才によってではない。それはヤン自身の、理想へのこだわりによってだろう」(ビュコック)
第四章 解放・革命・謀略その他
「なに、いったん借りれば、こちらのものだ。フェザーン人は利にさとい。おれたちに皇帝ラインハルトを打倒する可能性ありとみなせば、かならず将来にそなえて投資してくる」
「そしてひとたび投資すれば、それをむだにしないためにも、つづけて投資せざるをえない。先に投資した資金、それ自体が双方のつながりを増大させる最初の一滴になる」(キャゼルヌ)
「美人局の成功は、女性の魅力しだいだな」(キャゼルヌ)
「鷹と雀では視点がちがう。金貨の一枚は、億万長者にとってとるにたりないが、貧乏人には生死にかかわるさ」(ヤン)
「全人類の数が400億人、そのうち半数が女。うち半数が年齢制限にひっかかり、さらにまた半数が容姿で落第するとしても、50億人は恋愛の対象になりますからな」
「一秒でも惜しんでいられません」(ポプラン)
「性格の良い女はアッテンボロー提督にまかせますよ。おれは性格が悪いほうの半分を引きうけてあげますからね」(ポプラン)
「いいか、ポプラン中佐、心得ちがいをするなよ。おれたちは伊達や酔狂でこういう革命をやっているんだからな」(アッテンボロー)
「いずれ必ず枯れるからといって、種をまかずにいれば草もはえようがない。どうせ空腹になるからといって、食事をしないわけにもいかない」(ヤン)
第五章 蕩児たちの帰宅
「美人か?」
「美人だったら、おれの娘だ。そうでなかったら同姓同名の別人だ」(シェーンコップ)
「おれに言わせれば、問題はカリンが不幸なことじゃない。自分は不幸だとカリンが思いこんでいることさ」(ポプラン)
「不愉快だな、どうも」
「何がって、地球といいここといい、床に足をつけて闘うことに慣らされてしまった。こんなに不愉快なことがまたとあるか」(ポプラン)
「ぼくたちはヤン・ウェンリーに頼りきっていた。彼が不敗であることはむろんのこと、不死であるとすら信じていた」(ユリアン)
第六章 マル・アデッタ星域の会戦
「老いてなお気骨ある者は賞すべきかな」(ミュラー)
「言うは易し、だ。卿らのいう白髪の老将に、卿らこそ手玉にとられるなよ」(ロイエンタール)
「卿の進言は誤っていない。だが、歴戦の老提督がおそらくは死を賭しての挑戦、受けねば非礼にあたろう」
「他にも理由がないわけではないが、予と予の軍隊にとってはそれで充分のはずだ」(ラインハルト)
「この一戦に意味があるとすれば、理性の面ではなく感情の面においてだな」
「老いた獅子と若い獅子とが、ともに戦いを望んでいる。名誉がそれに色どりをそえることになろうが、結局のところ、抜かれた剣は血ぬられずして鞘におさまるものではないさ」(ロイエンタール)
「おれにはわかる。卿にもわかっているはずだ。歴史というやつは、人間同様、眠りからさめるとき咽喉をかわかしている。ゴールデンバウム王朝はすでに滅びた」
「自由惑星同盟も今日までは生きながらえたが、明日には滅びる。歴史は大量の血を飲みほしたがっている」(ロイエンタール)
「だが、おれは思うのだ。歴史が血を飲みあきたとしても、それは量だけのこと。質的にはどうかな。犠牲は高貴なほど、残忍な神に喜ばれるものだし……」(ロイエンタール)
「いずれにしても、この戦いは儀式というべきだ。自由惑星同盟の葬列にたむけるためのな。この形式を踏まねば、生者も死者も、滅亡の事実を受けいれることはできぬだろう」(ロイエンタール)
「それにしても、わし自身はともかく、多くの者を死なせることになるな。いまさらではないが罪深いことだ」(ビュコック)
「考えてみると、わしは多分、幸福者だろう。人生の最後に、ラインハルト・フォン・ローエングラムとヤン・ウェンリーという、ふたりの比類なく偉大な用兵家に出会うことができた」
「そして、ふたりのうちいずれかが傷つき倒れる光景を見ないですむのだからな」(ビュコック)
「あれはあれでよい。ビッテンフェルトが自重に度をすごすようなことがあれば、黒色槍騎兵の長所をかえって殺ぐことになろう」(ラインハルト)
「敗敵に手をさしのべるのは勝者の器量をしめすもの、それを受けいれぬ敗者こそが狭量なのですから」(ヒルダ)
「わしはあなたの才能と器量を高く評価しているつもりだ。孫を持つなら、あなたのような人物を持ちたいものだ。だが、あなたの臣下にはなれん」
「ヤン・ウェンリーも、あなたの友人にはなれるが、やはり臣下にはなれん。他人ごとだが保証してもよいくらいさ」
「なぜなら、えらそうに言わせてもらえば、民主主義とは対等の友人をつくる思想であって、主従をつくる思想ではないからだ」(ビュコック)
「わしはよい友人がほしいし、誰かにとってよい友人でありたいと思う。だが、よい主君もよい臣下も持ちたいとは思わない」
「だからこそ、あなたとわしは同じ旗をあおぐことはできなかったのだ。ご好意には感謝するが、いまさらあなたにこの老体は必要あるまい」
「……民主主義に乾杯!」(ビュコック)
「お前は予などよりずっと気宇が大きいな。予には銀河系だけで充分だ。他の星雲はお前が征服するといい」(ラインハルト)
第七章 冬バラ園の勅令
「陛下、お急ぎになることはありません。堂々として同盟首都にお近づきあれば、その圧力のみで同盟政府は潰えましょう」(ヒルダ)
「黒色槍騎兵に退却の二字なし」(ビッテンフェルト)
「不満か。卿の忠誠心は貴重だが、度をすぎればそれが予をルドルフにするぞ」(ラインハルト)
「卿らのためにさく時間は、予には貴重すぎる。ひとつだけ聞いておこう。卿らがことをおこなったとき、卿らの羞恥心はどの方角をむいていたのか」(ラインハルト)
「前王朝ならいざ知らず、ローエングラム王朝には裏切者を保護すべき法はない。無益な哀願をするな」(アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト)
「……フロイラインの予言したとおりだった。腐肉を食う輩は、自分の嗜好で他人を量るものらしいな」(ラインハルト)
「たぶん人間は自分で考えているよりもはるかに卑劣なことができるのだと思います。平和で順境にあれば、そんな自分自身を再発見せずにすむのでしょうけど……」(ヒルダ)
「……奴らが下水の汚泥とすれば、マル・アデッタで死んだ老人はまさに新雪だったな」
