「山月記(中島敦)」の名言まとめました

「山月記(中島敦)」の名言をまとめていきます。

山月記

これは、己の詩業に半ば絶望したためでもある。

 

曾ての同輩は既に遥か高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才李徴の自尊心を如何に傷けたかは、想像に難くない。

 

自分は今や異類の身となっている。どうして、おめおめと故人(とも)の前にあさましい姿をさらせようか。(李徴、以降無記入)

 

自分は初め眼を信じなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。

 

どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分は茫然とした。そうして懼れた。

 

全く何事も我々には判らぬ。

理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分からずに生きて行くのが、
我々生きもののさだめだ。

自分は直ぐに死を想うた。しかし、その時、眼の前を一匹の兎が駆け過ぎるのを見た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消した。

 

人間の心で、虎としての己の残虐な行のあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、憤ろしい。

 

今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、己はどうして以前、人間だったのかと考えていた。

 

己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。

ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思っているだろう! 己が人間だった記憶のなくなることを。

 

嗤ってくれ。詩人に成りそこなって虎になった哀れな男を。

 

人間であった時、己は努めて人との交を避けた。人々は己を倨傲だ、尊大だといった。実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。

 

己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによって益々己の中の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。

 

人間は誰でも猛獣使いであり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。

 

人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。

 

天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。

ちょうど、人間だった頃、己の傷つき易い内心を誰も理解してくれなかったように。己の毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。

 

本当は、先ず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ。己が人間だったなら。

飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕すのだ。

 

今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上ったら、此方を振りかえって見て貰いたい。自分の今の姿をもう一度お目に掛けよう。

勇に誇ろうとしてではない。我が醜悪な姿を示して、以て、再び此処を過ぎて自分に会おうとの気持を君に起こさせない為であると。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

アマゾンリンク
李陵・山月記 (新潮文庫)

 

→李陵
→名人伝
→羅生門(芥川龍之介)
→鼻(芥川龍之介)
→芋粥(芥川龍之介)
→蜘蛛の糸(芥川龍之介)
→杜子春(芥川龍之介)
→蜜柑(芥川龍之介)
→トロッコ(芥川龍之介)
→山椒魚(井伏鱒二)
→檸檬(梶井基次郎)
→雪国(川端康成)
→五重塔(幸田露伴)
→蟹工船(小林多喜二)
→堕落論(坂口安吾)
→白痴(坂口安吾)
→人間失格(太宰治)
→晩年(太宰治)
→斜陽(太宰治)
→吾輩は猫である(夏目漱石)
→坊っちゃん(夏目漱石)
→草枕(夏目漱石)
→三四郎(夏目漱石)
→それから(夏目漱石)
→門(夏目漱石)
→こころ(夏目漱石)
→文鳥(夏目漱石)
→金閣寺(三島由紀夫)
→憂国(三島由紀夫)
→花ざかりの森(三島由紀夫)
→銀河鉄道の夜(宮沢賢治)
→舞姫(森鴎外)
→ドグラ・マグラ(夢野久作)
→みだれ髪(与謝野晶子)
→インデックス

スポンサーリンク

スポンサーリンク

小説
関連記事&スポンサーリンク
本の名言サイト
タイトルとURLをコピーしました