「文鳥(夏目漱石)」の名言・台詞まとめ

「文鳥(夏目漱石)」の名言・台詞をまとめていきます。

 

文鳥

斯様にして金は慥に三重吉の手に落ちた。然し鳥と籠とは容易にやって来ない。

 

こう一切万事調えて置いて、実行を逼られると、義理にも文鳥の世話をしなければならなくなる。内心では余程覚束なかったが、まずやってみようとまでは決心した。

もし出来なければ家のものが、どうかするだろうと思った。

 

文鳥は眼をぱちつかせている。もっと早く起きたかったろうと思ったら気の毒になった。

 

静かな時は自分で紙の上を走るペンの音を聞く事が出来た。
筆の音に淋しさと云う意味を感じた朝も昼も晩もあった。

 

さすがに文鳥は軽いものだ。何だか淡雪の精の様な気がした。

 

文鳥は嘴を上げた。咽喉の所で微な音がする。又嘴を粟の真中に落す。又微な音がする。その音が面白い。静かに聴いていると、丸くて細やかで、しかも非常に速かである。

菫程な小さい人が、黄金の槌で瑪瑙の碁石でもつづけ様に敲いている様な気がする。

 

その日は一日淋しいペンの音を聞いて暮した。その間には折々千代々々と云う声も聞こえた。文鳥も淋しいから鳴くのではなかろうかと考えた。

 

小説は次第に忙しくなる。朝は依然として寝坊する。一度家のものが文鳥の世話をしてくれたから、何だか自分の責任が軽くなった様な心持がする。

家のものが忘れる時は、自分が餌をやる水をやる。籠の出し入れをする。しない時は、家のものを呼んでさせる事もある。自分は只文鳥の声を聞くだけが役目の様になった。

 

日数が立つに従って文鳥は善く囀る。然し能く忘れられる。

 

世の中には満足しながら不幸に陥って行く者が沢山ある。

 

自分は机の方へ向き直った。そうして三重吉へ端書をかいた。

「家人が餌を遣らないものだから、文鳥はとうとう死んでしまった。たのみもせぬものを籠へ入れて、しかも餌を遣る義務さえ尽さないのは残酷の至りだ」と云う文句であった。

 

午後三重吉から返事が来た。文鳥は可哀想な事を致しましたとあるばかりで家人が悪いとも残酷だとも一向に書いてなかった。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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