「不死鳥は灰のなかからこそよみがえる。生焼けでは再生をえることはできぬ。あの老人は、そのことを知っていたのだ。奴らを処断して、ヴァルハラであの老人にわびさせよう」(ラインハルト)
「りっぱな男たちだ。そのような男たちが中堅以下の地位にとどまっているようだからこそ、同盟は滅びたのだ。その者たちに危害を加えてはならぬ」
「さしあたり従順な者たちだけを登用して政務を担当させよ」(ラインハルト)
第八章 前途遼遠
「吉報はひとりでしか来ないが、兇報は友人をつれて来る」(キャゼルヌ)
「ピクニックが研修旅行になってしまった」(アッテンボロー)
「当然です。あなたが自分ひとり地位を守って友人を見すてるような人なら、わたしはとうに離婚していましたよ」
「自分の夫が友情にうすい人間だったなんて子供に言わなきゃならないのは、女として恥ですからね」(オルタンス)
「さあ、あなた、ヤンご夫妻をお呼びしてくださいな。生きている人間は、死んだ人の分まできちんと食べなきゃなりませんからね」(オルタンス)
皇帝ラインハルトには多くの忠実な臣下がいる。メルカッツにもせめて自分ひとりぐらいいてもいいではないか……(シュナイダー)
「非常の時である。非常の策を用いてしかるべし」
「信念など有害無益のものだと他人にはお説教しておきながら、ご本人の頑固なこと。言行不一致とはこのことだな」(シェーンコップ)
「愛してもいない女を抱くには、人生は短すぎるだろうな」
「愛してもいない男に抱かれるにも、人生は短すぎるだろうよ」(シェーンコップ)
「おれのことを不良中年だと言ってまわっているそうだが、おれはまだ中年じゃない」(シェーンコップ)
「順当にいけば、シェーンコップの不良中年は、お前さんより20年早くくたばる。墓石と仲なおりしたって意味があるまい」(ポプラン)
「それでは彼らは自分自身の処刑命令書にサインしたことになる。皇帝ラインハルトは彼らの醜行をけっして赦さないだろうよ」(ヤン)
「陰謀やテロリズムでは、結局のところ歴史の流れを逆行させることはできない。だが、停滞させることはできる」
「地球教にせよ、アドリアン・ルビンスキーにせよ、そんなことをさせるわけにはいかない」(ヤン)
「ユリアン、吾々は軍人だ。そして民主共和政体とは、しばしば銃口から生まれる。軍事力は民主政治を産み落としながら、その功績を誇ることは許されない」
「それは不公正なことではない。なぜなら民主主義とは力を持った者の自制にこそ真髄があるからだ」
「強者の自制を法律と機構によって制度化したのが民主主義なのだ。そして軍隊が自制しなければ、誰にも自制の必要などない」(ヤン)
「自分たち自身を基本的には否定する政治体制のために戦う。その矛盾した構造を、民主主義の軍隊は受容しなくてはならない」
「軍隊が政府に要求してよいのは、せいぜい年金と有給休暇をよこせ、というくらいさ。つまり労働者としての権利。それ以上はけっして許されない」(ヤン)
第九章 祭りの前
「おれは帝国元帥の称号を陛下よりたまわり、帝国宇宙艦隊司令長官という過分な地位もいただいた」
「だが、どれほど高位につこうとも、友人と会うことすらままならぬのでは、一庶民にもおとるではないか」(ミッターマイヤー)
「自分ことオスカー・フォン・ロイエンタールが武力と権力にまかせて略奪暴行をこととし、人民を害しているなどと噂されるのであれば、これは自分にとって最大の恥辱である」
「反逆して帝座をねらうと言われるのは、むしろ乱世の武人にとって誇りとするところ」(ロイエンタール)
「……しかしながら皇帝ラインハルト陛下が先王朝において元帥府を開設されて以来、自分は一日の例外もなく陛下が覇業をなされるに微力をつくしてきた」
「その点についていささかも心にやましいところはない」(ロイエンタール)
「ミッターマイヤー、そのくらいにしておけ。卿の口は大軍を叱咤するためにあるもの。他人を非難するのは似合わぬ」(ラインハルト)
「そちら(祝福)は完全な嘘偽です。あの女が妊娠したことを私は存じませんでした。存じていれば……即座に堕胎させておりました。この点、うたがう余地はございません」
「私には人の親となる資格がないからです、陛下」(ロイエンタール)
「私を失望させるなよ。卿の任務は国内の敵を監視して王朝を安泰せしめるにある」
「私怨をもって建国の元勲を誣告し、かえって王朝の基礎を弱めたりしては、不忠のはなはだしいものになろう。こころえておくことだ」(オーベルシュタイン)
「だが、歴史は無数の実例をもって吾々に教示する」
「能力も識見もない単なる陰謀家が、しばしば、自分よりはるかに有能な、あるいは偉大な人物を底なし沼につきおとし、その相手だけでなく時代そのものの可能性を沈めさってしまうことを……」(メックリンガー)
「ここに宣言する。予はヤン・ウェンリーを予の前にひざまずかせぬかぎり、オーディンはおろかフェザーンへも帰らぬことを……」(ラインハルト)
「たしかに修復したかに見えるな。だが、皇帝がロイエンタールに与えた地位と戦力は、一臣下には巨大すぎるものだ。すくなくとも軍務尚書オーベルシュタインなどはそう思うだろう」
「亀裂は隠れただけで、けっして消えてはいない」(ルビンスキー)
「金髪の孺子も、前進と上昇だけが奴の人生でないとさとるだろう。奴の権勢は拡大の一方で空洞化しつつある。奴は膨張する風船の上に立っているのだ」(ルビンスキー)
「どうだ、ドミニク、ひとつ私の子供を産んでみないか」(ルビンスキー)
「あなたに殺させるために? ごめんこうむるわ」(ドミニク・サン・ピエール)
「……そうではない、ドミニク。私を殺させるためにさ」(ルビンスキー)
8巻 乱離篇
第一章 風は回廊へ
「ハイネセンが真に同盟人の敬慕に値する男なら、予の処置を是とするだろう。巨大な像など、まともな人間に耐えられるものではない」(ラインハルト)
「ヤン・ウェンリーがいかに希謀を誇ろうとも、この期におよんで軍事上の選択肢はふたつしかありえない。進んで戦うか、退いて守るか、だ。彼がどう選択し、どう予をしとめようとするか、大いに興味がある」(ラインハルト)
「名将の器量が他の条件に規制されるとは気の毒なことだな」(ラインハルト)
「フロイライン、予が休息するとしたら、ヤン・ウェンリーに対する負債を、まず完済せねばならぬ。彼を屈伏させ、宇宙の統一をはたしてから、予にとってはすべてがはじまるのだ」(ラインハルト)
