「三国志(吉川英治)」より劉備玄徳の名言まとめました

「三国志(吉川英治)」より、劉備玄徳の名言をまとめていきます。

1巻

一剣の勇では、百人の賊を斬ることもむずかしい。
百人の賊を斬っても、天下は救われはしないのだ。

劉備は黄巾賊に虐げられている民衆を見る。
しかしここで退治できたとしても、世の中が変わらないことも分かっていた。

「風に耳、水にも眼、大事は路傍では語れません」
「けれど自分は何をつつもう、漢の中山靖王劉勝の後胤で、景帝の玄孫にあたるものです」
「なにをか好んで、沓を作り蓆を織って、黄荒の末季を心なしに見ておりましょうや」

劉備は張飛の心を知り自分の素性を話す。
普段は隠しているが心の中では未来を描いていた。

「ああ、こんな吉日はない。実に愉快だ。再び天にいう。われらここにあるの三名
「同年同月同日に生まるるを希わず、願わくば同年同月同日に死なん」

劉備・関羽・張飛は桃園で義兄弟となる。
小説内では張飛の言葉だが、劉備も一緒にいるためここで紹介している。
有名な「桃園の誓い」の一節。

「皇室を重んじ、秩序をみだす賊子を討ち、民の安寧を護らんとは」
「われわれの初めからの鉄則である」

「官の士風や軍紀をつかさどる者に、面白からぬ人物があるからというて」
「官軍そのものが潰滅するのを、拱手傍観していてもよいものではない」

劉備たちは命令により別の戦場へ移動するが、途中で味方が敗走してるのを知る。
官軍に不満は合っても、劉備は初志を話していく。

「県の土民は、みな貧しい者ばかりだ」
「しかも一定の税は徴収して、中央に送らなければならぬ」
「その上、なんで巡察の勅使や、大勢の随員に」
「彼らの満足するような賄賂を贈る余裕があろう」

劉備が治める県に勅使督郵がやってくるが、不当な指摘を受ける。
随員から賄賂を渡していないためと説明されるが、劉備は納得できなかった。

「そうだ。...いいことをいってくれた」
「我れ栖む所を誤てり」

関羽より不当な扱いを受けるぐらいなら、県尉から身を引くことを提案される劉備。
少し悩んだ後、自分の誤りを実感する。

2巻

「自分はあなたを扶けに来た者です」
「若い力はあっても、老台のような徳望はまだありません」
「徳のうすい者を太守に仰ぐのは、人民の不幸です。乱の基です」

徐州を治める太守・陶謙を助けに来た劉備たちは、兵たちに歓喜で迎えられる。
陶謙はその光景を見て太守を譲ろうとするが、劉備は受けなかった。

「通じる通じないは人さまざまで是非もない。わたしはただわしの真心に奉じるのみだ」

劉備は呂布に呼ばれるが、関羽と張飛は危険と感じる。
しかし劉備は相手に関わらず、誠実と真心を持って接することを語っていく。

「われら兄弟三名は、各々がみな至らない所のある人間だ」
「その欠点や不足をお互いに補い合ってこそ始めて真の手足であり」
「一体の兄弟といえるのではないか」

自分の失敗を責める張飛。
劉備はそれぞれが補い合うことを話し、張飛を説得する。

「身を屈して、分を守り、天の時を待つ。蛟龍の淵にひそむは昇らんがためである」

呂布の勝手な行動から危機に陥り、しかし次は助ける提案をされる劉備。
理不尽を受けて小沛の田舎城に移動するが、内心では大望を秘めていた。

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3巻

「だからわしも、努めて菜園に肥桶を担ったり、雷鳴に耳をふさいだり」
「箸を取落したりして見せている次第だ」

曹操の元にいる劉備だが、自分が怖れられているのを知る。
そのためわざと愚鈍を示していることを関羽たちに話していく。

4巻

「何でこれに尽きよう。これからである」

バラバラであった義兄弟は再会し、関羽と張飛は「人生の快、ここに尽くる」と語る。
劉備も喜ぶのだが、これからさらなる喜びが待っていることを話していく。

「いや、それは捨て身だ。軽々しく死ぬときではない」

曹操と対決する劉備は、策によりピンチに陥る。
趙雲より無理を承知で前面の敵との決戦を提案されるが、劉備は逃げることを選択する。

「的盧的盧。汝、今日われに祟りをなすか、またわれを救うや。性あらば助けよ!」

追われる劉備は凶馬・的盧に乗り激流に飛び込む。
どうして超えたかすら覚えていないが、なんとか渡ることに成功する。

「人生の長い歳月のうちでも、賢に会う一日は最大の吉日とかいう」
「今日は何という幸いな日だろう」

単福と名乗る人物(実名は徐庶)と出会う劉備。
人物を認めたため、不在の軍師の立場に任命する。

「たとい、玄徳が、この一事のため、亡ぶ日を招くとも、そんな不義なことは断じてできぬ」

せっかく得た軍師・徐庶だが、曹操の実母を利用した策略により去ろうとしていた。
臣下は徐庶の母親を犠牲にしても止めることを提案するが、劉備にその選択肢は無かった。

「彼のいうところは、彼らの中の真理であって、万民俗習の真理ではない」
「この地上の全面を占めるものは億兆の民衆で」
「隠士高士のごときは何人と数えられるほどしかおるまい」
「そういう少数の中だけでもてあそぶ真理なら、どんな理想でも唱えていられよう」

孔明には会えなかったが、学者・崔州平と出会い治乱の真理を聞く劉備。
しかし現実的では無いことを感じる。

「お午睡中か。では、そのままにしておいて下さい」
「お眼ざめになるまでしばしお待ちしよう」

三度目の訪問でやっと孔明が在宅していたが、昼寝中と伝えられる。
劉備は怒ること無く、待つことを選択する。

「石を玉と見せようとしてもだめなように、玉を石と仰せられても、信じる者はありません」

自分は司馬徽や徐庶と違い、一農夫に過ぎないことを話す孔明。
しかし劉備は謙遜であることを指摘する。

「恩をうけた人の危ういのを見て、それを自分の歓びにはできない」
「譲られるにしても、恩人の不幸は不幸。自分にはあきらかな幸い。玄徳には忍びきれぬ」

老齢で病気がちな劉表は、劉備に荊州を継いで欲しいことを話す。
孔明は受けるように伝えるが、劉備に受けることは出来なかった。

「わしが、孔明を得たことは、魚が水を得たようなものだ」

劉備が孔明とずっと一緒にいるため、嫉妬を感じる関羽と張飛。
しかし劉備は水と魚を例えに、自分には必要なことを話していく。
有名な「水魚の交わり」の一節。

「いかなる禍いにあおうと、忘恩の徒と誹られるよりはましである」

曹操軍の第一軍は撃退したが、曹操本人が出てきたら支えられないことを話す孔明。
荊州を掌握することを伝えるが、再び劉備は出来ないことを語っていく。

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