「憂国(三島由紀夫)」の名言・台詞まとめました

「憂国(三島由紀夫)」の名言・台詞をまとめていきます。

 

憂国

中尉の遺書には只一句のみ「皇軍の万歳を祈る」とあり、夫人の遺書は両親に先立つ不孝を詫び、「軍人の妻として来るべき日が参りました」云々と記せり。

 

二人の自刃のあと、人々はよくこの写真をとりだして眺めては、こうした申し分のない美しい男女の結びつきは不吉なものを含んでいがちなことを嘆いた。

 

軍人の妻たる者は、いつなんどきでも良人の死を覚悟していなければならない。
それが明日来るかもしれぬ。あさって来るかもしれぬ。いつ来てもうろたえぬ覚悟があるか。(武山信二、中尉)

 

かれらは床の中でも怖ろしいほど、厳粛なほどまじめだった。おいおい烈しくなる狂態のさなかでもまじめだった。

 

良人がこのまま生きて帰らなかった場合は、跡を追う覚悟ができている。彼女はひっそりと身のまわりのものを片づけた。

 

常日頃、明日を思ってはならぬ、と良人に言われていたので、日記もつけていなかった麗子は、ここ数ヶ月の倖せの記述を丹念に読み返して火に投ずることのたのしみを失った。

 

自分が本当にこれらを愛したのは昔である。今は愛した思い出を愛しているにすぎないので、心はもっと烈しいもの、もっと狂おしい幸福に充たされている。(麗子、妻)

 

脳裡にうかぶ死はすこしも怖くなく、良人の今感じていること、考えていること、その悲嘆、その苦悩、その思考のすべてが、留守居の麗子には、彼の肉体と全く同じように、自分を快適な死へ連れ去ってくれるのを固く信じた。(妻)

 

「俺は知らなかった。あいつ等は俺を誘わなかった。おそらく俺が新婚の身だったのを、いたわったのだろう」(中尉)

 

「おそらく明日にも勅令が下るだろう。奴等は叛乱軍の汚名を着るだろう。俺は部下を指揮して奴らを討たねばならん。……俺にはできん。そんなことはできん」(中尉)

 

よくわかるのだが、良人はすでにただ一つの死の言葉を語っている。
中尉は悩みを語っているのに、そこにはもう逡巡がないのである。(妻)

 

「いいな。俺は今夜腹を切る」(中尉)
「覚悟はしておりました。お供させていただきとうございます」(妻)

 

「よし。一緒に行こう。但し、俺の切腹を見届けてもらいたいんだ。いいな」(中尉)

 

麗子は良人のこの信頼の大きさに胸を搏たれた。中尉としては、どんなことがあっても死に損ってはならない。そのためには見届けてくれる人がなくてはならぬ。

それに妻を選んだというのが第一の信頼である。

 

この感覚はただ現世的なものである以上に、麗子にとって現実そのものだったが、それが間もなく失われるという感じは、この上もなく新鮮だった。

 

二人が死を決めたときのあの喜びに、いささかも不純なもののないことに中尉は自信があった。

中尉はだから、自分の肉の欲望と憂国の至情のあいだに、何らの矛盾や撞着を見ないばかりか、むしろそれを一つのものと考えることさえできた。

 

これがそのまま死顔になる!
もうその顔は正確には半ば中尉の所有を離れて、死んだ軍人の記念碑上の顔になっていた。

 

これが自分がこの世で見る最後の人の顔、最後の女の顔である。(中尉)

 

自分が憂える国は、この家のまわりに大きく雑然とひろがっている。自分はそのために身を捧げるのである。

しかし自分が身を滅ぼしてまで諌めようとするその巨大な国は、果たしてこの死に一顧を与えてくれるかどうかわからない。それでいいのである。

 

「あいつ等とも近いうちに冥途で会えるさ。お前を連れて来たのを見たら、さぞ奴等にからかわれるだろう」(中尉)

 

死がいよいよ現前するまでは、それは時間を平淡に切り刻む家常茶飯の仕事にすぎなかった。(妻)

 

遺書は二階の床の間に並べて置かれた。掛軸を外すべきであろうが、仲人の尾関中将の書で、しかも「至誠」の二字だったので、そのままにした。

たとえ血しぶきがこれを汚しても、中将は諒とするであろう。(中尉)

 

「介錯がないから、深く切ろうと思う」

「見苦しいこともあるかもしれないが、恐がってはいかん。どのみち死というものは、傍から見たら怖ろしいものだ。それを見て挫けてはならん。いいな」(中尉)

 

戦場の孤独な死と目の前の美しい妻と、この二つの次元に足をかけて、ありえようのない二つの共在を具現して、今自分が死のうとしているというこの感覚には、言いしれぬ甘美なものがあった。(中尉)

 

こんな烈しい苦痛の中でまだ見えるものが見え、在るものが在るのはふしぎである。(中尉)

 

とにかく見なければならぬ。見届けねばならぬ。それが良人の麗子に与えた職務である。

 

それから永いこと、化粧に時を費した。頬は濃い目に紅を刷き、唇も濃く塗った。

これはすでに良人のための化粧ではなかった。残された世界のための化粧で、彼女の刷毛には壮大なものがこもっていた。

 

さっきあれほど死んでゆく良人と自分を隔てた苦痛が、今度は自分のものになると思うと、良人のすでに所有している世界に加わることの喜びがあるだけである。(妻)

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

 
 
 
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