「陛下に無能者と呼ばれるのには、おれは耐えられる。だが卑劣漢と非難されては、今日まで生命がけで陛下におつかえしてきた意味がない」(ビッテンフェルト)
第二章 春の嵐
「おれとしては、何も悪いことをできなかったような甲斐性なしに、30歳になってもらいたくないね」(シェーンコップ)
民主共和政治の建前──言論の自由のおかげである。政治上の建前というものは尊重されるべきであろう。
それは権力者の暴走を阻止する最大の武器であり、弱者の甲冑であるのだから。(ヤン)
「皇帝ラインハルトは、私と戦うことを欲しているらしいよ。その期待を裏切るような所業をしたら、彼は私を永久に赦さないだろうな」(ヤン)
「運命というならまだしも、宿命というのは、じつに嫌なことばだね。二重の意味で人間を侮辱している」
「ひとつには、状況を分析する思考を停止させ、もうひとつには、人間の自由意志を価値の低いものとみなしてしまう」
「宿命の対決なんてないんだよ、ユリアン、どんな状況のなかにあっても結局は当人が選択したことだ」(ヤン)
「半数が味方になってくれたら大したものさ」(ヤン)
「この世で一番、強い台詞さ。どんな正論も雄弁も、この一言にはかなわない」
「つまりな、『それがどうした』、というんだ」(アッテンボロー)
「伊達と酔狂でやってるんだ。いまさらまじめになっても帝国軍のまじめさにはかなわんよ。犬はかみつく、猫はひっかく、それぞれに適した喧嘩のやりかたがあるさ」(アッテンボロー)
狂信者に必要なものはありのままの事実ではなく、彼の好みの色に塗りたてた幻想である。(ド・ヴィリエ)
第三章 常勝と不敗と
「ヤン・ウェンリーも戦いを欲するか」(ラインハルト)
「ヤン・ウェンリーの真の偉大さは、正確な予測にあるのではなく、彼の予測の範囲においてのみ、敵に行動あるいは選択させる点にある」
「銀河帝国の歴戦の名将たちは、つねに彼によって彼の用意した舞台の上で踊らされたのである」(メックリンガー)
「罠ということは卿に教わるまでもない。おれが問題にしているのは、何を目的としての罠かということだ」(ビッテンフェルト)
「こちらは両艦隊あわせて三万隻。敵軍をことごとく葬って、なお一万隻はあまるではないか」(ビッテンフェルト)
「大軍に区々たる用兵など必要ない。攻勢あるのみ。ひたすら前進し、攻撃せよ」(ファーレンハイト)
「世の中を甘く見ることさ」(ポプラン)
「見栄をはるのは、けっこうなことだ。最初は大きすぎる服でも、成長すれば身体にあうようになる。勇気も同じことだ」
「……と、人生相談係のポプラン氏は無責任にのたもうた。しょせん他人の人生である」(ポプラン)
「よし、行け、カリン、教えたことの62.4パーセントばかり実行すれば、お前さんは生き残れる」(ポプラン)
「わかった、形見をやる……」
「お前の生命だ。生きて皇帝にお目にかかれ。死ぬなよ、いいか……」(ファーレンハイト)
「勝利か死か、ですか、わが皇帝(マイン・カイザー)」(ロイエンタール)
「ちがうな。勝利か死か、ではない。勝利か、より完全な勝利か、だ」(ラインハルト)
第四章 万華鏡
「元帥だの宇宙艦隊司令長官だのと顕職にまつりあげられている間に、おれも戦闘指揮の感覚がにぶったとみえる。味方がついてこれないような作戦をたてるとはな」(ミッターマイヤー)
「これだ、これでなくてはな」(ラインハルト)
「ああ、その指揮官は鉄壁ミュラーにちがいないよ」
「異名にふさわしく、主君を守ろうとしているのだ。彼を部下に持ったという一事だけで、皇帝ラインハルトの名は後世に伝えられるだろうな」(ヤン)
「つまりは、人は人にしたがうのであって、理念や制度にしたがうのではないということかな」(ヤン)
「前後、左右、上下、いずれの方角を見ても味方の艦影で埋まっている。にもかかわらず、わが軍が劣勢であるのはどういうわけだ」(フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー)
「予はこれまで戦うにあたって、受け身となってよき結果を報われたことは一度もなかった。それを忘れたとき、軍神は予の怠惰を罰したもうた」
「今回、いまだ勝利をえられぬゆえんである」(ラインハルト)
「吾々は宇宙を征服しうるも、一個人を征服するあたわざるか」(ミッターマイヤー)
第五章 魔術師、還らず
「かっこうよく死ぬのは、ビュコック爺さんに先をこされてしまったからな。後追い心中をしても誰もほめちゃくれない。したたかに生き残っていい目を見なきゃ損さ」(アッテンボロー)
「ヤン・ウェンリーは宇宙のすべてを欲しているのではないと思います。あえて申しあげますが、譲歩が必要であるとすれば、それをなさる権利と責任は陛下のほうにおありです」(ヒルダ)
「キルヒアイスが諌めにきたのだ。キルヒアイスが言ったのだ、これ以上ヤン・ウェンリーと争うのはおよしください、と。あいつは死んでまでおれに意見する……」(ラインハルト)
「(人質の)使者として他に候補者なき場合は、臣がその任にあたりましょう」(オーベルシュタイン)
「作戦をたてるだけでは勝てない。それを完全に実行する能力が艦隊になくては、どうしようもない」
「ここで会談の申しいれを拒否して、短時日のうちに再戦することになっては自殺行為だよ」(ヤン)
「誰もが平和を望んでいた。自分たちの主導権下における平和を。共通の目的が、それぞれの勝利を要求したのである」(歴史家)
「予はヤン・ウェンリーに手を差しだすつもりだが、ひとたびそれを拒まれたときには、ふたたび握手を求めるつもりはない」(ラインハルト)
「(フォークは)秀才だったのですが、現実が彼のほうに歩みよってくれなかったのですな」
「方程式や公式で解決できる問題なら、手ぎわよくかたづけたにちがいありませんが、教本のない世界では生きられなかったらしい」(パトリチェフ)
「よせよ、痛いじゃないかね」(パトリチェフ)
「ごめん、フレデリカ。ごめん、ユリアン。ごめん、みんな……」(ヤン)
第六章 祭りの後
「提督、イゼルローンへ帰りましょう。あそこがぼくたち皆の家ですから。家に帰りましょう……」(ユリアン)
「生きるということは、他人の死を見ることだ」(ヤン)
「戦争やテロリズムは何よりも、いい人間を無益に死なせるからこそ否定されねばならない」(ヤン)
あの人が言っていたのは、いつも正しかった。だけど、いくら正しいことばを残しても、当人が死んでしまったら何にもならないではないか!(ユリアン)
