「海賊とよばれた男(百田尚樹)」の名言まとめました

「海賊とよばれた男(百田尚樹)」より名言をまとめていきます。

海賊とよばれた男(上)

敗戦の後

日本には三千年の歴史がある。
戦争に負けたからといって、大国民の誇りを失ってはならない。
すべてを失おうとも、日本人がいるかぎり、この国は必ずや再び立ち上がる日が来る。

こういう言葉が嫌いな方も多いだろう。私も決して好きではない。
しかし「大国民」という言い方は別として、世界に出たとき「自分は日本人だ」という気持ちは背中を押してくれる。
日本国内では「何県出身です」みないなもの。
自分の出身地を否定する人と私は意見が合わない。

会社にとって本当の財産とは

たしかに国岡商店の事業はすべてなくなった。残っているのは借金ばかりだ。
しかしわが社には、何よりも素晴らしい財産が残っている。一千名にものぼる店員たちだ。
彼らこそ、国岡商店の最高の資材であり財産である。
国岡商店の社是である「人間尊重」の精神が今こそ発揮される時ではないか。

私もこの「人」優先という考えが好きです。「物」は金さえあれば誰でも手に入る。
しかし「人」は有利不利はあれど、誰もが手に入れることは出来ない。
最近は人工知能ばかり取り上げられる。
これからを考えると必要なのは分かるが限界はある。
人工知能は最高の秀才にはなれても、天才にはならない。

トップに立つ者の決意

もし国岡商店がつぶれるようなことがあれば、ぼくは店員たちとともに乞食をする。

本作品の名言の一つ。
「乞食」自体に意味はない。あくまで覚悟を表している。
人に頭を下げる底辺まで落ちる覚悟です。
現在の「やとわれ社長」「2代目社長」「ITなどによる若手社長」等のうち、何人が本当の覚悟をもっているでしょうか?

銀行側の立場

銀行は単なる金貸しではない。
採算ある事業、たしかな未来のある事業と思えばこそ、融資もする。
ラジオのことを何も知らない経理部長が行って、銀行家を納得はさせられない。

これは現代でも同じこと。
「事業を起こすため融資してください」では、「はい分かりました」とはならない。
融資を受けるとは、相手に認めてもらうこと。自分という商品を買ってもらうこと。
普通に「これを買ってください」と言っても無理ですよね。

仕事の意味

タンクの底を浚う事業はひとり国岡商店だけのためではない。
商工省の面子のためでもないし、こんなことで恩を売る気もない。
この事業を成功させることによって、GHQから日本に石油が配給されることになれば、これほど素晴らしいことはない。

戦後GHQからの嫌がらせとも言える、旧海軍の燃料タンクの底を浚う難事業に対して、鐵造が利益を度外視して協力した時に語ったこと。
大変な作業であることは始める前から分かっている。
利益にならないことも、ほぼ分かっていた。そして結果としても利益は出なかった。
しかし実行すれば、全体の利益になるということから作業を引き受けている。
この作業に利益がなくても、次につながる場合は受けることがある。
しかし今回は日本への利益はあれど、自分自身には何も起こらない。
なかなか出来ることではありません。
しかしこの作業は後々多くの困難を救うことになる。
欲をなくした作業にこそ、本当の価値があるのかもしれない。

組織にとって必要な人数とは

これは日本のすべての組織について言えることですが、日本ではまず「組織が先に作られ、トップが決まります。
そして下部組織が作られ、その管理者が決まります。
順次、そうして下部組織が作られていくために、最終的に非常に大きな組織になってしまうのです。
大事なことは、まずその仕事にどれくらいの人数が必要なのかということです。
そしてそれを適材適所に配置する。あとはそれを管理する上の者を最低限揃えればいい。

現代でも出来ている会社がどれほどあるだろうか?
なぜこんな簡単なことが出来ないか?
最大の理由は「管理者が上ではなく、ただの管理者でしかない」点にあると考える。
会社員をしていると誰もが出世を望みます。
最近は「責任を負いたくない」とかもありますが、多くは役職が上がることは喜びます。
しかしこの方式だと、管理者になっても苦労が増えるだけであり、ほとんどメリットがない。
人は会社の業績が伸びるよりも、自分の給料が上がることを喜ぶ。
この考え方を採用するには、組織全員の意識改革という高い壁を克服しなければならない。

人を見る目、人の価値

国岡はん、六千円は君の志にあげるんや。
そやから返す必要はない。当然、利子なども無用。事業報告なんかも無用。
ただし、条件が三つある。
家族で仲良く暮らすこと。そして自分の初志を貫くこと。
ほんで、このことは誰にも言わんこと。

鐵造の能力を認めていた日田(資産家)が贈った言葉になります。すごいですよね。
当時の六千円がどの程度かは、よく分からない。
しかし、かなり大きな家を売った金額になる。
それを当時無名の若者に「貸す」ではなく、「投資」でも無く、渡している。
最終的に成功するため美談になっているが、第三者の目から見れば無謀です。
ただ銀行のように成功するから融資するのではなく、可能性を見て人に投資するのは、社会における望ましい姿かもしれない。

人を応援することとは

なあ、とことんやってみようや。わしも精一杯応援する。
それでも、どうしてもあかなんだら...「一緒に乞食をやろうや」

一度資金援助した日田が、資金不足に陥った鐵造に再度の資金提供を伝えた時に話したこと。
人を応援する人はたくさんいる。
しかし自分と身内を犠牲にしてでも、人を応援できる人はほとんどいない。
これが正しいのかは私には分かりません。
自分が日田の身内なら、とても賛成しないでしょう。
しかしこんなことを言ってくれる人が一人でもいるなら、いかなる結果になろうとも、その人は人生の成功者といって間違いない。

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