「沈黙(遠藤周作)」の名言まとめました

「沈黙(遠藤周作)」の名言をまとめていきます。

沈黙

雨の澳門(マカオ)、それはこの憐れな町を更にみじめにするだけです。(セバスチャン・ロドリゴ、以降無記入)

 

今のところ、我々にわかるのは、彼にはかなり狡い性格があり、その狡さもこの男の弱さから生れているということです。

 

「本当に日本人ですか、あなたは」(フランシス・ガルペ)

 

ここは真実、地の果てです。

 

いや、そんなことはありえない。信仰は決して一人の人間をこのような弱虫で卑怯な者にする筈はない。

 

恥ずかしさで私は唇をかみました。主はいつでも自分の運命をどんな人間たちにも委せられた。それは彼が人間を愛し給うていたからです。

しかし私はキチジローという一人の人間さえ疑っていた。

我々の宗教がこの地方の農民に水の浸み入るように拡がっていったのは、ほかでもない、生まれてはじめてこの連中が人の心のあたたかさを見たからです。

人間として取り扱ってくれる者に会ったからです。司祭たちのやさしさに動かされたのです。

 

長い秘密の生活がこの信徒たちの顔を仮面のように作ってしまったのです。それは辛い、悲しいことです。

 

人間とは妙なもので他人はともかく自己だけはどんな危険からも免れると心の何処かで考えているみたいです。

 

美しいものや善いもののために死ぬことはやさしいのだが、みじめなものや腐敗したものたちのめに死ぬのはむつかしいと私はその時はっきりわかりました。

 

「馬鹿でもいい。義務からではない」

 

我々は今日まであまりに臆病すぎました。足を傷つけ、山に野宿しながら我々をたずねてきたこの日本の百姓たちにくらべてあまりに臆病すぎました。

 

こうしたものを日本の信徒が崇敬するのは悪いことではありませんが、しかしなにか変な不安が起ってきます。彼等はなにかを間違っているのではないでしょうか。

 

「はい、パードレ、そげんなったっちゃ、わしらは口ば割りません」(モキチ)

 

「なんのため、こげん責苦ばデウスさまは与えられるとか。パードレ、わしらはなんにも悪いことばしとらんとに」(キチジロー)

 

殉教でした。しかし何という殉教でしょう。

 

今後、私からの報告がもはや、途絶えたとしても、二人が必ずしも死んだとは思わないで下さい。この荒廃した土地にただ一つ、小さいながらも耕すべき鍬を残さねばならぬゆえに……。

 

もし神がいなければ、人間はこの海の単調さや、その不気味な無感動を我慢することはできない筈だ。

 

司祭は殉教するためにあるのではなく、このような迫害の時期には教会の火を消さぬため生き続けねばならぬのです。

 

今こそ自分が彼等に何かを与えねばならなかった。しかし彼には、自分の行為と死のほかに捧げるものを一つ持っていなかった。

 

「正はいかなる国、いかなる時代にも通ずるものだから正と申します。ボルトガルで正しい教えはまた、日本国にも正しいのでなければ正とは申せません」

 

悪人にはまた悪人の強さや美しさがある。しかし、このキチジローは悪人にも価しないのだ。襤褸のようにうす汚いだけである。

 

今日一日が平穏にすめばそれでよい。明日のことは、また明日、生きればいい。

 

「教会では、女の生まれた国籍よりもその女の、夫にたいする真心をどうやら第一と考えます」

 

あの人と自分とが相似た運命を分ちあっているという感覚はこの雨の夜、うずくような悦びで司祭の胸をしめつける。それは基督教徒たちが味わえる神の子との連帯の悦びだった。

 

安易になれた肉体はそれだけ苦痛に弱い。

 

しかし憐憫は行為ではなかった。愛でもなかった。憐憫は情慾と同じように一種の本能にすぎなかった。

 

神は本当にいるのか。もし神がいなければ、幾つも幾つもの海を横切り、この小さな不毛の島に一粒の種を持ち運んできた自分の半生は滑稽だった。

 

「布教に敗北ということはありません。あなたや私が死んだあと、亦、新しい一人の司祭が澳門からジャンクに乗り、この国のどこかにそっと上陸するでしょう」

 

「この国は沼地だ。やがてお前にもわかるだろうな。この国は考えていたより、もっと怖ろしい沼地だった。どんな苗もその沼地に植えられれば、根が腐りはじめる」(クリストヴァン・フェレイラ)

 

「切支丹が亡びたのはな、お前が考えるように禁制のせいでも、迫害のせいでもない。この国にはな、どうしても基督を受けつけぬ何かがあったのだ」(フェレイラ)

拷問にどのくらい耐えられるかわからなかった。しかし衰弱した身心には山中を放浪していた時あれほど怖ろしかった拷問もなぜか現実感を伴わない。

すべてがもうけだるいという気持である。

 

いよいよすべての結末が来た、という感情が司祭の体を走ったが、これはふしぎに今まで味わったことのない清冽な新鮮な興奮だった。

 

驢馬に乗せられてあの人もエルサレムの街に入った。辱しめと侮蔑に耐える顔が人間の表情の中で最も高貴であることを彼に教えてくれたのはあの人である。

 

「私にいくら屈辱を与えても、かえって勇気を与えるだけなのに……」

 

人生にはどうしてこういう悪戯があるのだろう。

 

「俺は生まれつき弱か。心の弱か者には、殉教さえできぬ。どうすればよか。ああ、なぜ、こげん世の中に俺は生れあわせたか」(キチジロー)

 

主よ。なぜ、この瞬間まであなたは私をからかわれるのですか。

 

「主よ、あなたは今こそ沈黙を破るべきだ」

 

「誤魔化してはならぬ」
「お前は自分の弱さをそんな美しい言葉で誤魔化してはいけない」(フェレイラ)

 

あなたたちは平穏無事な場所、迫害と拷問との嵐が吹きすさばぬ場所でぬくぬくと生き、布教している。あなたたちは彼岸にいるから、立派な聖職者として尊敬される。

 

踏むがいい。踏むがいい。お前たちに踏まれるために、私は存在しているのだ。(踏絵)

 

あなたはすべての屈辱を受けられたから、あなただけが今の私の心をわかって下さればよい。

 

「日本とはこういう国だ。どうにもならぬ。なあ、パードレ」(井上筑後守)

 

「強い者も弱い者もないのだ。強い者より弱い者が苦しまなかったと誰が断言できよう」

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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