「きらいな奴に好かれようとは思わない。理解したくない人に理解される必要もない」(ヤン)
「なあ、ユリアン、もともとヤンの奴は順当にいけばお前さんより15年早く死ぬ予定になっていたんだ。だがなあ、ヤンはおれより6歳若かったんだぜ」
「おれがあいつを送らなきゃならないなんて、順序が逆じゃないか」(キャゼルヌ)
「ユリアン、これはあなたの責任であり義務ですよ。あなたはヤンご夫妻の家族だったんですからね。あなた以外の誰が話すというの」
「もし話さなかったら、話したとき以上に後悔するわよ」(オルタンス)
「あの人はね、こんな死にかたをする人じゃないのよ。あの人にはあの人らしい死にかたがあったのに」(フレデリカ)
……戦乱が一世紀以上も過去のことになった平和な時代、ひとりの老人が生きている。
かつては名声を有した軍人だったというが、それを実見した証人たちもすくなくなり、当人も誇らしげに武勲を語ることはない。
若い家族たちに七割の愛情と三割の粗略さで遇されながら、年金生活を送っている。
サンルームに大きな揺り椅子を置いて、食事に呼ばれないかぎり、まるで椅子の一部になってしまったように静かに本を読んでいる。毎日毎日、時がとまったように。
ある日、外で遊んでいた孫娘が、サンルームの入口からなかにボールを放りこんでしまう。ボールは老人の足もとに転々とする。
いつもは緩慢な動作でボールをひろってくれる祖父が、孫の声を無視したように動かない。
駆けよってボールをひろいあげた孫娘は、下方から祖父の顔を覗きこんで苦情を言いかけ、説明しがたい何かを感じる。
「お祖父ちゃん……?」返答はなく、老人は眠りに落ちたような顔を、陽光が斜めから照らしている。孫娘はボールを抱いたまま、居間へ駆けこんで大声で報告する。
「パパ、ママ、お祖父ちゃんが変なの!」その声が遠ざかっていくなかで、老人はなお揺り椅子にすわっている。永遠の静謐さが老人の顔を潮のように満たしはじめる……。
そんな死にかたこそがヤン・ウェンリーにはふさわしい。(フレデリカ)
「人間は主義だの思想だののためには戦わないんだよ! 主義や思想を体現した人のために戦うんだ。革命のために戦うのではなくて、革命家のために戦うんだ」
「おれたちは、どのみち死せるヤン提督を奉じて戦うことになるが、その場合でも、この世に提督の代理をつとめる人間が必要だ」(アッテンボロー)
「ユリアン、いいか、政治における形式や法制というものは、二代めから拘束力を持つのだぜ。初代はそれを定める立場にある」(キャゼルヌ)
「あたりまえよ、ユリアン、ヤン・ウェンリーみたいなことは誰にもできないわ」
「いえ、(才能ではなく)個性の差よ、ユリアン。あなたはあなたにしかできないことをやればいい。ヤン・ウェンリーの模倣をすることはないわ」
「歴史上にヤン・ウェンリーがただひとりしかいないのと同様、ユリアン・ミンツもただひとりなのだから」(フレデリカ)
「なぜユリアンのような亜麻色の髪の孺子に兵権をゆだねるかって? おれたちにとって必要なのは過去の日記ではなくて未来のカレンダーだからさ」(アッテンボロー)
「いま私が離脱を公表すれば、動揺している連中は私のもとに集まってくる。ムライのような幹部でさえ離脱するのだから、という自己正当化ができるからな」(ムライ)
「私がいないほうが、貴官らにとってはよかろう。羽を伸ばすことができて」(ムライ)
「否定はしませんよ。ですが、酒を飲む楽しみの半分は禁酒令を破ることにあるのでね」(アッテンボロー)
「世間はきっとあんたのことを悪く言いますよ。損な役まわりをなさるものだ」(アッテンボロー)
「なに、私は耐えるだけですむ。君らと同行する苦労にくらべればささやかなものさ」(ムライ)
「あなたがたが出て行かれるのを、ぼくは制めはしません。ですから、あなたがたも気持よく出発なさってください。何も今日までのあなたがた自身を否定なさる必要はないでしょう」(ユリアン)
第七章 失意の凱旋
「あなたから凶報を聞いたことは幾度もあるが、今回はきわめつけだ。それほど予を失望させる権利が、あなたにあるのか?」
「誰も彼も、敵も味方も、皆、予をおいて行ってしまう! なぜ予のために生きつづけないのか!」(ラインハルト)
「予には敵が必要なのだ」(ラインハルト)
「わが皇帝よ、あなたは私に過分な地位と権力を与えてくださるが、何を望んでおられるのか。私が単に忠実で有益な覇道の歯車であれば、それでいいのか」(ロイエンタール)
「卿にはわかっているはずだ、ミッターマイヤー。昨日正しかった戦略が今日も正しいとはかぎらぬ」(ロイエンタール)
「ひとりの貴族が死んで一万人の平民が救われるなら、それが予にとっての正義というものだ。餓死するのがいやなら働け。平民たちは500年間そうしてきたのだからな」(ラインハルト)
「もし予が死んで血族なきときは、予の臣下でも他の何者でもよい、実力ある者が自らを帝位にでも王位にでもつけばよかろう。もともと予はそう思っていた」
「予が全宇宙を征服したからといって、予の子孫が実力も名望もなくそれを継承すべき理由はあるまい」(ラインハルト)
第八章 遷都令
「あいつは小物だ。その証拠に、実物より大きく映る鏡を見せれば喜ぶ。私は奴のほしがる鏡をしめしてやっただけさ」(ルビンスキー)
「虫が食った柱だからといって切り倒せば、家そのものが崩壊してしまうこともあるだろう。大と小とを問わず、ことごとく危険人物なるものを粛清し終えた後に、何が残るか」
「軍務尚書自身が倒れた柱の下に敷かれるかもしれんな」(アントン・フェルナー)
第九章 八月の新政府
「どのみち、急速に事態が変わるとは思っていません。国父アーレ・ハイネセンの長征一万光年は50年がかりでした。それぐらいの歳月は覚悟しておきましょうよ」(ユリアン)
「何と言われてもかまいませんよ。成功さえすればね」(ユリアン)
「戦略は正しいから勝つのだが、戦術は勝つから正しいのだ。だから、まっとうな頭脳を持った軍人なら、戦術的勝利によって戦略的劣勢を挽回しようとは思わない」
「いや、正確には、そういった要素を計算に入れて戦争を始めたりはしないだろうよ」(ヤン)
「戦術は戦略に従属し、戦略は政治に、政治は経済に従属するというわけさ」(ヤン)
「ひがんではいけませんな、アッテンボロー提督。女に関しては1の下は0。コンマいくつなんてのはないんですから」(ポプラン)
9巻 回天篇
第一章 辺境にて
