「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」加納百合(かのうゆり)の名言・台詞をまとめていきます。
あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。
溶けそうに暑い夏だった。
悪夢のような世界で、私は初めての恋をした。
強くて優しい瞳のあなたに、
死を覚悟したあなたに、
全身全霊をかけて、精いっぱいの恋をした。
序章
生まれてはじめて私が愛した人は、特攻隊員だった。
彼は、私と出会ったときには、もうすでに死を覚悟していた。
風に吹かれる花びらのように儚く散ってしまったあなたが、せめて今は、
優しい夢の中で、安らかに眠っていることを祈ります──。
第一章
なんで、こんなに苛々するんだろう?
自分でも理由なんか分からない。
でも、私は毎日毎日、とにかく苛々している。
私は学校が大嫌いだ。
こんなにも息苦しい場所が、ほかにあるだろうか。
毎日毎日、同じことの繰り返し。
代わり映えのしない、平穏すぎてつまらない生活。
いやだ。苛々する。早く抜け出したい。
でも、どうやったら抜け出せるんだろう?
思えば、つまらない人生だった。
楽しいことなんか、なんにもなかった気がする。
未来に希望もなんにもない。
ああ、そう考えたら、私なんか死んだって構わないか……。
どうしてだろう。
ひねくれ者の私のはずなのに、彼と話していると妙に素直な受け答えをしてしまう。
まるで自分じゃないみたいだ。
もしかして私、今、昔の世界にいるの?
私が生きている時代の七十年前の世界に?
まさか、SF映画とかでよくある、タイムスリップ、ってやつ?
「……いただきます」
こんなにも真剣な、純粋な感謝の気持ちでこの言葉を口に出したのは、
たぶん生まれてはじめてだと思う。
なんて優しい人だろう。
どこの誰かも分からない、役に立つかも分からない私を引き取ってくれるなんて。
この人がいなければ、きっと私はこの見知らぬ世界で路頭に迷い、
数日のうちに命を失ったことだろう。
そこまで考えて、急に、いちばんはじめに私を助けてくれた男の人──
佐久間さんのことを思い出した。
私の命の恩人だ。
また会えるかな。
そしたら、ちゃんとお礼を言おう。
この光景を見るたびに、私は自分のいた世界とは違うところに来てしまったんだと実感して、
やるせない気持ちになる。
あきら、と下の名前で呼べることは、距離が縮まったような気がしてなんだか嬉しかった。
でも、妹さんと重ね合わせられることは、少し複雑な気がした。
私は、学校なんて、授業なんて、大嫌いだった。
でも……今となっては、懐かしい。
「普通に学校行って、普通に授業受けて、普通に友達とおしゃべりして」
「そういうの、失ってはじめて、すごくかけがえのない」
「ありがたいものだったんだって思う」
「……馬鹿じゃない?」
「なんでそんなことしなきゃいけないの?」
「そんなことになるくらいなら」
「戦争なんか、はじめからやらなければよかったんだよ」
「……なにそれ、ぜんぜん分からない」
「ほかの誰かを救うためなら、誰かが死んでも構わないの?」
「誰かを救うためなら、自分の命を失ってもいいの?」
「……そんなの、おかしいよ」
こんなふうに、現代の人と変わらず、普通に恋をしたりしている。
だから、戦時中とはいえ、日常生活を送る人々の様子はあまり違いがない。
「……特攻なんて、自分から死にに行くなんて、馬鹿だよ」
「そんなの、ただの自殺じゃん……」
「馬鹿だよ」
「特攻を命令した偉い人も、それに従ってる人たちも、みんな馬鹿」
「やめればいいのに」
「逃げちゃえばいいのに」
第二章
幸せだった。
この時間が永遠に続けばいいのに──
なんて、叶うはずもないことを、願ってしまうほどに。
「狂ってるよ……おかしい……」
「日本もアメリカも……」
──地獄だ。
ここは地獄だ、と思った。
これが地獄でなくてなんなのだろう?
どんな夜にも、必ず朝は来る。
たとえ地獄のように残酷な、悪夢のように悲惨な夜であっても。
数日後に確実に死ぬということが分かっているなんて、異常だ。
そんな異常な状態に置かれている人たちに、どんな顔をして向き合えばいい?
「板倉さんは、『死にたくない』んじゃない」
「『生きたい』んだ」
「今までありがとう。行って」
こんなにも救いのない、無惨な狂った世界を作った神様。
彰の死を無情にも見過ごそうとしている、残酷な神様。
せめて今日くらいは、最後くらいは、私の願いを叶えてよ。
第三章
私たちは、日常的に命の危機を感じながら生きたりする必要がない。
こんなに満ち足りた生活をしていて、あの頃の私は、
いったい何が不満だったんだろう?
ここが、彼らの守ろうとした世界だ。
これが、彼らが自らの命を犠牲にしてまで叶えようとした平和だ。
最後まで読んで頂きありがとうございました。