「羊をめぐる冒険」の名言まとめました

「羊をめぐる冒険(村上春樹)」より名言をまとめていきます。

僕は後少しで30歳を迎える時に妻と離婚し、21歳の彼女と付き合うことになる。
耳が魅力的な女性だった。そんな時、奇妙な写真に伴う依頼が舞い込んでくる。
そこから羊をめぐる冒険が始まっていく。

羊をめぐる冒険(上)

僕だけ

世界中が動きつづけ、僕だけが同じ場所に留まっているような気がした。

多くの人が同じ感覚を持っているのではないでしょうか?
不思議なことに周りからは、そう見られていないのがほとんどです。
もちろん理由は、実際には留まってはいないから。
最後に書かれている「気がした」が全てを物語っている。

あとになって

豆を挽き終ってから本当はアイスティーが飲みたかったことに気づいた。
僕はいつもあとになってからいろんなことを思い出す。

私も似たようなことをたまにする。
単純な物忘れではなく、根本的に「興味がない」のだろう。

砂時計

あなたには何か、そういったところがあるのよ。砂時計と同じね。
砂がなくなってしまうと必ず誰かがやってきてひっくり返していくの。

僕に対して元妻が話したこと。
不思議といつも相手のいる人がいる。特別なことをしていないのに何故かいる。
もちろん逆の人もいる。
これを元妻から言われているとしたら、決して好意的な意味ではない。

簡単なこと

知らない人はみんなそう思うのよ。でも本当に簡単なの。終わってしまえばね。

離婚に関する書類について。もちろん離婚手続きだけなら簡単でしょう。
しかしそれに付随する、いろいろなことは決して簡単ではない。

退屈

つまり、あなたの人生が退屈なんじゃなくて、退屈な人生を求めているのがあなたなんじゃないかってね。

退屈な人生と話してる僕に対して、彼女が話したこと。
退屈というのは、あくまで個人的な感覚。
毎日決まったことをしていても退屈を感じない人もいれば、変化に富んでいる毎日でも退屈と感じる人がいる。
退屈と言いながら同じことを繰り返していたら、書かれていることが真実かもしれない。

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飲酒

一人の人間が習慣的に大量の酒を飲むようになるには様々な理由がある。
理由は様々だが、結果は大抵同じだ。

本人もしくは周りに同じような人がいる場合、反論できる人はいないでしょう。

何かが起きること

たとえ何が起こるにせよ、まだ何も起こってないんだ。
そして何かが起こったとすれば、それはもう起こってしまったことなのだ。

問題が見つかった時に僕が考えたこと。
あきらかに間違っている。ただ「何が間違ってる?」と聞かれると答えに困ってしまう。
これを「落ち着き」と捉えるか、「投げやり」と捉えるか判断は難しい。

説明できない行動

でもこれは当然と言えば当然の話で、自分にもうまく説明できないことを、他人に向って説明することなんてできるわけはないんだ。

僕の友人である「鼠」からの手紙に書いていること。
突然、街を出ていったことに対しての謝罪。
行動には目的や理由がある。しかし、それとは別に衝動的といえる行動もある。
理解できる人と理解できない人に分かれるかもしれない。

長距離列車

荷物を持たずに長距離列車に乗るのは素敵な気分だった。
まるでぼんやり散歩しているうちに時空の歪みにまきこまれてしまった雷撃機みたいな気分だ。
そこにはまるで何もない。

大勢での旅行ではなく、一人での長距離列車は独特な気分がある。
まして軽装での気ままな旅なら尚更だろう。そして新幹線ではなく特急なら最高だ。
まあ在来線でも行き先を決めずに乗ってみる、気ままな旅行がしたいですね。

過去のこと

本当は何も変わってないとしても、そういう風には思えないのよ。
思いたくないのね。そう思っちゃうと、もうどこにも行けないのよ。
だから自分ではすっかり変わっちゃたんだと思うようにしてるの。

僕が「鼠」の元彼女から言われたこと。
突然消えた人に対しての、自分の心の置き所を話している。
「変わった or 変わってない」という結果より、その結果をどの様に受け止めたかが重要だと考えている。
結果より思いの方がよほど大切だろう。

羊をめぐる冒険(下)

リアリティー

彼女は人生のリアリティーというものを実に正確に把握していた。
つまり一度閉じたドアは二度と開くことはできないし、かといって何もかも開けっ放しにしておくことはできないという原則だ。

僕が別れた妻に対して考えたこと。
これが何を指しているかは、あまり意味がない。
この言葉を聞いて、自分が何を想像するかを楽しむものだろう。

やれやれ

「やれやれ」と僕は言った。やれやれという言葉はだんだん僕のくちぐせになりつつある。

「やれやれ」という言葉を自分で使う場合、プラスであることは少ない。
これに限らず似ているような言葉を使っていたら、減らしたいものですね。

結論

どれだけ考えてみたところで筋のとおらない状況から筋のとおった結論をひっぱり出すのは不可能だ。

多くの人が筋が通らない状況の場合、自分の都合の良い筋を見つけて結論を出してしまう。
しかしそれは、あくまで推論であって結論ではない。
都合の良い解釈は失敗が決まったようなもの。
状況はそのまま受け止めて、無理に結論を出す必要は無いのだろう。

一人ぼっち

僕は一人ぼっちで、生まれてこのかたこれほど一人ぼっちになったことはなかったような気がした。

僕が一人でいる時に思ったこと。
一人でいるのと一人ぼっちでいるのでは、まったく印象が違う。
まして「特別な一人ぼっち」となると、まったく違う。
一人でいるのは気にならないが、一人ぼっちにはなりたくない。

友達

でも暇つぶしの友だちが本当の友だちだって誰かが言ってたな。

誰が誰に言っているのかは伏せておく。
一見違うように見えるが、目的がなくても暇つぶしに付き合ってくれる人と捉えると、間違っていない。
では親友かと問われると、それは違うように感じる。

一般論

一般論をいくら並べても人はどこにも行けない。俺は今とても個人的な話をしているんだ。

人が相談をしている時、分かりきった一般論を話してくる人がいる。しかも偉そうに!
聞き手にとって、「そんなことは知っている」ことばかり。
優しいと言われる人は時に勘違いをする。

本当の弱さ

もちろん人間はみんな弱さを持っている。
しかし本当の弱さというものは本当の強さと同じぐらい稀なものなんだ。

本当に強い人はほとんどいない。ほとんどが強がっているだけ。
逆に本当に弱い人もほとんどいない。ほとんどが弱く見せているだけ。
そのため弱さは見極めるのが難しい。
本当に助けを求めている人を助けることは、本当に難しい。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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羊をめぐる冒険 文庫 上・下巻

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