「じつをいうとね、ヤン提督が生きてらしたころは、それほど偉大な人だとも思ってなかったのよ。でも、亡くなってから、すこしだけわかったような気がする」
「提督の息吹を、わたしたちは直接、感じているけど、その息吹はきっと時がたつほど大きくなって、歴史を吹きぬけていくんでしょうね……」(カーテローゼ・フォン・クロイツェル、通称:カリン)
「歴史とは、人類全体が共有する記憶のことだ、と思うんだよ、ユリアン。思いだすのもいやなことがあるだろうけど、無視したり忘れたりしてはいけないのじゃないかな」(ヤン)
「よく60万人以上も残ったものさ。物ずきの種はつきないものだ」(アッテンボロー)
「失われた生命は、けっして帰ってこない世界、それだけに、生命というものがかけがえのない存在である世界に、おれたちは生きているんだからな」(アッテンボロー)
「生きかえっていらっしゃい。自然の法則に反したって、一度だけなら、赦してあげる。そうなったら、今度は、わたしが死ぬまでは死なせてあげないから」(フレデリカ)
「自分がこれまで死なせてきた人間の数を考えると、ほんとうに怖いよ。一回死んだぐらいでは、償えないだろうね。世のなかって、けっこう不均衡にできているんだとう思う」(ヤン)
「わたしは、たしかにあなたを失いました。でも、最初からあなたがいなかったことに比べたら、わたしはずっと幸福です」
「あなたは何百万人もの人を殺したかもしれないけど、すくなくともわたしだけは幸福にしてくださったのよ」(フレデリカ)
「もう一度言ってみろ。暗殺された人間は、戦死した人間より格が下だとでもいうのか」(ユリアン)
「さて、この際、あんたのほうはわずかな想像力をはたらかせればいいのさ」
「あんたより年齢がずっと若くて、ずっと重い責任を負わされた相手を、口ぎたなくののしるような人間が、周囲の目に美しく見えるかどうか」(ポプラン)
「ヤン・ウェンリーの語調を借りれば、こういうことになるかな。歴史はどう語るか」
「ユリアン・ミンツはヤン・ウェンリーの弟子だった。ヤン・ウェンリーはユリアン・ミンツの師だった。さて、どちらになるものやら」(シェーンコップ)
「はっきりわかっているのは、これだけだ。おれたちは、全員そろって、あきらめが悪い人間だということさ」(キャゼルヌ)
「ヤン提督の生前はお祭りの準備にいそがしかった。死後は、残っていた宿題をかたづけるのに骨をおった」(アッテンボロー)
第二章 夏の終わりのバラ
「皇帝をお怨みするにはあたらぬ。ヴェスターラントに対する熱核攻撃を黙認するよう、皇帝に進言したのは私だ。卿は皇帝ではなく、私をねらうべきであったな」
「妨害する者もすくなく、ことは成就したであろうに」(オーベルシュタイン)
「陛下は、罪を犯されたとしても、その報いをすでに受けておいでだ、と、わたしは思います。そして、それを基調に、政治と社会を大きく改革なさいました」
「罪があり報いがあって、最後に成果が残ったのだ、と思います。どうかご自分を卑下なさいませんよう。改革によって救われた民衆はたしかに存在するのですから」(ヒルダ)
「異常な才能というものは、一方で、どこかそれに応じた欠落を要求するものらしい。ラインハルト陛下を見ていると、そう思う」
「まあ君主としては、逆の方向へ異常でないだけよいのだがね」(マリーンドルフ)
人間は、自分より欲望の強い人間を理解することはできても、自分より欲望の弱い人間を理解することは至難であるから。
「偉人だの英雄だのの伝記を、子供たちに教えるなんて、愚劣なことだ。善良な人間に、異常者をみならえというも同じだからね」(ヤン)
第三章 鳴動
熱狂する群衆のなかで理性を堅持しえる者は、絶対的少数派である。
「侵略者の善政など、しょせん偽善にすぎぬ、か。そのとおりだな」(ロイエンタール)
「偉大な敵将と戦うのは武人の栄誉だが、民衆を弾圧するのは犬の仕事にすぎぬ」(ロイエンタール)
「ヤン・ウェンリー元帥、卿は中道に倒れて、あるいは幸福だったのではないか」
「平和な世の武人など、鎖につながれた番犬にすぎぬ。怠惰と無為のなかで、ゆっくりと腐敗していくだけではないか」(ロイエンタール)
「平和の無為に耐えうる者だけが、最終的な勝者たりうる」(ヤン)
「陰気で消極的なビッテンフェルト、女気なしのロイエンタール、饒舌なアイゼナッハ、浮気者のミッターマイヤー、無教養で粗野なメックリンガー、いたけだかなミュラー、皆、彼ららしくない」
「人それぞれ個性というものがある。ロイエンタールが法を犯したとか、相手をだましたとかいうならともかく、色恋ざたで一方だけを被告席に着かせるわけにもいくまい」(ラインハルト)
「100の興味が集まれば、事実のひとつぐらいにはなるだろうな。とくに、力のある者がそれを望めば、証拠など必要ない。卿らの憎む、いや、憎んだ専制政治では、とくにな」(ロイエンタール)
「ことばで伝わらないものが、たしかにある。だけど、それはことばを使いつくした人だけが言えることだ」(ヤン)
「正しい判断は、正しい情報と正しい分析の上に、はじめて成立する」(ヤン)
「何かを憎悪することのできない人間に、何かを愛することができるはずがない」(ヤン)
「クロイツェル伍長がおれのことをどう思うか、それは彼女の問題であって、おれの問題ではないね。おれが彼女をどう思っているか、ということなら、それこそおれの問題だがね」(シェーンコップ)
「美人をきらったことは、おれは一度もないよ。まして、生気のいい美人をね」(シェーンコップ)
「シェーンコップ中将は、卑怯の二文字とは縁がない人よ、と、そう言っただけよ。事実ですものね」(フレデリカ)
「(彼女たちは)よくもまあ、あんなしょうもないゲームに熱中できるもんだ」
「……しかし、まあ、笑声のほうが、泣声よりずっとましではあるがね」(キャゼルヌ)
第五章 ウルヴァシー事件
「指導者に対する悪口を、公然と言えないような社会は開かれた社会とは言えない」(ユリアン)
「ユリアン・ミンツは作曲家ではなく演奏家だった。作家ではなく翻訳家だった。彼はそうありたいと望んで、もっとも優秀な演奏家に、また翻訳家になったのである」
「彼は出典を隠したことは一度もなかった。剽窃よばわりされる筋合はまったくない。演奏されずに人々を感動させる名曲などというものはないのだ」(アッテンボロー)
