「君たちはどう生きるか(吉野源三郎)」の名言まとめ

「君たちはどう生きるか(吉野源三郎)」より名言をまとめていきます。

 

君たちはどう生きるか

一、へんな経験

びっしりと大地を埋めつくしてつづいている小さな屋根、その数え切れない屋根の下に、みんな何人かの人間が生きている! それは、あたりまえのことでありながら、改めて思いかえすと、恐ろしいような気のすることでした。(コペル)

 

「まあ、いってみれば、何十万、いや、ひょっとすると百万を越すくらいな人間が、海の潮のように、満ちたり干たりしているわけさ」(叔父さん、以降は無記入)

 

自分ばかりを中心にして、物事を判断してゆくと、世の中の本当のことも、ついに知ることができないでしまう。大きな心理は、そういう人の目には、決してうつらないのだ。

 

二、勇ましき友

数学や科学を学ぶように、ただ書物を読んで、それだけで知るというわけには、決していかない。

 

肝心なことは、いつでも自分が本当に感じたことや、真実心を動かされたことから出発して、その意味を考えてゆくことだと思う。君が何かしみじみと感じたり、心の底から思ったりしたことを、少しもゴマ化してはいけない。

 

常に自分の体験から出発して正直に考えてゆけ。
ここにゴマ化しがあったら、どんなに偉そうなことを考えたり、言ったりしても、みんな嘘になってしまうんだ。

 

三、ニュートンの林檎と粉ミルク

あたりまえのことというのが曲者なんだよ。わかり切ったことのように考え、それで通っていることを、どこまでも追っかけて考えてゆくと、もうわかり切ったことだなんて、言っていられないようなことにぶつかるんだね。

 

一人一人の人間が、みんないちいち、猿同然のところから出直したんでは、人類はいつまでたっても猿同然で、決して今日の文明には達しなかったろう。

 

偉大な発見がしたかったら、いまの君は、何よりもまず、もりもり勉強して、今日の学問の頂上にのぼり切ってしまう必要がある。そして、その頂上で仕事をするんだ。

 

人間は、いうまでもなく、人間らしくなくっちゃあいけない。人間が人間らしくない関係の中にいるなんて、残念なことなんだ。

 

四、貧しき友

貧しい暮らしをしている人というものは、たいてい、自分の貧乏なことに、引け目を感じながら生きているものなのだよ。

 

人間として、自尊心を傷つけられるほど厭な思いのすることはない。

 

君は使う一方で、まだなんにも作り出してはいない。

 

決して、ひとに聞いてはいけないよ。また、ひとから聞いたって、君がなるほどと思えるかどうか、わかりはしないんだ。自分自身で見つけること、それが肝心だ。

 

英雄とか偉人とかいわれている人々の中で、本当に尊敬できるのは、人類の進歩に役立った人だけだ。そして彼らの非凡な事業のうち、真に値打ちのあるものは、ただこの流れに沿って行われた事業だけだ。

 

世間には、悪い人ではないが、弱いばかりに、自分にも他人にも余計な不幸を招いている人が決して少なくない。

 

七、石段の思い出

人間の行いというものが、一度してしまったら二度と取り消せないものだということを、つくづくと知って、ほんとうに恐ろしいことだと思いました。(コペル)

 

その結果がどうなるか、それは、いまは考えちゃあいけない。

 

「また過ちを重ねちゃあいけない。コペル君、勇気を出して、ほかのことは考えないで、いま君のすべきことをするんだ。過去のことは、もう何としても動かすことはできない。それよりか、現在のことを考えるんだ」

 

「だから、どんなときにも、自分に絶望したりしてはいけないんですよ」

 

およそ人間が自分をみじめだと思い、それをつらく感じるということは、人間が本来そんなみじめなものであってはならないからなんだ。

 

自分の行動を振りかえってみて、損得からではなく、道義の心から、「しまった」と考えるほどつらいことは、おそらくほかにないだろうと思う。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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