「呉子」の名言まとめ

「呉子(守屋 洋、守屋 淳)」より名言をまとめていきます。

中国・武経七書の一つ「呉子」
戦国時代・魏の文侯と将軍・呉起との会話を中心にまとめられている。
実際には長文のため管理人にて部分抜粋、難しい漢字も部分的にカナに変えています。

 

図国篇

教育と団結

呉子曰く、昔の国家を図る者は、先ず百姓を教え、而して万民を親しむ。

民、君のその命を愛み、その死を惜しむこと、かくの若く至れることを知りて、これと難に臨めば、則ち士、進みて死するを以って栄となし、退いて生くるを辱となさん。

上に立つものは教育と、人民との団結が必要なことが書かれている。
また戦いにおいても、人民のためを考えて始めることが必要。
そうして初めて、兵士が死に物狂いで働いてくれる。
当たり前のことである。
しかし当たり前のことが出来ていないのは、過去も現代も同じなのが残念だ。

 

勝つこと、守ること

然れども戦いて勝つは易く、勝つことを守るは難し。
故に曰く、天下戦国、五たび勝つ者は禍いなり。
四たび勝つ者は弊る。
三たび勝つ者は覇たり。
二たび勝つ者は王たり。
一たび勝つ者は帝たり、と。
ここを以って、しばしば勝ちて天下を得る者は稀に、以って亡ぶる者は衆し。

戦いに勝利することは簡単でも、勝利後に守るのは難しいことが書かれている。
また戦いが多くなればなるほど、結果が悪くなると訴えている。
具体例は挙げないが、戦いに勝利し続けた後、最終的に敗れた人は多い。
逆に成功者と言われる人は、最後の大勝負に勝利している場合が多い。
また大会戦は、なぜか攻撃された側が勝利していることも多い。

 

必勝の法

君能く賢者をして上に居り、不肖者をして下に処らしむれば、則ち陣すでに定まれるなり。
民、その田宅に安んじ、その有司に親しめば、則ち守りすでに固し。
百姓皆吾が君を是とし隣国を非とせば、則ち戦いすでに勝てるなり。

賢者を抜擢し、愚者は能力に合わせて配置する。
人民が満足し他国に不満を持てば、戦う前から勝利が決まっている。
必勝の法を聞かれた時、当たり前のことで返している。
しかし賢者を抜擢するのも、人を満足させるのも、何と難しいことか。

 

王と臣下

武侯、かって事を謀るに、群臣能く及ぶなし。朝を罷りて喜色あり。

これ楚の荘王の憂うる所なれど君これを説ぶ。臣ひそかにおそる。

臣下が自分より能力が下と感じた時、自分が一番として喜ぶ武侯。
楚の偉大な王である荘王は同じ状況の時、臣下の無能を悲しんでいる。
現代でも自分を有能と考える上司が、部下を怒ってばかりいることはある。
その光景は周りから見れば、無能を証明しているので止めたほうがいい。
ただそんな人を変えさせるのは難しい。
しかも無益だけでなく有害ですらある。
変化を求めるなら、よほど慎重にならないといけない。

 

料敵篇

進退

所謂可を見て進み、難きを知りて退くなり。

実際のいろいろな有利不利の状況を説明した後、最後の締めくくりの言葉になる。
「有利なら進み、不利なら退く」という当たり前のこと。
しかし人には感情があり、実際には分かっていても違う行動をすることはある。
行動には結果がついてくるため、客観的な判断をしたいものだ。

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敵の虚実

兵を用うるには、必ずすべからく敵の虚実をつまびらかにして、その危うきに趨くべし。

戦う前には敵の虚実を明らかにし、弱点を攻撃すべきことが書かれている。
言い方を変えれば、相手の状態が分からなければ攻撃してはいけない。
当たり前だが、戦いには必ず相手がいる。
同じ必勝法などは存在せず、あるのは相対的な必勝法である。
相手を知らずして、勝つことなどあり得ない。

 