「無用の心配をするな、エミール、予はいますこし見栄えのする場所で死ぬように決めている。皇帝の墓所はウルヴァシーなどというのは、ひびきがよくない」(ラインハルト)
「撃つがいい。ラインハルト・フォン・ローエングラムはただひとりで、それを殺す者もひとりしか歴史には残らないのだからな。そのひとりに誰がなる?」(ラインハルト)
「もとより、小官は生きて元帥杖を手にするつもりでございます。おそれながら、陛下とは建国の労苦をともにさせていただきました」
「ぜひ今後の安楽と栄華をも、わかちあたえていただきたいと存じますので」(コルネリアス・ルッツ)
「反逆者になるのは、いっこうにかまわん。だが、反逆者にしたてあげられるのは、ごめんこうむりたいものだな」(ロイエンタール)
「少年時代が幸福に思えるとしたら、それは、自分自身の正体を知らずにいることができるからだ」(ロイエンタール)
戦うからには、おれは全知全能をつくす。勝利をえるために、最大限に努力する。そうでなくては、皇帝に対して礼を失することになろう……。(ロイエンタール)
「民主共和政治とやらの迂遠さは、しばしば民衆をいらだたせる。迅速さという一点で、やつらを満足させれば、民主共和制とやらにこだわることもあるまい……」(ロイエンタール)
第六章 叛逆は英雄の特権
「卿を残した理由は、諒解していよう。ロイエンタールは当代の名将だ。彼に勝利しうる者は、帝国全軍にただ二名、予と卿しかおらぬ」
「ゆえに、卿を残した。意味はわかろう?」(ラインハルト)
「皇帝の御手を汚してはならんのだ」(ミッターマイヤー)
「ロイエンタールとおれと、双方が斃れても、銀河帝国は存続しうる。だが皇帝に万一のことがあれば、せっかく招来した統一と平和は、一朝にして潰えるだろう」
「勝てぬとしても、負けるわけにはいかんのだ」(ミッターマイヤー)
「ラングの非道をただすには、法をもってする。でなければ、ローエングラム王朝の、よって立つ礎が崩れますぞ」
「重臣中の重臣、宿将中の宿将であるあなたに、そのことがおわかりにならぬはずはありますまい」(ウルリッヒ・ケスラー)
「わが皇帝に敗れるにせよ、滅びるにせよ、せめて全力をつくして後のことでありたいものだ」
「戦うからには勝利を望むべきだ。最初から負けることを考えてどうする。それとも、敗北を、滅亡をお前は望んでいるのか」(ロイエンタール)
「度しがたいな、吾ながら……」(ロイエンタール)
「あなた、ウォルフ、わたしはロイエンタール元帥を敬愛しています。それは、あの方があなたの親友でいらっしゃるから」
「でも、あの方があなたの敵におなりなら、わたしは無条件で、あの方を憎むことができます」(エヴァンゼリン・ミッターマイヤー)
第七章 剣に生き……
「いや、ワーレン提督、お気づかいは必要ない。ロイエンタール元帥とおれとの友誼は、つまるところ私事であって、公務の重さと比較はできないからな」(ミッターマイヤー)
「だが、ロイエンタールを討って、それでおれの心は安らぎをえるのだろうか」(ラインハルト)
「おれは自分が何のためにこの世に生を亨けたか、長いことわからなかった。知恵なき身の悲しさだ。だが、いまにしてようやく得心がいく」
「おれは皇帝と戦い、それによって充足感をえるために、生きてきたのではなかったのか、と」(ロイエンタール)
「酔っているな、卿は」
「酒にではない、血の色をした夢に酔っている」(ミッターマイヤー)
「夢は醒める。さめた後どうなる? 卿は言ったな、皇帝と戦うことで充足感をえたいと」
「では戦って勝った後、どうするのだ。皇帝がいなくなった後、どうやって卿は心の飢えを耕すつもりだ?」(ミッターマイヤー)
「夢かもしれんが、いずれにしてもおれの夢の話だ。卿の夢ではない。どうやら接点も見出しえないようだし、もう無益な長話はやめよう」(ロイエンタール)
「……さらばだ、ミッターマイヤー、おれが言うのはおかしいが、皇帝を頼む。これはおれの本心だ」(ロイエンタール)
「ロイエンタールの大ばか野郎!」(ミッターマイヤー)
「前進、力戦、敢闘、奮励」
「突撃だ! ミッターマイヤーに朝食を摂る時間をつくってやろう」(ビッテンフェルト)
「青二才に、用兵の何たるかを教えてやるとしようか」(ロイエンタール)
「一度失ったものを、もう一度失っても、べつに不自由はせんよ」
「さて、これで悪運を切り離したぞ。恐れるべきものは、怯懦のみだ」(ワーレン)
「死ぬのがこわくて生きていられるか」(ポプラン)
第八章 剣に斃れ
「要するに敵も味方もセンチメンタリストの集まりだってことだな。イゼルローンは聖なる墓、か」(シェーンコップ)
「いうなれば、宇宙はひとつの劇場だよ」(ヤン)
「騒ぐな、負傷したのはおれだ、卿ではない」(ロイエンタール)
「どのみち、おれたちの人生録は、どのページをめくっても、血文字で書かれているのさ。いまさら人道主義の厚化粧をやっても、血の色は消せんよ」(ビッテンフェルト)
「……ふたりの人間の野心を、同時代に共存させるには、どうやら銀河系は狭すぎるらしい……」(メックリンガー)
「そうか、案外、世のなかにはばかが多いな」(ロイエンタール)
「きさまが民主共和政治を愚弄しようと、国家を喰いつぶそうと、市民をたぶらかそうと、そんなことは、おれの関知するところではない。だが……」
「だが、その穢らわしい舌で、皇帝の尊厳に汚物をなすりつけることは赦さん。おれはきさまごときに侮辱されるような方におつかえしていたのではないし、背いたのでもない」(ロイエンタール)
「どこまでも不愉快な奴だったな。おれが生涯の最後に殺した人間が武器を持っていなかったとは……不名誉な所業を、おれにさせてくれたものだ」(ロイエンタール)
「じゃまをせんでほしいな。おれは死ぬのではなく、死んでいく。その過程を、けっこう楽しんでいるところだ。おれの最後の楽しみをさまたげんでくれ」(ロイエンタール)
「古代の、えらそうな奴がえらそうに言ったことばがある。死ぬにあたって、幼い子供を託しえるような友人を持つことがかなえば、人生最上の幸福だ、と……」(ロイエンタール)
「ウォルフガング・ミッターマイヤーに会って、その子の将来を頼むがいい。それがその子にとっては最良の人生を保障することになる」(ロイエンタール)
「遅いじゃないか、ミッターマイヤー……」
「卿が来るまで生きているつもりだったのに、まにあわないじゃないか。疾風ウォルフなどという、たいそうなあだ名に恥ずかしいだろう……」(ロイエンタール)
