「得手に帆あげて(本田宗一郎)」の名言まとめました

「得手に帆あげて(本田宗一郎)」の名言をまとめていきます。

得手に帆あげて

第一章 栄光に突っ走れ

需要というものは、はじめからあるものではなく、
需要はメーカーのアイデアと生産手段でつくりだすものだと考えている。

誰もが欲しい物を作るという考え方がある。
しかし誰もが欲しいと思える物を作り出すという考え方もある。
どちらが利益になるか書くまでもないだろう。

合理化の基本は、人間のアイデアを中心としたものでなければならない。
アイデアによる合理化こそ、真の合理化である。

機械やコンピューターを使って、合理化しようとすることがある。
しかしこの多くは失敗する。なぜだろうか?
企業などでは先に物を購入し、これで何が出来るかを考えがち。
そうではなく、先に考え方が合って物を購入するのが正しい。

経営の合理化を考える上で、不可欠なものは時間の観念である。

合理化した気分になっても、実際の時間が短縮されていなければ意味が無い。
高速道路代がもったいないから下道を使う。
最新機種は高いから、遅い旧式のPCを使い続ける。
早ければいいわけではないが、遅くていいことは何も無い。

こうみてくると、合理化が一番遅れているのは人間の頭脳ともいえそうである。

何十年も前でもこうであり、現代でもこうである。
日本人の本質はここ数十年、何も変わっていないのかもしれない。

大衆の知恵というものは、決して創意など持っていないのである。
大衆は作家ではなく批評家なのである。

ここでいう大衆とは、個人ではなく世論と捉える。
まったく多数決は正しい方法だが、正しい答えを出すことは稀である。

本当に輸入を防止し、逆に輸出を強化するためには道は一つしかない。
それはわが国の技術を上げることである。

ここでは国などによる保護政策の無意味さを訴えている。
また現代では、技術を「競争力」と置き換えるのが正しいだろう。

人生にユメを持つということ自体に、私はことさら意義を感じない。
ユメは、持つことよりそのユメを実現させることに意義があると思う。

ここでは大きなユメを持ち、実現させなさいと言っているわけでは無い。
実現可能なユメを持ち、まずそれを実現させることに意義があると言っている。
大きなことに挫折した人でも、その一歩手前に実現可能なことはあるはず。

人生におけるユメとか目的といったものは、果てしなく続いていくものである。

大きな目標を達成してしまうと、達成感から次に続かない場合がある。
ゴールなどなく、常に中継点であるに過ぎないと考えたい。

第二章 「若さ」この偉大なるもの

とかく素晴らしいものは、他人からねたみを買い、美しいものは汚され、
伸びる力には抵抗が加わるものだ。
しかし「若い芽」は、それでも生え、成長しなければならない。

「出る杭は打たれる」のを嘆く場合も多いが、残念ながらそれが現実でもある。
現実ならあるものとして戦わないといけない。

若い人は、この点で実に羨ましい。過去を持たないから、いつも前向きの姿勢でいる。

経験の大切さを訴える人は多いが、経験により他を受け付けず伸びない人もいる。
新入社員が喜ばれる所以でもあるだろう。

他人に引きずられて、行動に突っ走るというくらい無責任な、恥ずべきことはない。

あの人に聞いたからしてると言い、あの人もしてるのに何が悪いと言う。
本人は本気で言っている所が始末に悪い。

社長というのは、単なる会社という機構の中の一職名にすぎない。

社長だから凄い訳でも偉い訳でもなく、単に社長をしているに過ぎない。
もし凄いや偉いとしたら、あくまでその本人を評価してのことでありたい。

貧しいということが、どの位残酷なものか私は知っている。
しかし、それによって自分の人生を投げ出すほど、深刻なことだとは思わない。

生まれが貧乏だから貧乏から抜け出せないという考え方が、世間には蔓延している。
それは事実でもあるが、貧乏の言い訳に使ってると感じる人もいる。
現代なら、貧乏は貧乏なりの抜け出し方があると思うが違うだろうか?

日記は消すことも訂正もできる。だが、人間の言動には、それができない。

人の行動は全て見られている。だから誤魔化せない。
立場ある人はもちろん、これから立場を得る人も気をつけたい。

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第三章 充実した人生をモノにしろ

「自己の確立」というのを換言すれば、「他人の背にオブサルな」ということだと思う。

他人の意見で迷うこと、他人に聞いてばかりの人。
そのようなことをくり返していると、自分の考えを確立することは出来ない。

個性の入らない技術は、価値の乏しいものである。

現代のように物が溢れている時代、単に性能が良いだけでは価値があるとは言えない。
また現代では性能が突出してるのは稀のため、「何か」が必要となる。

人生は「得手に帆あげて」生きるのが最上だと信じているからである。

苦手分野を克服しても、せいぜい平均点にしかならない。それでは意味がない。
やはり得意分野を伸ばして、突出することが好ましい。

能率とは、プライベートな生活をエンジョイするために、時間を酷使することである。

効率を上げて定時で帰ろうとすれば、サボってると見られてしまう。
または何も考えずに効率を上げない人のフォローをさせられる。
その結果、誰も効率を上げようとしなくなる。全く残念なサイクルである。

失敗ということは、その一歩の踏み込みだと思う。前進への足跡だと思う。

若い時代の失敗は、将来の収穫を約束する種であると思う。

最初から成功し、最後まで成功するプロジェクトを私は知らない。
もしそんなものがあるとすれば、既に誰かがしているだろう。
最初は失敗するほどのことだから、大きな成功につながることを知らないといけない。

第四章 現代の不思議

ユーモアとジョークは、世界中のどこの国にも通じるものだ。
日本人は、この「笑い」をもっと大切に考えないといけない。

もっともなことだが、同時に勘違いしないようにもしたい。
ユーモア感覚は個性だと考えているので、感覚を持たない人は自分の個性を大切にしたい。

第五章 わがイデオロギーの断片

人の心を知ることはモノを造る根元である。

高性能を求めるのもいいが、あくまで人が求める高性能でありたい。
もし求めない高性能だとしたら、それは無駄に過ぎない。

人間にとっては行動がすべてであり、メーカーにとっては製品がすべてである。

人は考えるだけでは何も生み出さない。
メーカーは悪い製品を作れば価値は無い。
この当たり前のことを覚えていたい。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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