治兵篇

勝利の要因

治を以って勝を為す。
若し法令明らかならず、賞罰信ならず、これを金して止まらず、これを鼓して進まざれば、百万ありと雖も何ぞ用に益せん。

勝利の要因は「治」であり、数の多さでは無いことが書かれている。
数が多くても制御できていなければ、返って有害になる。
言い方を変えれば、少数でも制御できていれば有益である。
しかし多くの組織では、人さえ集めれば何とかなると考えている。
そしてそんな人を押し付けられる人の苦労は終わらない。

 

生死の差

呉子曰く、およそ兵戦の場は、立屍の地なり。
死を必すれば則ち生き、生を幸すれば則ち死す。

戦場では死を覚悟すれば生き残り、生を願えば死んでしまうと書かれている。
必ずしも正解とは思わないが、一面の真実ではある。
仕事でも真剣に取り組めば成功し、逃げ腰なら状況が悪くなることが多い。
ただこれを都合よく解釈し、強要する人には注意したいものだが。

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敗北の要因

呉子曰く、それ人は常にその能くせざる所に死し、その便ならざる所に敗る。

敗北の要因は能力が不足し、訓練も不足しているためと結論づけている。
勝利は幸運の可能性もあるが、敗北には原因のみが存在する。
それは個々の能力かもしれないし、作戦自体かもしれない。
負けた時こそ原因を追求し、改善していきたいものだ。

 

論将篇

将の勇

およそ人の将を論ずるや、常に勇に観る。
勇の将に於けるは、すなわち数分の一のみ。

勇気や勇猛さは、将軍の価値の一部分に過ぎないことが書かれている。
実際の戦いにおいても直接的な戦闘は目立ってしまうが、大切なのは事前の準備。
それは実質的なものもあれば、精神的なものもある。
それを怠っているとすれば、「匹夫の勇」に過ぎない。
目立つことだけに注目することは避けないといけない。

 

心構え

故に帥出づるの日には、死の栄ありて生の辱めなし。

戦い前の心構えとして、名誉の死は受け入れて、生き恥はさらさない覚悟が書かれている。
語呂が良かったので取り上げたが、あくまで当時の考え方。
「批判は受け入れて、逃げることはしない」なら現代的だろうか?

 

将軍の存在

三軍の衆、百万の帥、軽重を張設すること一人に在り。

いかに大軍でも、最終的には将軍一人の大切さが書かれている。
トップがしっかりしていれば、何とかなる可能性が高い。
逆にトップがしっかりしていなければ、どうにもならない可能性が高い。
「勇将の下に弱卒なし」と言われている。
この意味を改めて知る必要がある。

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敵の反応

賤しくして勇ある者をして、軽鋭を将いて以ってこれを嘗み、北ぐるを務めて、得るを務むるなからしむ。

相手の状況が分からない時、軽く攻めて反応を見ることが書かれている。
あくまで軽くであり、本気で攻めてはいけないことも訴えている。
これは現代にも当てはまる。
状況も分からないのに、大勝負をしてしまうと取り返しがつかない。
まずは小さく初めて反応を確かめ、その後に広げていくのが好ましい。
現代は広がるのが早いため、それで十分に間に合う。
アマゾンやフェイスブックが、何から始まったかを思い出して欲しい。

 

応変篇

水戦

敵若し水を絶らば、半ば渡らしめてこれを薄れ。

水際の戦いにおいて敵が渡ってきた時、半分が渡った後に攻撃することを訴えている。
ただ防ぐだけなら、渡っている途中に攻撃するのが良い。
しかし敵を撃滅するなら、相手が引くに引けない状況を作らないといけない。
ただ呼び込んだつもりが仇になる可能性もある。
戦力状態を確認することは忘れずに。

 

励士篇

君、有功を挙げて進みてこれを饗し、功なきをばこれを励ませ。

功績があった者と無かった者の対応が書かれている。
功績が合ったものを評価し、無かった者に激励することも必要なことが訴えている。
至言である。
功績があった者を評価する人は多い。
しかし功績が無かった場合、叱責してしまうことが多くなる。
ここで考えるべきは、功績が無かった人の精神状態である。
落ち込んでいるかもしれないし、卑屈になり反抗的になるかもしれない。
評価する立場の人だからこそ、評価できなかった人のフォローを忘れてはいけない。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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全訳「武経七書」1孫子・呉子

 

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