「草枕(夏目漱石)」の名言まとめました

「草枕(夏目漱石)」の名言をまとめていきます。
(本作での説明や解釈は無意味・蛇足と感じましたので、書かない方針にしています)

草枕

山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。矢張り向う三軒両隣りにちらちらする唯の人である。

世に住むこと二十年にして、住むに甲斐ある世と知った。二十五年にして明暗は表裏の如く、日のあたる所に屹度影がさすと悟った。
三十の今日はこう思うている。──喜びの深きとき憂愈(いよいよ)深く、楽みの大いなる程苦しみも大きい。これを切り放そうとすると身が持てぬ。片付けようとすれば世が立たぬ。

うまい物も食わねば惜しい。少し食えば飽き足らぬ。存分食えばあとが不愉快だ。

ああ愉快だ。こう思って、こう愉快になるのが詩である。

吾人の性情を瞬刻に陶冶して醇乎として醇なる詩境に入らしむるのは自然である。

怖いものも只怖いものそのままの姿と見れば詩になる。凄い事も、己れを離れて、只単独に凄いのだと思えば画になる。

涙を十七字に纏めた時には、苦しみの涙は自分から遊離して、おれは泣く事の出来る男だと云う嬉しさだけの自分になる。

軽侮の裏に、何となく人に縋りたい景色が見える。人を馬鹿にした様子の底に慎み深い分別がほのめいている。

こうやって、煦煦たる春日に脊中をあぶって、椽側に花の影と共に寐ころんでいるのが、天下の至楽である。
考えれば外道に堕ちる。動くと危ない。出来るならば鼻から呼吸もしたくない。畳から根の生えた植物の様にじっとして二週間ばかり暮して見たい。

放心と無邪気とは余裕を示す。余裕は画に於て、詩に於て、もしくは文章に於て、必須の条件である。

「不人情じゃありません。非人情な惚れ方をするんです」

足がとまれば、厭になるまでそこに居る。居られるのは、幸福な人である。

十二

善は行い難い、徳は施こしにくい、節操は守り安からぬ、義の為めに命を捨てるのは惜しい。
これ等を敢てするのは何人に取っても苦痛である。その苦痛を冒す為めには、苦痛に打ち勝つだけの愉快がどこかに潜んでおらねばならん。

世間には拙を守ると云う人がある。この人が来世に生れ変ると屹度木瓜になる。
余も木瓜になりたい。

十三

愈 現実世界へ引きずり出された。汽車の見える所を現実世界と云う。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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