「いなくなれ、群青」の名言まとめました

「いなくなれ、群青(河野裕)」より名言をまとめていきます。

階段島に住む住人は過去の記憶を持たず、島に来た理由も、いつ出ていくかも分からない。
七草はこの場所で、誰よりも真っ直ぐな心を持つ少女・真辺由宇と再会するのだった。
架空の島「階段島」で繰り広げられる、不思議な物語。

七草が思っていること

どうして彼女は、そんなにもこの世界の正しさを信じていられるのだろう?

七草が昔から真辺由宇に対して思っていたこと。
大人になれば、正しいことが認められる訳ではないことを知る。
これが良いことかは分からない。
しかし多くの場合、本当に正しいかの判断は難しい。
なぜなら「人によって正しさは異なる」から。
そのため「正しさは多数決によって決まる」
本当に正しさというのは面倒くさい。

階段島というごみ箱

ここはごみ箱なのだ。
ごみ箱に捨てられるのは、どこか壊れたり、欠けたりしている物ばかりだ。

階段島は別名「捨てられた人々の島」と呼ばれている。
そんな所に送り込まれている人々は何かしらの欠点を持っている。
その時に七草が考えたこと。
なぜ送り込まれたのか? なぜ記憶が無いのか? どうすれば帰れるのか?
魔女とは何か? などこの時点では不明なことばかり。
ただ物ならともかく、人に対して「ごみ箱」という言葉を使うことには抵抗がある。

悪意について

真辺に悪意がないことを僕は知っている。攻撃的な意思もない。
ただ思ったことを素直に口に出しただけだ。
でもストレートな言葉は多くの場合、攻撃的に聞こえる。

真辺由宇が話した言葉に対して、七草が考えたこと。
「思ったことを素直に口に出す」とは本心を話すこと。
そして、この本心というのが本当に厄介。
例えば、テストの点数が悪い友人に「バカ」という本心を言えば、相手は怒るだろう。
多くの場合、本人が気付かないうちに同じことを話している。

諦めること

でも僕は経験で知っている。
諦めてしまえば、なにも期待しなければ、どんなことだって我慢できる。

いかなる人に対しても、楽しいだけではない瞬間がある。
その中で楽しいと我慢を比較して、どちらの比重が高いかが、その後を決定する。
嫌な事はカウントしない。そして楽しいことだけカウントする。
その我慢による付き合いに意味はあるのかな?

問題を解決するには

まずはルールの方を変えないと、どうしようもない。
困っている人を順番に助けて回っても、根本的な問題は解決しない。

階段島で起こるいろいろな問題に対して、真辺由宇が出した結論。
確かに問題が多数起こる状況に対して、根本的な原因を考えて解決しなければいけない。
しかし解決する途中で、今よりも多数の問題が発生することがある。
なぜなら多くの人は問題は分かっても、今の状況が変わることを本質的に恐れているから。
このように正しい考えの人が、時に暴走して混乱を招く。
そして中途半端に終わることが、よくある現実。世の中の矛盾と言えるのかもしれない。

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七草の苦労

嫌な予感がする。彼女に新しいアイデアが生まれるたびに、僕の苦労が増えるのだ。

言葉の通りです。同感する人も多いのでは?

真辺由宇の考え方

感情的な問題を、冷静に解決しても仕方ないじゃない。

小学生時代の真辺由宇が、ある問題に対して話したこと。
らしいといえばらしいですね。
考え方が合っているのか間違っているのか、私には分かりません。

不思議系女子

嫌だよ。不思議系女子が現れたら、とりあえず振り回されとくのが常識だろ。

真辺由宇を面白がってるクラスメイトが話したこと。
何が常識なんですかね?
楽しいことや新しいことに対して仲間に入っていくという感覚を、私は持ち合わせていないので少しうらやましい。

別れが訪れた時

きみと別れるのが悲しいわけじゃない。
それはもちろん悲しいことだけど、そういうんじゃない。
たぶん私は、思っていたよりもずっと、きみのことを理解していなかったんだと思う。

真辺由宇が中学生時代に引っ越しのため、七草と別れる時に伝えたこと。
何か分かるような分からないような表現ですね。
ただ自分自身でも、よく分かっていないということは素直に感じることができる。