第九章 終わりなき鎮魂曲
「表面的には互角に見えるかもしれないが、おれにはワーレンとビッテンフェルトがいた。ロイエンタールには誰もいなかった。いずれが勝者の名に値するか、論議の余地もない」(ミッターマイヤー)
「あれを見たか。おれは一生、この光景を忘れられないだろう。疾風ウォルフが泣いているぜ……」(バイエルライン)
「それにしても、私も口数が多くなったものだ」(オーベルシュタイン)
「卿は死ぬな。卿がいなくなれば、帝国全軍に、用兵の何たるかを身をもって教える者がいなくなる。予も貴重な戦友を失う。これは命令だ、死ぬなよ」(ラインハルト)
10巻 落日篇
第一章 皇紀誕生
「吉事は延期できるが、兇事はそうはいかぬ。まして国家の安寧にかかわりあること、陛下のご裁断がどう下るかはともかく、お耳に入れぬわけにはいかぬ」(オーベルシュタイン)
「筋がちがう。一方の罪を明らかにするため、他方の罪を免じるというのでは、そもそも法の公正がたもてないではないか」(ケスラー)
第二章 動乱への誘い
政治的な要望と軍事的な欲求とは、しばしば背馳する。
「いま、遠慮なしにあんたが決断することこそ、期待にこたえる唯一の道じゃないかしら」(カリン)
「善政の基本というやつは、人民を飢えさせないことだぞ、ユリアン」
「餓死してしまえば、多少の政治的な自由など、何の意味もないからな。帝国の経済官僚たちは、さぞ青くなっているだろうよ。もしこれが帝国本土まで波及したら、と」(キャゼルヌ)
「ユリアン、陰謀だけで歴史が動くことはありえないよ。いつだって陰謀はたくらまれているだろうが、いつだって成功するとはかぎらない」(ヤン)
「負けるけんかは嫌いだ」(アッテンボロー)
「おれたちは変化を待っていた。いま変化がおこった。これに乗じて、変化の幅を大きくするのも、りっぱな戦略だ」(シェーンコップ)
「時きたるというわけだ。果物にも、戦いにも、女にも、熟れごろがあるものさ」(ポプラン)
敵をして、その希望がかなえられるかのように錯覚させる。さらに、それ以外の選択肢が存在しないかのように、彼らを心理的に追いこみ、しかもそれに気づかせない。(ヤン)
「ま、いずれにしても明日、死ぬことができるのは、今日、生きのびることができるやつだけさ」(アッテンボロー)
「同情するふりをしてもらわなくて結構だ。エキジビジョン・ゲームは二流俳優にまかせて、名優は皇帝陛下御前興行に出演するさ」
「むろん、惑星ハイネセン奪還作戦に決まっている。そう遠くのことでもあるまい」(シェーンコップ)
第三章 コズミック・モザイク
「能ある者が味方ばかりでは、戦う身としてはりあいがなさすぎる。まして、ヤン・ウェンリーを失って、宇宙は寂寥を禁じえぬところだ」
「メルカッツ健在と聞けば、おれはむしろうれしさを感じる」(ミッターマイヤー)
「ね、ヒルダさん、おわかりいただけるでしょうか。弟は、過去をわたしと共有しています。でも、弟の未来は、あなたと共有されるものです。いえ、あなたたちと……」(アンネローゼ)
「カリン、この前はおめでとう。戦果にではなくて、生還したことによ」(フレデリカ)
「あたしだって子供です。自分でもよくわかってます。他人に言われると癪だけど、自分ではわかってるんです」(カリン)
「たとえば、こうよ。あなたが大きくなったとき、男の人に、わたしはあのことを知ってるわよ、と言っておやりなさい。みんな必ずぎくりとするでしょう。これが母さんの予言よ」(オルタンス)
「ビッテンフェルト家には、代々の家訓がある、他人をほめるときは大きな声で、悪口をいうときはより大きな声で、というのだ」(ビッテンフェルト)
「民主共和主義者とかいう奴らには、言いたいことを言わせておけばいいのさ。どうせ口で言っていることの1パーセントも実行できるわけではないからな」(ビッテンフェルト)
「うかがおう、ビッテンフェルト提督、ただし手みじかに、かつ理論的に願いたい」(オーベルシュタイン)
「軍事的浪漫主義者の血なまぐさい夢想は、このさい無益だ」
「100万の将兵の生命をあらたに害うより、1万たらずの政治犯を無血開城の具にするほうが、いくらかでもましな選択と信じる次第である」(オーベルシュタイン)
「実績なき者の大言壮語を、戦略の基幹にすえるわけにはいかぬ。もはや武力のみで事態の解決をはかる段階ではない」(オーベルシュタイン)
「その皇帝の誇りが、イゼルローン回廊に数百万将兵の白骨を朽ちさせる結果を生んだ」(オーベルシュタイン)
軍務尚書の主張は、おそらく正しい、だが、その正しさゆえに、人々の憎悪を買うことになるだろう。(フェルナー)
第四章 平和へ、流血経由
「予は誤ったようだ。オーベルシュタインは、いついかなる状況においても、公人としての責務を優先させる。そのあらわれかたこそが、他者に憎悪されるものであったのにな」(ラインハルト)
「皇紀、予はオーベルシュタインを好いたことは、一度もないのだ。それなのに、顧みると、もっとも多く、おの男の進言にしたがってきたような気がする」
「あの男は、いつも反論の余地を与えぬほど、正論を主張するからだ」(ラインハルト)
「彼女たち(宮廷の美女)は、皮膚はまことに美しいが、頭蓋骨のなかみはクリームバターでできている。おれはケーキを相手に恋愛するつもりはない」(ラインハルト)
「毒なんぞ、とうに免疫になっておるさ。おれはオーベルシュタインの奴と何年もつきあってきたからな」(ビッテンフェルト)
「オーベルシュタインに私心がないことは認める。認めてやってもいい。だが、奴は自分に私心がないことを知って、それを最大の武器にしていやがる」
「おれが気にくわんのは、その点だ」(ビッテンフェルト)
第五章 昏迷の惑星
「独身者だけの楽しいパーティーに、妻帯者をまぜるわけにはいかんからね」(シェーンコップ)
「ジグソー・パズルを完成させるにしても、片がもともと不足しているのさ」(ポプラン)
「彼らが信じたくないなら、信じる必要はないのです。吾々は、ただ事実を話すだけで、解釈の自由は先方にあります」(ユリアン)
「おれが思うにだ、季節の変わり目には、かならず嵐があるものだ。それも、変わったと思いこんだ後に、大きな奴がな」(ビッテンフェルト)
第六章 柊館炎上
「それらが非民主的な手段によるものであったことは、この際、問題にならない。帝国の民衆は、民主的な手つづきなど欲していなかったからである」(ユリアン)
