「李陵・山月記(中島敦)」の名言まとめました

「李陵・山月記(中島敦)」の名言をまとめていきます。

李陵・山月記

山月記

自分は今や異類の身となっている。
どうして、おめおめと故人(とも)の前にあさましい姿をさらせようか。

若くして才能のある李徴は官を辞め詩家を目指すが挫折する。
発狂し飛び出した後は虎に変わってしまい、昔の友の前には姿を見せれないと考えた。

どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分は茫然とした。
そうして懼れた。

虎に変わっていくが、夢だと思いたかった李徴。
しかし現実だということを知り怖れてしまう。

全く何事も我々には判らぬ。
理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分からずに生きて行くのが、
我々生きもののさだめだ。

理由は分からないが現実を知ったため、死を考える李徴。
しかし自然な流れから虎であることを受け入れる。

今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、
この間ひょいと気が付いて見たら、己はどうして以前、人間だったのかと考えていた。

虎になってから久しい李徴。
だんだん虎目線で考えるようになっていた。

ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思っているだろう!
己が人間だった記憶のなくなることを。

だんだん人間だった記憶が無くなる方が幸せではと考える李徴。
しかし人間で無くなることの恐れや哀しみも大きかった。

人間であった時、己は努めて人との交を避けた。人々は己を倨傲だ、尊大だといった。
実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。

己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、
憤悶と慙恚とによって益々己の中の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。

虎に変わった後、姿は見せないが昔の友である袁傪と出会う。
少しの交流の後、人間であった時の自分を思い出す。

ちょうど、人間だった頃、己の傷つき易い内心を誰も理解してくれなかったように。
己の毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。

虎になった李徴は、山の頂で悲しみを訴えるために吼えていた。
しかしそれは虎の咆哮以外の何物でも無く、他の獣達は怖れる以外の反応を示さなかった。

名人伝

最早、鋭利な錐の先を以て瞼を突かれても、まばたきをせぬまでになっていた。
或日ふと気が付くと、窓の虱が馬のような大きさに見えていた。

天下第一の弓の名人を目指す紀昌は、名手・飛衛に弟子入りする。
まばたきしないこと、次に視ることを学ぶように言われ、それぞれを完了する。

天下第一の名人となるためには、どうあっても飛衛を除かねばならぬと。

師匠・飛衛から学ぶことは無くなったと考える紀昌。
当初の目的である天下第一の名人になるため、飛衛の排除を考えてしまう。

老師の技に比べれば、我々の射の如きは殆ど児戯に類する。
儞の師と頼むべきは、今は甘蠅師の外にあるまいと。

飛衛に勝負を挑んだ紀昌だが、結果として引き分けに終わる。
飛衛は紀昌に対して、より高みを目指すなら甘蠅老師に学ぶことを伝える。

だが、それは所詮射之射というもの、好漢未だ不射之射を知らぬと見える。

老師の所に来た紀昌だが無視されたため、自分の技量を見せつける。
しかし老師は不思議なことを話していく。

至為は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなしと。

老師の教えを終えた紀昌は邯鄲の都に戻ってくるが、弓を持つことすらしない。
不思議に思った人に尋ねられた時、紀昌はこの言葉のみを話していく。

既に、我と彼との別、是と非との分を知らぬ。
眼は耳の如く、耳は鼻の如く、鼻は口の如くと思われる。

晩年を迎え、さらに感情が薄くなっていく紀昌。
最後にはこのように述懐する。

その後当分の間、邯鄲の都では、画家は絵筆を隠し、楽人は瑟の絃を断ち、
工匠は規矩を手にするのを恥じたということである。

晩年の紀昌の逸話として、弓を見ても弓と理解できなかったことが伝わる。
そのため人々は、名人とは忘れるレベルであると理解し行動する。

スポンサーリンク

李陵

李陵はそれを遮って言う。陵一個のことは暫く措け。

小部隊で匈奴と戦うが敗北は決定したと考える李陵。
部下はこれまでの戦いから都に戻っても大丈夫と話すが、個人のこととして後回しにする。

口を緘して意見を洩らさぬ者が、結局陵に対して最大の好意を有つ者だったが、
それも数える程しかいない。

ある考えを持ち匈奴に降伏した李陵だが、国内では売国奴になっていた。
武帝も怒っていることから、好意を持つものすら黙るのが限界だった。

もっと事実が欲しい。教訓よりも事実が。

同時期に史記の編纂を行っていた司馬遷。
春秋などを利用するが、事実が少ないことを不満に感じていた。

彼は「作ル」ことを極度に警戒した。自分の仕事は「述べル」ことに尽きる。

項羽の時機に差し掛かった時、快調に進んでいることを感じる司馬遷。
しかしその熱に浮かされたような文章に、自分が作ってしまっているという疑問を持つ。

己は正しい事しかしなかった。
強いていえば、唯、「我在り」という事実だけが悪かったのである。

武帝に対して李陵の弁護をする司馬遷だが、予想もしなかった処罰を受ける。
自分は正しいことをしたと理解するも、それが悪かったことも実感する。

涙は一滴も出ない。余りに強い怒りは涙を涸渇させて了うのであろう。

匈奴に降伏しながらも漢のことを考える李陵だが、讒言により家族が殺されたことを知る。
強い怒りを感じる李陵は、これまで自国からどのような扱いを受けてきたかを思い出す。

疲労だけが彼の唯一つの救いなのである。

家族を殺された恨みはあるが、漢と戦うことには抵抗を感じている李陵。
イライラを感じると馬での遠乗りをする。

ただ漢人はこれをごまかし飾ることを知り、我々はそれを知らぬだけだ。

匈奴の単于は、漢は礼儀の国、匈奴は禽獣の国と言われていることに疑問を呈す。
それは表面的なことに過ぎないと。

帰るのは易い。だが、又辱しめを見るだけのことではないか?

武帝も亡くなり匈奴に来た漢の使節により、漢に帰ることを打診される李陵。
それはかつての友の言葉でもあるが、繰り返されるのも恐れてしまう。

この世に生きることをやめた彼は書中の人物としてのみ活きていた。

屈辱的な処罰を受けた後も、史記の編纂を続ける司馬遷。
もはや現実ではなく書の中に生きていた。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

アマゾンリンク
李陵・山月記 (新潮文庫)

→人間失格(太宰治)
→金閣寺(三島由紀夫)
→羅生門・鼻(芥川龍之介)
→蟹工船(小林多喜二)
→雪国(川端康成)
→吾輩は猫である(夏目漱石)
→インデックス

スポンサーリンク

関連記事&スポンサーリンク