約束の意味

「約束はできない」
「だめ。約束するの。私は約束だと思ってる」
「一方的な約束は約束じゃない」
「それでもだよ。私の方は約束だと思ってる。いつか君の気が変わったら、いつでも本当の約束になるでしょ?」

先程と同じ、中学時代に別れる時の会話。
ややこしい言い回しだが、言ってることは分かる。
そして二人の性格が、間逆だということが面白い。
性格が違う人の方が、長く一緒にいることが多いのは不思議ですね。

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真辺由宇の行動理論

手を握っていればいいなら、私はそうするよ。
ケーキを買ってくればいいなら、私はそうする。
でも悲しいと泣くのは当たり前なんだから、無理やりに涙を止めても意味がないよ。
目的がすり替わっている。一番根っこをどうにかしないと。

真辺由宇は泣いている子どもを置いて立ち去った。
そのことを七草にが咎められた時に話したこと。
普通なら泣いている子どもを慰めてから次の行動に移る。
しかし真辺由宇にとって、泣いてること自体は問題では無い
優先されるのは、子どもを泣かしている原因を一刻でも早く解決すること。
本来慰める行動とは、本心から慰めたいと思った時に行うこと。
「普通の人なら慰めるから自分も慰める」という行動はおかしい。
しかしほとんどの人は、そのおかしなことを正しい行動と考える。
そして、それを行わない人を非難する。人の世には自由が無い。

七草の正しさ

でも君はちょっと極端なんだ。正しいことの正しさを信じ過ぎている。
他の人はもっと、正しいことがそれほど正しくないんじゃないかと疑っている。

少し言い回しは難しいが、個人的には納得できる。
正しさを信じることはいいのだが、正しさを信じ過ぎると何をしても許されるような感じになり、歴史上で多数の悲劇を生んでいる。
典型的な例を上げれば、宗教上の争い。
本来善良な信者であっても、異教徒に対して残酷になれる。
相手がこちらの正しさを信じないことにより、絶対悪と捉えることが可能だから。
柔軟に生きるためには、正しさを信じすぎることは危険。
正しさは適度に信じるようにしたいものです。

不幸の権利

ねぇ、真辺。人は幸せを求める権利を持っているのと同じように、不幸を受け入れる権利だって持っているんだよ。

七草が真辺由宇に話したこと。
不幸なんて誰もが受け入れたくない。
しかし実際は多くの人が不幸を受け入れている。親子関係がその典型です。
金持ちの家に生まれたかったとしても、貧乏な家に生まれることはある。
その時に貧乏な親の元では不幸だから「別の家の子になる」とはならず、この状態を受け入れて、どうすれば幸せになれるかを考える。
まず不幸を受け入れる、または認めることが本当の第一歩なのかもしれない。

真辺由宇の七草評

「七草のことは、結構知ってるよ。秘密主義だし、平気で嘘をついて誤魔化すし、たまに意地悪だし、無駄に好き嫌いとか隠そうとするし、全体的に素直じゃない」
「それに、とっても優しい」

彼女にしては言葉自体も優しい感じ。
ただ七草曰く「奇妙に力強く、攻撃的で、尖っていた」とあるから、言葉自体から受けている印象とは異なるのかもしれない。

真辺由宇の思い

普通にものが見えて、普通に耳が聞こえていたら、きみに感謝していないわけないじゃない。

まっくらやみの中にいるような気分になることがある。
豆電球がひとつあれば救われるのに、私はそれを持っていないの。
二年間、何度もそんな気がした。そのたびにきみのことを思い出した。

感情や言葉で表現しない彼女が、ずっと思っていた七草に対する気持ち。
好き嫌いというより「大切な人」という感じですね。
感情が無いのではなく、出すのが苦手というのが本当かもしれない。
感情や思いを簡単に出せる人にとっては理解が難しい。
しかし出来ない人が存在することも、理解してもらえれば助かる。

成長について

なにかを捨てて進むのが成長だとは、認めたくない。

前に進むことに対して、真辺由宇が話したこと。
これだけを聞けば子どもの理想です。現実的ではありません。
ただ、こうありたいと望む気持ちは持っていたい。

約束

約束しよう、七草。私たちは必ず、また出会うんだよ。

二人に分かれが近づいた時に真辺由宇が伝えたこと。
七草には「決まったことをただ告げるような口ぶり」に聞こえている。
約束の言葉にも感傷が乗らない感じは、最後まで真辺由宇らしく個人的には好意が持てます。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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