「蜘蛛の糸(芥川龍之介)」の名言・台詞をまとめていきます。
蜘蛛の糸
或日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。
極楽は丁度朝なのでございましょう。
(本作の書き出し、抜粋)
犍陀多と云う男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。
「いや、いや、これも小さいながら、命あるものに違いない。その命を無暗にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ」と、こう急に思い返して、とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやったからでございます。
ここへ落ちて来る程の人間は、もうさまざまな地獄の責苦に疲れはてて、泣声を出す力さえなくなっているのでございましょう。
この糸に縋りついて、どこまでものぼって行けば、きっと地獄からぬけ出せるのに相違ございません。いや、うまく行くと、極楽へはいる事さえも出来ましょう。
この分でのぼって行けば、地獄からぬけ出すのも存外わけがないかも知れません。
犍陀多は両手を蜘蛛の糸にからみながら、ここへ来てから何年にも出した事のない声で、「しめた。しめた」と笑いました。
犍陀多はこれを見ると、驚いたのと恐ろしいのとで、暫くは唯、莫迦のように大きな口を開いたまま、眼ばかり動かしておりました。
もし万一途中で断れたと致しましたら、折角ここへまでのぼって来たこの肝腎な自分までも、元の地獄へ逆落しに落ちてしまわなければなりません。
「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己のものだぞ。お前たちは一体誰に尋いて、のぼって来た。下りろ。下りろ」
その途端でございます。今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、急に犍陀多のぶら下っている所から、ぷつりと音を立て断れました。ですから、犍陀多もたまりません。
後には、唯極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。
自分ばかり地獄からぬけ出そうとする、犍陀多の無慈悲な心が、そうしてその心相当な罰をうけて、元の地獄へ落ちてしまったのが、御釈迦様の御目から見ると、浅ましく思召されたのでございましょう。
しかし極楽の蓮池の蓮は、少しもそんな事には頓着致しません。
極楽ももう午に近くなったのでございましょう。
(本作のラスト、抜粋)
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