「豊臣秀長 ある補佐役の生涯(堺屋太一)」の名言まとめました

「豊臣秀長(堺屋太一)」より、秀吉の弟で名補佐役・豊臣秀長の名言をまとめていきます。
(作中ではいろいろと名前を変えていくが、ここでは「豊臣秀長」で統一する)

上巻

「素手の摑み合いなど戦さの用に立たんわ。これで俺を斬ってみろ」

秀吉の下で働くことになるが、乱暴者の足軽などは言うことを聞かない。
武芸なく争いごとも得意でない秀長だが、恐怖を感じながらも度胸を見せていく。

「梢が高こう茂れば根も深こう拡がらにゃなるまい」

城の石垣普請に成功し得意になる秀吉だが、実際にはいろいろと問題が起こっていた。
その対処により苦労していた秀長は、この言葉だけを伝える。

「決まっている。兄者が秀吉なら、俺はその一字を頂き、丹羽様から一字を頂く」

秀吉は今まで「藤吉郎」だったが、正式に「秀吉」を名乗る。
秀長も当初は丹羽長秀を上とし「長秀」と名乗るが、同じのため後に「秀長」に改名する。

「俺は、一人では大した武将にはなれん」
「どうせ補佐役なら兄のそれになり、生涯主役になろうとは望まぬことだ」

出世のため前ばかり見る秀吉には、自分が必要なことを感じる秀長。
しかし秀吉あっての自分であることは自覚し、補佐役に徹することを誓う。

「当然や。兄者がやるなら仕方がない」

美濃・墨俣に城を築く案を話す秀吉に対して、無謀と話す秀長。
しかし策を持ち決意も固い秀吉を見て、補佐役として一緒にすることを約束する。

「よし、ここは一つ、半兵衛を大いに立ててやろう。大事の前の小事じゃわい」
「なんの、俺は兄者の弟じゃからなあ」

秀吉が連れてきた竹中半兵衛に対して、自分がどのような立場を取るかで悩む秀長。
しかし秀吉に取って大事な人物と割り切り、自分が下になることを受け入れる。
秀吉も我慢してくれた態度を喜ぶが、秀長は当然として話していく。

「これが織田家の風にゃろが」

京を任された秀吉だが、その独特な文化に振り回されていた。
その姿を見た秀長は以前の訛りある言葉を使い、自分のペースに巻き込む必要を伝える。

下巻

「時の流れとはこんなもんか」

武田信玄の上洛が迫り、全てが悪い方に傾いていく信長陣営。
しかし信玄が死亡し脅威が無くなると、嘘のように簡単に進むため秀長は時流を感じる。

「ここで俺まで騒いでは羽柴の弱さを見透され、ますますまずくなるわ」

毛利との戦いでは秀吉が現地を離れ、播磨の諸陣営に不穏な空気が見られていた。
動揺し慌てる臣下たちに対して、秀長は状況を把握しながらも落ち着きを見せる。

「家中の安定を得るにはいかにあるべきか」

最近の信長の態度を見て、臣下たちは戦々恐々としていた。
その状態を知る秀長は、これから大きくなる秀吉陣営の安定を常に意識していく。

「真偽いずれとも考えられまするが、とに角、事は重大」
「まずは毛利その他に漏れぬようにするのが第一でございましょう」

信長が明智光秀の反乱により死亡した情報が入り、真偽が分からず動揺する秀吉たち。
しかし秀長は、まずすべきことを話していく。

「やくたいもないことをいう奴」
「自分の知恵を売り物にする軽はずみな男。自己顕示欲の強い策謀家」

「左様、官兵衛殿の申される通り、何はともあれ仇討ちでございまする」
「秀勝様をして御父・信長様の仇、惟任日向守光秀殿を討ち取って頂かねばなりませぬ」
「これができぬようでは、わが殿も御養父としての立場がありませぬぞ」

信長の死が天下を取るチャンスと話す黒田官兵衛を、策謀家と否定する秀長。
しかしその言葉は心に留め、秀吉にとって都合のよい表現で言い直す。

「退かせよ。俺の陣で防ぐ」
「阿呆なことを申すな。今、跳び出しては総崩れになるわ。ここで防げばよいことよ」

光秀との決戦において味方からの救援要請を断り、撤退を指示する秀長。
他の臣下に武名に関わると言われるが、武名よりも勝利する方法を考えていた。

「だから、そなた参られよ。存分に手柄になされい」
「俺は秀吉の実の弟。第一の補佐役じゃもん。今、戦さ手柄など立てては目立ち過ぎるわ」

光秀との決戦は秀長の行動などにより、敵は撤退を開始する。
官兵衛は追撃を進言するが、秀長は手柄を臣下たちに譲ることを伝える。

「それができるのは俺だけだなあ」

柴田勝家との決戦では少ない兵力で敵をおびき寄せ、崩れないようにとの指示を受ける秀長。
難しい上に労多く益の少ない役のため、自分しか出来ないことを自覚する。

「兄者と俺は一つじゃ」
「どちらが勝っても羽柴の勝ち、兄者が勝って俺が負けることはないのよ」

佐久間盛政に攻められ苦戦が続く秀長だが、引きつける策として援軍を出さない。
藤堂高虎から秀長自身は負けと言われる可能性を聞くが、秀長は違うことを話す。

「何事も何事もこのようであるから心安くなされ」
「うちうちのことは利休に、おおやけのことはこの小一郎に申されよ」

組織が大きくなる秀吉陣営は、いろいろな人的問題を抱えていた。
しかし秀長はそれぞれの立場を尊重しながら対応し、全てを上手く治めていく。
この言葉は救援を願う大友宗麟に話したこと。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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