第七章 深紅の星路
「戦術レベルにおける偶然は、戦略レベルにおける必然の、余光の破片であるにすぎない」(ヤン)
「後世の歴史家って人種は、流される血の量を、効率という価値基準で計測しますからね」
「たとえ宇宙が統一されるまでに、さらに1億人が死んだとしても、彼らはこう言うでしょうよ。たった1億人しか死なずに、宇宙の統一は完成された、大いなる偉業だ、とね」(ユリアン)
「彼らが兵をもって挑んでくるのであれば、こちらにそれを回避すべき理由はない。もともと、そのためにこそ親征してきたのだ」(ラインハルト)
「戦わずして後悔するより、戦って後悔する」(ラインハルト)
「戦うにあたり、卿らにあらためて言っておこう。ゴールデンバウム王朝の過去はいざ知らず、ローエングラム王朝あるかぎり、銀河帝国の軍隊は、皇帝がかならず陣頭に立つ」
「予の息子もだ。ローエングラム王朝の皇帝は、兵士たちの背中に隠れて、安全な宮廷から戦争を指揮することはせぬ」
「卿らに誓約しよう、卑怯者がローエングラム王朝において至尊の座を占めることは、けっしてない、と……」(ラインハルト)
「冗談の一言は、血の一滴」(ポプラン)
「相手の予測が的中するか、願望がかなえられるか、そう錯覚させることが、罠の成功率を高くするんだよ。落とし穴の上に金貨を置いておくのさ」(ヤン)
「ぼくも同行するか、でなければ作戦自体を裁可しないかです。ぼくの目的は、皇帝ラインハルトと談判することで、殺害することではありません」
「そこのところを、まちがえないでください」(ユリアン)
「……OK、ユリアン、先に皇帝と対面したほうが、やりたいようにやるさ。礼儀正しく話しかけるか、あの豪奢な黄金色の頭に、戦斧を振りおろして、大きな紅玉に変えるか」(シェーンコップ)
「いや、屍体はひとつでいい。ラインハルト・フォン・ローエングラムの屍体だけでな。この世でもっとも美しく貴重な屍体ではあるが……」(シェーンコップ)
第八章 美姫は血を欲す
「それとも、いわゆる専制君主の慈悲や、その臣下の協力がなければ、ここへ至る力もないというのでは、何を要求する資格もあるまい」
「すべて、その者が姿を予の前にあらわしてからのことだ」(ラインハルト)
「皇帝ラインハルトとの戦いで死ねるのだ。せっかく満足して死にかけている人間を、いまさら呼びもどさんでくれんかね。またこの先、いつこういう機会が来るかわからん」(メルカッツ)
「むろん、そのつもりさ。ものわかりの悪い父親になって、娘の結婚をじゃまするという楽しみができたからな。さあ、さっさと行ってしまえよ、時間がない」(シェーンコップ)
「銀河帝国の皇帝ともあろう者が、客人に会うのに、服装をととのえぬわけにはいくまい。たとえ招かれざる客であってもな」(ラインハルト)
「さて、誰が名誉を背負うのだ? ワルター・フォン・シェーンコップが生涯で最後に殺した相手、という名誉をな」(シェーンコップ)
「ワルター・フォン・シェーンコップ、37歳、死に臨んで言い残せり──わが墓碑に銘は要らじ、ただ美女の涙のみ、わが魂を安らげん、と」(シェーンコップ)
「ローエングラム王朝が、病み疲れ、衰えたとき、それを治癒するために必要な療法を、陛下に教えてさしあげます。虚心にお聞きください」
「そうしていただければ、きっとわかっていただけます、ヤン・ウェンリーが陛下に何を望んでいたか……」(ユリアン)
第九章 黄金獅子旗に光なし
「ありがとう、あなた、わたしの人生を豊かにしてくださって」(フレデリカ)
「オリビエ・ポプラン、宇宙暦771年15月36日生まれ、801年6月1日、美女たちの涙の湖で溺死、享年29歳。ちゃんと自分で墓碑銘まで撰したのに、死文になってしまって残念ですよ」(ポプラン)
「何よ、5回や6回殺されたってすぐに復活するような表情してたくせに。何で死んじゃうのよ。あいつに復讐してやるつもりだったのに」
「そうよ。わたしの産んだ赤ん坊を目の前に突きつけて、あんたの孫よ、お祖父ちゃん、と言ってやるつもりだったのに。それがあの不良中年には、一番効果的な復讐だったのに……」(カリン)
「民主主義って、すてきね」
「だって、伍長が中尉さんに命令できるんだもの。専制政治だったら、こうはいかないわ」(カリン)
「しかし何だな、人間、いや人間の集団という奴は、話しあえば解決できるていどのことに、何億リットルもの血をながさなきゃならないのかな」
「さあな、おれには論評する資格はない。なにしろおれは伊達と酔狂で血を流してきた張本人のひとりだからな」(アッテンボロー)
「予はフェザーンに帰る。予を待っていてくれる者たちが幾人かいるのでな。最後の旅をする価値があるだろう」(ラインハルト)
第十章 夢、見果てたり
「夢を見ていました、姉上……」
「……いえ、もう充分に見ました。誰も見たことのない夢を、充分すぎるほど」(ラインハルト)
「皇帝はもはやご逝去をまぬがれぬ。だがローエングラム王朝はつづく。王朝の将来にそなえ、地球教の狂信者どもを根絶する。そのために陛下にご協力いただいただけのことだ」(オーベルシュタイン)
「こんな場所でこんなことをするなんて、つい50日前には想像もしなかった。生きてると退屈しないでいいな」(ポプラン)
「勘ちがいしないでほしいな。ぼくは、ローエングラム王朝の将来に何の責任もない。ぼくがきさまを殺すのは、ヤン・ウェンリーの讐だからだ。そう言ったのが、聴こえなかったのか」
「それに……パトリチェフ少将の讐。ブルームハルト中佐の讐。他のたくさんの人たちの讐だ。きさまひとりの生命でつぐなえるものか!」(ユリアン)
「助からぬものを助けるふりをするのは、偽善であるだけでなく、技術と労力の浪費だ」(オーベルシュタイン)
「帝国などというものは、強い者がそれを支配すればよい。だが、この子に、対等の友人をひとり残してやりたいと思ってな」(ラインハルト)
「皇帝は病死なさったのではありません。皇帝は命数を費いはたして亡くなったのです。病に斃れたのではありません。どうかそのことを、皆さん、忘れないでいただきとう存じます」(ヒルダ)
「いいか、早死するんじゃないぞ。何十年かたって、おたがいに老人になったら再会しよう。そして、おれたちをおいてきぼりにして死んじまった奴らの悪口を言いあおうぜ」(ポプラン)
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。