「職業としての小説家」の名言まとめました

「職業としての小説家(村上春樹)」より名言をまとめていきます。

村上春樹はいかにして小説家になったのか?
数々の作品は、どのようにして生まれてきたのか?
世界的に活躍してきた著者の、思いが詰まった一冊。

専門外

なにごとによらず専門外のことに手を出すと、その分野を専門とする人々からはまず良い顔をされません。

これは小説書きとは別に、翻訳もしていた時に感じていたこと。
これは翻訳に限らないですね。
プロ意識のある人なら、ほとんどが感じることでしょう。
これは言われるのを覚悟して、実績を積むしか無いですね。

小説

小説なんて書こうと思えばほとんど誰だって書けるからです。

プロの小説家とは思えない発言ですね。
これは先程の専門外の項目の対になるもの。
「小説は誰でも書けるものなので、誰が書いても気にしないですよ」という考え方が、小説家の人は持っているみたい。
しかしこの後に、次のように書いている。
「小説家として生き残っていくことは、これは至難の業です」
長年小説家を続けている人は、本当の意味でプライドが高いですね。

書店

小説家の定員数は限られていませんが、書店のスペースは限られているからです。

なかなか物書きの世界は厳しいですね。いつも書店の棚は埋まっている。
簡単に言えば、一冊増えれば一冊減らさなければいけない。
気づかずに消えていく本の何と多いことか。

小説家

苦役として小説を書くという考え方に、僕はどうしても馴染めないのです。
小説というものは、基本的にすらすらと湧き出るように書くものだろうと思います。

これだけをみると、「才能があるから」で片付けられそうです。
ただこれには、いろいろと条件が付く。その第一は、納期のある仕事を受けていないこと。
普通の小説家は、ある納期までに仕上げないといけないが、著者は作品が出来たら発表するというスタイル。
これは初めからのスタイルであり、人気が出た後に変更した訳では無い。
第二は、作品のイメージが固まるまで、実際に書き始めないこと。
本心から書きたいと考えるまで書かないのだから、書き始めるとするすら行きますよね。
この普通とは違う環境を整えて、初めて言える言葉ですかね?

文学賞

真の作家にとっては、文学賞なんかより大事なものがいくつもある。

何より大事なのは良き読者です。
どのような文学賞も、勲章も、好意的な書評も、僕の本を身銭を切って買ってくれる読者に比べれば、実質的な意味を持ちません。

色々な賞に関する考え方になる。
ここから賞には、余りこだわりが無いみたいですね。
他のところで、芥川賞等の候補にはなったが受賞しなかったことについて、むしろ良かった的なことが書かれている。
著者と言えば、毎年騒がれているノーベル賞について。
このことには触れていないが、本心ではどのように考えているのですかね?

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一律

一律に論じることはできない。だから一律に論じてほしくもない。

これも先程と同じ文学賞についてのこと。
誰もが一律に喜ぶ訳ではない。しかし当然、喜ぶ人もいる。
「だから、外野は黙ってろ」、いや「静かにして下さい」という感じだろうか?

文体

自分のオリジナルの文体なり話法なりを見つけ出すには、まず出発点として「自分に何かを加算していく」よりむしろ、「自分から何かをマイナスしていく」という作業が必要とされるみたいです。

これについての本当の意味は、私には分からない。
ここで個人的なことを書けば、以前に書いた文章を読み直すと驚くことがある。
それは、「無駄が多いこと」。不要と感じる内容を書いている。
文章ものらりくらりして、何か締まりがない。
単純に意味は通じるけど、何か自信なさげな感じ。
そのため読み直しによる修正をすると、ほとんどが追加ではなく削除作業になる。
著者の語っているイメージとは違うかもしれないが、減らすことによって納得に近づく。

ストレス

物書きにとって、とくに何も書きたくないときに何かを書かなくてはならないというくらいストレスフルなことはありませんから。

小説家に限らず、何かを作り出す人には共通することだろう。
しかし多くの職業人には、納期という敵がいる。
自分の気持ちを優先させてくれることなど、あり得ないだろう。
著者のようなスタイルは作るのであろうか、それとも出来るのだろうか?

原石

世界はつまらなそうに見えて、実に多くの魅力的な、謎めいた原石に満ちています。

小説のネタだけに限らない。まだまだ新しい開発は行われる。
不思議な発見も数限りなくあるだろう。
小説とは全然関係ないが、スマホの次世代は何だろうか?

長編小説

長編小説を書くときには、仕事をする時間ももちろん大事ですが、何もしないでいる時間もそれに劣らず大事な意味を持ちます。

本人がどんなに「よくできた」「完璧だ」と思っても、もっとよくなる可能性はそこにあるのです。

著者は作品について、「養生(寝かせる)」大切さを訴えています。
今日の自分と、1ヶ月後の自分では全然感覚が違うことがある。
人に見てもらうと、自分では気づかなかった発見がある。
また書き上げた時にはあった熱気が冷めて、客観的に眺めることで気づくことも多数ある。
時間を掛けすぎると、際限がなくなるかもしれない。
しかし最低限の時間は、絶対に掛けるべきだろう。

結局

何をどのように書いたところで、結局はどこかで悪く言われるんだ。

何か達観したのか、諦めたのか?という感じですね。
著者ほどファンが多く、そしてアンチも多い作家は珍しい。
本の発売日がニュースになる小説家は、村上春樹さんぐらいですかね?
アンチからの非難は、有名税として諦めるしかないですね。

人生

だっって楽しくないことをやりながら生きる人生というのは、生きていてあまり楽しくないからです。

仕事に対する考え方になる。正論である。
しかし現実社会を生きている人のほとんどは、仕事を楽しいとは思っていない。
むしろ苦痛と感じている。
それは、受け入れるしか無いのだろうか?
それとも、何かが間違っているのだろうか?

褒め殺し

どんな世界でもそうですが、「褒め殺し」くらい怖いものはありません。

文芸業界からも少なからぬ批判を受けることから、考え方を少し変えている。
「褒め殺し」されるぐらいなら、「批判」されている方がマシ。
その結果、海外に飛び出す決心をしたのだから、結果的に良しとしている。
「褒められる」と「おだてる」には冷静に対処したいもの。

感想

著者の小説は良く読むが、本人自身の話は興味深い。
小説家になった経緯。いろいろな葛藤。
海外での話など、改めて村上春樹という作家に興味が生まれた。
また一度読んだ本でも、改めて読みたくなる気分です。
ファンはもちろんアンチにも、必読の一冊です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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