「変身(フランツ・カフカ)」の名言・台詞をまとめていきます。
変身
Ⅰ
ある朝、グレゴール・ザムザが気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変ってしまっているのに気づいた。
「ああ、なんという骨の折れる職業をおれは選んでしまったんだろう」(グレゴール、以降無記入)
「この早起きというのは、人間をまったく薄ばかにしてしまうのだ。人間は眠りをもたなければならない」
「とはいっても、今のところはまず起きなければならない。おれの汽車は五時に出るのだ」
ベッドのなかにいたのでは、あれこれ考えたところで理にかなった結論に到達することはあるまい。
とくに今はどんなことがあっても正気を失うわけにはいかないのだ。そこで、むしろベッドにとどまっていようと心にきめた。
この勝手な争いに静けさと秩序とをもちこむことが不可能だとわかったときに、もうベッドのなかにとどまっていることはできない。
「もう七時だ」「もう七時だというのに、まだこんな霧だ」
ところで、すべてのドアに鍵がかかっていることはまったく別問題としても、ほんとうに助けを求めるべきだろうか。
なぜグレゴールだけが、ほんのちょっと遅刻しただけですぐ最大の疑いをかけるような商会に勤めるように運命づけられたのだろうか。
今こんな自分に会いたがっている人たちが、自分を見てなんというか。
「それでは」と、グレゴールはいったが、自分が冷静さを保っているただ一人の人間なのだということをはっきりと意識していた。
Ⅱ
「家族はなんと静かな生活を送っているんだろう」と、グレゴールは自分に言い聞かせ、暗闇のなかをじっと見つめながら、自分が両親と妹とにこんなりっぱな住居でこんな生活をさせることができることに大きな誇りをおぼえた。
そうした不快なことを彼の現在の状態においてはいつかは家族の者たちに与えないわけにはいかないのだ。
きっと妹も、なにしろほんとうに両親は十分苦しんでいるのだから、おそらくほんのわずかな悲しみだけであってもはぶいてやろうとしているのだろう。
あのはじめのころのすばらしい時期は、少なくとも、あのころの輝かしさで二度くり返されることはなかった。
妹との会話に音楽学校の話が出てくるのだったが、いつでもただ美しい夢物語にすぎず、その実現は考えられなかった。そして、両親もけっしてこんな無邪気な話を聞くのをよろこびはしなかった。
自分の姿を見ることは妹にはまだ我慢がならないのだし、これからも妹にはずっと我慢できないにちがいない。
食べものもやがてもう少しも楽しみではなくなっていたので、気ばらしのために壁の上や天井を縦横十文字にはい廻る習慣を身につけていた。とくに上の天井にぶら下がっているのが好きだった。
何一つ取りのけてはならない。みんなもとのままに残されていなければならない。家具が自分の状態の上に及ぼすいい影響というものがなくてはならない。そして、たとい家具が意味もなくはい廻るじゃまになっても、それは損害ではなくて、大きな利益なのだ。
熱中しやすい心は、どんな機会にも満足を見出そうと努めているのであって、今はこのグレーテという少女を通じて、グレゴールの状態をもっと恐ろしいものにして、つぎに今まで以上にグレゴールのために働きたいという誘惑にかられているのだ。
おれはもうこうしたことすべてを我慢できなくなるだろう。
最近では彼は新しいやりかたのはい廻る動作にばかり気を取られて、以前のように家のなかのほかのできごとに気を使うことをおこたっていたのであり、ほんとうは前とはちがってしまった家の事情にぶつかっても驚かないだけの覚悟ができていなければならないところだった。
Ⅲ
ただ我慢することだけが家族の義務の命じるところなのだ。
「これが一生さ。これがおれの晩年の安らぎさ」(父親)
この働きすぎて疲れきった家庭で、だれがどうしても必要やむをえないこと以上にグレゴールなんかに気を使うひまをもっているだろうか。
この家族の移転を主として妨げているのは、むしろ完全な絶望感であり、親戚や知人の仲間のだれ一人として経験しなかったほどに自分たちが不幸に打ちのめされているという思いであった。
つぎに家族のことなんか心配する気分になれなくなる。ただ彼らの世話のいたらなさに対する怒りだけが彼の心をみたしてしまう。
グレゴールは、ドアを閉めて、自分にこんな光景とさわぎとを見せないようにしようとだれも思いつかないことに腹を立てて、大きな音を出してしっしっというのだった。
「おれは食欲があるが、あんなものはいやだ。あの人たちはものを食べて栄養を取っているのに、おれは死ぬのだ!」
最初は自分が他人のことをもう願慮しなくなっていることが、彼にはほとんどふしぎに思われなかった。以前には、この他人への願慮ということが彼の誇りだった。
音楽にこんなに心を奪われていても、彼は動物なのだろうか。
「わたしたちはこいつから離れようとしなければならない、とだけいうわ。こいつの世話をし、我慢するために、人間としてできるだけのことをやろうとしてきたじゃないの。だれだって少しでもわたしたちを非難することはできないと思うわ」(グレーテ、妹)
「あいつがグレゴールだなんていう考えから離れようとしさえすればいいんだわ。そんなことをこんなに長いあいだ信じていたことが、わたしたちのほんとうの不幸だったんだわ」(グレーテ)
自分が消えてしまわなければならないのだという彼の考えは、おそらく妹の意見よりももっと決定的なものだった。
「これで、神に感謝できる」(父親)
「もう古いことは捨て去るのだ」(父親)
目的地の停留場で娘がまっさきに立ち上がって、その若々しい身体をぐっとのばしたとき、老夫婦にはそれが自分たちの新しい夢と善意とを裏書きするもののように思われた。
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