「反応しない練習(草薙龍瞬)」の名言まとめました

「反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」(草薙龍瞬)」より名言をまとめていきます。

反応しない練習

はじめに

「正しく考える」ことで、どんな悩みも必ず解消できる。

 

すべての悩みを根本的に解決できる方法があります。それは「ムダな反応をしない」ことです。

 

第1章

人生に「悩み」はつきもの、と世間ではよく言います。しかし、「悩みの正体」がわかっている人は、意外と少ないものです。

 

「ある」ものは「ある」と、まず理解すること。わたしには満たされなさ・未解決の悩みがある、と自覚すること。解決への希望は、そこから始まります。

 

「闘って勝てる」ことは、人生には、ほとんどありません。
あなたが、どんな地位や権力や財産を手に入れても、あなたが今以上に「強く」なっても、「ままならない現実」は、いつもそばにありつづけるでしょう。

 

苦しみが何ゆえ起こるのかを、理解するがよい。
苦しみをもたらしているものは、快(喜び)を求めてやまない、”求める心”なのだ。(初転法輪経 サンユッタ・ニカーヤ)

 

求めても満たされるとは限らないのが、心である。

 

もし人に「生まれ変わる」ことがあるとしたら、それは「苦悩しつづける人生」から「希望に満ちた人生」へと変わることだと思います。

 

「妄想」こそは、人間の最も得意で、大好きで、ほぼ一日中絶え間なくくり広げている、ナンバーワンの煩悩です。

 

「正しい理解」に「反応」はありません。ただ見ているだけです。動揺しない。何も考えない。じっと見つめているだけです。

第2章

ムダな判断をしなくなれば、心はすっきりと軽くなります。

 

判断する心には、わかった気になれる気持ちよさと、自分は正しいと思える(承認欲を満たせる)快楽があるのです。だからみんな、判断することに夢中です。

 

人が苦しみを感じるとき、その心には必ず「執着」があります。
苦しんでいるのが、自分であれ、相手であれ、誰かが苦しんでいるなら、何かが間違っています。

 

「かなわなかった過去の願い」が、苦しみを生んでいる。
「失敗した」(こんなはずではない)という判断が、苦しみを生んでいる。
「相手はこうでなければ」という期待・欲求が、苦しみを生んでいる。

 

判断は、アタマの中にしか存在しないから妄想である。

 

「真実である」ことは、世間では通せないこともよくありますね。でも「有益である」というのは、どんな世界であれ、大切な判断基準になります。

 

「自分は正しい」と判断してしまった時点で、その判断は「間違ったもの」になってしまうのです。

 

「正しい理解」とは、逆説的な言い方になりますが、「正しいと判断しない」理解です。

 

失敗した──と思うことは、仕事でも、人間関係でも、人生全般に必ず起こります。大事なのは、そこで凹まないこと。けして自分を否定しないことです。

 

わたしはわたしを肯定する。

 

人生に、あやまち、失敗はつきものです。ただ肝心なのは、そのとき「どう対応するか」なのです。

 

あらかじめ「自信を持つ」というのは、現実には不可能なのです。
自信なんて、考えなくてよいのです。先のことはわからない。それよりも、今しておかなければいけないことがある。

第3章

よく「人間関係が悩みの種だ」と言いますよね。
でもその言い方は、ブッダの考え方にてらせば、不正確なのです。というのは、「感情に悩まされている」というのと、「相手とどう関わればいいのか」は、別の問題だからです。

 

反応して心を乱されることは無意味である。
反応しないことが最高の勝利である。

 

相手と自分の反応を分けて考える。相手の反応は相手にゆだねる──これが、人間関係で悩まないための基本です。

 

過去を思い出して、「記憶」に反応して、新しい怒りを生んでいる。

 

相手と向き合うときの智慧があります。それは、相手を「新しい人」と考えるということです。

 

ムダな欲求に手を伸ばして、振り回されて「不快」を抱えている生き方は、不合理です。

 

第4章

妄想は妄想にすぎない。
妄想には確かめるすべはない。

 

「比較」というのは、実は、とても不合理な思考です。
比較という心の働きは、そもそも実在しない、バーチャルな妄想でしかないこと──だから、手応え(実感)を感じられません。

 

妄想はたやすい。妄想には慣れている。現実は変わらないけど、「較べる」ことならすぐにできる。たまに優越感を持てることもある。だから、つい較べてしまう。
つまり比較している状態とは、妄想という「ヒマつぶし」と変わらないのです。

 

第5章

「勝つ」というバーチャルな価値だけにこだわると、終わりのない「競争」に突入します。
完全な勝利(つまり安らぎ)は、どこにもありません。しかも、ほとんどの人は「負け」を味わうことになります。

 

人間は、執着している思いを、「相手のため」「世の中のため」「正義」や「愛」のため、と理屈を作って正当化しています。これは親子でも国際関係でも同じです。

 

人はつい、成果を上げている他人に目をつけて、彼らと同じ方法で、同じ成果を上げようと期待、妄想してしまいます。しかし本当は、目を閉じて、自分の内側から「独自の成果を上げる方法」を工夫していくべきです。振り回されない、ということです。

 

最終章

「自分」が彼の「世界」に答えを求めたところで、結局、欲と怒りと妄想とで反応するだけなのです。だから人は、求めては失望し、の繰り返しを抜けられないのです。
その真実の姿にこそ、本当は気づくべきではないでしょうか。

 

外の世界に答えはない。

 

「納得」を人生の方向性にすえるなら、あとは時間をかけて、近づいていけばよくなります。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

「アマゾン Kindle Unlimited」「Audible」対象作品(2020年7月16日現在)

アマゾンリンク
反応しない練習

 

→これも修行のうち
→悲しみの上に、人は輝く(青山俊董)
→坐りませんか(板橋興宗)
→もう、怒らない(小池龍之介)
→図太くなれる禅思考(枡野俊明)
→インデックス

スポンサーリンク

スポンサーリンク

心理学・悩み
関連記事&スポンサーリンク
本の名言サイト
タイトルとURLをコピーしました