「銀河英雄伝説(田中芳樹)」の名言まとめました

5巻 風雲篇

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自分は、敵が存在しないという状態に耐えうるだろうか。

同盟に侵攻しているラインハルトが考えたこと。
同盟を占領すれば、大きな意味での敵はいなくなる。
最高の権力を持つラインハルトにとって、自分より強大な戦う相手を失うことになる。
戦い、そして勝利することにこそ価値を見いだすラインハルトにとって、平和とは退屈なだけの世界になる。
好戦的でも弱いものいじめに興味を持てない人にとって、それは幸せな時間だろうか?

滅び

同盟は独裁国となって存在するより、民主国家として滅びるべきだろう。

同盟軍の宇宙艦隊司令長官であるビュコックが語ったこと。
帝国という独裁国家のアンチテーゼとして生まれた自由惑星同盟。
そして民主国家であることを、建国からのほこりとしている。
しかし長く続く組織に「腐敗」は付き物。
それは民主国家としての同盟とて避けられなかった。
しかし民主主義が腐敗したからといって、力による打倒が正しいのだろうか?
正しい行いを正すためなら、間違ったことをしても許されるのか?
これに対する絶対的な正解は、永久に生まれることはないだろう。

ダメダメ

世のなかは、やってもだめなことばかり。どうせだめなら酒飲んで寝よか。

帝国軍の動きを正確に予測しうるも、何一つ対抗手段を打てなかったヤン。
それは一軍人における限界も示していた。そんなヤンの鼻歌の一つになる。
その時、人は二つの考えに思いを寄せる。
一つは、対抗できるだけの立場や権力を得ること。
もう一つは、限界を理解して諦めること。
ヤンは能力はあれど権力を嫌悪し、そして人の限界を理解している。
周りから見るとじれったいが、人としては正しい生き方の一つになる。

政治権力

私にとっては政治権力というやつは下水処理場のようなものさ。
なければ社会上、困る。だが、そこにすみついた者には腐臭がこびりつく。
近づきたくもないね。

部下のシェーンコップがヤンに対して、権力者になることをすすめている。
そんな時、ヤンが返した言葉になる。
政治権力は絶対悪ではない。権力があるからこそ、より良くすることも可能である。
しかし権力を利用して世の中を良くしても、自己満足以外は得られない。
しかもその道は、険しい上にダラダラと続いていく。
それに対して悪用するのは、楽な上にすぐ結果が出る。

露骨

露骨すぎるな、その表現は。あらゆる布石を惜しまぬ、ということにしておこうか。

部下の発言に対して、帝国軍のロイエンタールが語ったこと。
ロイエンタールは帝国軍人であり、完璧な紳士である。
また悪辣ではあっても卑怯ではない。そのため言葉遣いにも気を付けている。
ただ全ての人が認める問題は、女性関係だけ。

恐怖

ヤン・ウェンリーも大したものだ。歴戦の勇者をして影に恐怖せしむ、か。

ヤンの行動を見て判断を保留した部下に対して、ロイエンタールが語ったこと。
人の行動や現象には、表と裏がある。
強いのと強く見せているのは違う。弱いのと弱く見せているのも違う。
退いたからといって逃げたとは限らず、誘っているのかもしれない。
誘っていると見せかけて、逃げているのかもしれない。
行動に二面性を持つ敵は脅威である。
逆に言えば、自分に行動の二面性があれば、飛躍的に行動の自由が広がる。

戦略および戦術の最上なるものは、敵を喜ばせながら罠にかけることだろうね。

多くの場合、敵はバカではない。罠の可能性を考慮して、罠にかかることは少ない。
ここで話を変えて詐欺師について考えてみる。
詐欺の内容は落ち着いて考えれば、誰もだまされない。
それでも多くの人がだまされていく。
詐欺師をイメージして、最上の罠を考えると良く分かる。

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ならばお前も国を奪ってみろ。

不正を働いた部下に対して、ロイエンタールが語ったこと。
その部下はラインハルトのことを、「国を奪おうとする悪党」と叫んでいた。
確かに国を奪う場合、個人とは比較にならないぐらいの悪を行う。
しかし勝利者にとっては、正当な行為とみなされる。
これは正しいのだろうか、それとも理不尽なのだろうか?
これにも絶対的な答えは見つからない。

戦士

フロイライン、私は戦いたいのだ。

フロイライン、どうせ宇宙をこの手につかむなら、手袋ごしにではなく、素手によってでありたいと思うのだ。

ラインハルトがヒルダに対して語ったこと。
結果としての勝利ではなく、勝つことに意義を感じているラインハルト。
これは優劣というよりも、気質による面が大きい。
大きな物を得やすいが、大きな危険も伴う。

責任

自殺なさるのは、味方に対する責任をとることにしかなりません。
私が問題にしているのは、敵に、そう、勝利した敵に対しての責任のとりようです。

決戦に挑んだ同盟軍だが、帝国軍に敗れてしまう。
その責任をとり自殺を考えたビュコックに対して、総参謀長のチュンが語ったこと。
自殺は責任の取り方の一つである。
しかし残念ながら戦争という残酷なものは、形式を必要とする。
ただここでの発言は、その残酷さとは少し違う。
許される可能性と延命を考えた優しさになる。

勝算

個人が勝算のない戦いに挑むのは趣味の問題だが、部下をひきいる指揮官がそれをやるのは最低の悪徳である。

ヤンの行動に対する責任であり、考え方になる。
作戦の全体に置いて、負けることにも意味があることはある。
例えば、負けを覚悟して敵を引きつけ、その隙に作戦を成功させる場合などだ。
これを良し悪しだけで考えるのは難しい。
しかし撤退できるにも関わらず、「撤退は恥」と考えるために戦いを行うのは、悪徳以外の何物でもない。
何が一番大切かを、いつも忘れないように。

相手国

ユリアン、戦っている相手国の民衆なんてどうなってもいい、などという考え方だけはしないでくれ。

同盟さえ助かれば、帝国はどうなってもいいと考えるユリアンに対して、ヤンが語ったこと。
まず自分たちのことを考えるのは間違いではない。まして今回は帝国軍が攻めてきている。
そんな相手のことまで考えることが出来ないのは、むしろ自然である。
しかし勝ちを目指しながら、勝つことでの影響にも考えが及ぶヤン。
これは矛盾なのだろうか?

民主政治

...私は最悪の民主政治でも最良の専制政治にまさると思っている。

ラインハルトとの戦い挑むヤンが、部下に語ったこと。
自国を最悪と言い、相手国を最良と言っているヤン。
自分が勝つことにより最悪が継続し、そして最良が失われる。
民主政治は絶対善ではなく、専制政治は絶対悪ではない。
そう考えると、いろいろなことが分からなくなってくる。

今後

...うん、その策もあるね。だけど私のサイズにあった服じゃなさそうだ。

戦いの途中、ある決断に迫られたヤンが語ったこと。
この時ヤンは、人によれば魅力的な選択を行うことが出来た。
しかしそれはヤンにとって魅力的なものでは無かった。
チャンスとは、時に人を滅亡へと連れて行く。

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