「鹿の王」の名言まとめました

「鹿の王(上橋菜穂子)」より名言をまとめていきます。

帝国との戦いに敗れたヴァンは捕らわれ、奴隷としての日々が続いていた。
だが突然の事件により事態は急変する。
逃亡に成功したヴァンは、幼子ユナと共にあてのない旅に出発する。

鹿の王(上)

意志

おのれの身体に残る命の火が消えていくまで、生きねばならない。

奴隷生活に身を落としているヴァン。
絶望しかない生活を送ると「死んだほうがまし」という気持ちになる。
しかし「生きることに意味がある」という考えが好きですね。

感覚

何が起きたのか...何が起きているのか...何もかもがわからない。
ただ、ここにいてはならぬ、という予感だけがあった。早く逃げろ、と何かが告げている。

岩塩鉱に何かが起こった時、ヴァンが感じたこと。
元戦士であるヴァンにとって、この感覚こそが大切なこと。
これと似たものに「刑事のカン」や「女のカン」などがある。
この「カン」というのは決して適当ではなく、多くの場合「説明できないけど経験的に分かること」だと私は考えている。
もちろん正しいとは限らないが、無視できないのも事実。
ただ人によっては、都合よく使う場合があるので注意は必要。

奴隷

奴隷は家畜と同じ。
手間がかかると思われれば殺されるし、生かした方が利益になると思われたとしても、人として扱われない。

ヴァンがユナを見つけた時に考えたこと。
ユナは奴隷として働いている母と一緒にいたが、その母も亡くなり独りになる。
ヴァンはユナの将来を考えた末、共に逃亡することを選ぶ。
「奴隷は家畜と同じ」という言葉には嫌悪感を感じる。
しかし「人を人として扱わない」というのは、現代でも意外と多い。

猫の存在

猫どもは気儘にここと外を行き来している。
ここで働いていた頃は、奴らのお陰で、随分仕事の辛さが紛れたものです。

岩塩鉱の奥深くで働いていた(奴隷ではない)時の思い出。
職場でも猫や動物などがいると、和やかな雰囲気になる時がある。
効率は悪くなるのだが、何故か「この子」を中心に輪ができることが多い。
人でもこんな雰囲気の存在がいる。いるといないで空気自体が変わる人。
例え仕事が出来なくても、存在の意味を考えて辞めさすのはもったい。

とらえどころのないもの

幽霊が恐ろしいのは、とらえどころがないからでしょう?
幽霊に身体があって、捕まえることができるなら、きっと誰も怖がらないわ。
病も同じよ。実体を?まえることができたら、対処する方法を探ることができる。

ホッサルのパートナーであるミラルが話したこと。
幽霊を怖がる人は多くても、幽霊から何かをされたという人は少数です。
「分からないから怖い」という感覚は面白い。

出会い

怖いわよ、そりゃ。でも、伝説の敵。
しかも、言い伝えではなくて、この手で触れられる身体を持った敵に、ようやく出会えたんだもの。わくわくするわ。

聞き伝えだけで知っていた病気を発症した患者を見た時に、ミラルが話したこと。
感染症の治療は医者自身にもリスクがある。
それでもリスクよりも好奇心の方がまさる感覚が、多くの治療法を見つける原動力になる。
ただこの好奇心が、変な方向に向かうことだけは注意したい。

私らの領分

わしらが見逃す獲物があるから、山は生き続けておるんぞってねぇ。

ある村では狩りの時、いろいろな決まりにより制限していた。
自然と生きるものは、「壊して終わり」というわけにはいかない。
あえて非効率なことをして、双方を守るという考え方は聞くべきものがある。

探索

探索は水物ですよ。春まで待てば状況が変わってしまうかもしれません。

ヴァンを追っている追跡者のサエが話したこと。
冬の探索が困難だからといって春まで待っていたら、探索自体が困難になる。
待つは「あきらめる」と同意語。
探索のエキスパートにとって、それは許せないことなのだろう。

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飛鹿乗り

むかし、父が言っていた。
どう言い繕おうと、おれたちは飛鹿を自分たちの都合で使っているのだと。

身を隠している家族が飼っている飛鹿の状況の悪さに対して、ヴァンが考えたこと。
「動物と絆を結んでいる」と言っても、客観的に見れば利用している現実は間違いない。
それを悪く言うつもりはない。
その現実を理解して、出来る限りのことを行うという姿勢を守ればいい。

自然の摂理

オタワル人は、この世に勝ち負けはないと思っているよ。
食われるのであれば、巧く食われればよい。食われた物が、食った者の身体となるのだから。

オタワル人であるミラルが話したこと。
実際の食するという行為自体では無く、人も自然の一部という考え方。
また国家間においても国が全てではなく、負けてもその中で生きれば良いという考えにもつながっている。
永久に残る国も組織もないのだから、勝つことが全てではないのかもしれない。

医者の立場

私の信念としては、絶対、という言葉は使いたくないのですが、残念ながら、そうです。
いまの私は、まだその手立てをもちません。

治療法が確率していない病に対して、ホッサルが話したこと。
医者として「絶対に治る」とも「絶対に治せない」とも言えません。
医者が出来ことは、可能性を上げることだけだと考えている。
しかし患者の立場として、確証が欲しい気持ちは分かります。
この時、医者の立場として本当のことしか言わないのか、それとも嘘でも希望を持たせるのが良いのか私には分かりません。

ホッサルの考え

しかし、私は、その途方もなく大いなるものの前で、立ち尽くす気はありません。
そのすべてを「神々の領域」と名付けて納得し、触れずに目をつぶる気もちになれないのです。

医者としてのホッサルの考え方。
病気の原因というのは、現在の化学を使ってなら分かるかもしれません。
しかし基本的に見えないもの。
昔は祟りやバチが当たったなど、不可思議なものと考えてもおかしくはない。
ただすべてを解明することが正しいのかは、私には分かりません。

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臆病者

打てる手は、すべて打っておきたいのです。私は臆病者ですから。

解明できていない病気に対して、ホッサルが話したこと。
「臆病者」というのは多くの場合、悪い意味で捉えます。
しかし臆病だからこそ、いろいろな考えをして注意していく。
臆病だからこそ知恵が生まれる。

人の身体

身体とは何か。生命とは何か。人の身体を見るたびに、それを思わずにいられない。

患者を前にしてホッサルが話したこと。
確かに人の身体は凄い。
数え切れないほどの細胞からなり、血管の総長さは地球2周半ぐらいあると言われている。
脳の記憶力もとんでもない。
病気にかかれば身体が自己防御しようと努力していますし、少しの傷なら再生する。
本当に人の身体とは不思議なものです。

人にとっての現実

時も、覚えていることすらも、病が変えてしまうのなら、人にとっての現実ってなんなのだろうな。

ホッサルが病で記憶があいまいになっている義母を見て思ったこと。
現代における「痴呆症」にあたるだろう。
私は本当の症状を知らないが、忘れるという現実を前にすると「今までは何だったんだろう?」と思わずにいられない。

病にかかること

人が犯した罪ゆえに病に罹るのであれば...
そんなことがあるのなら、この世はとうの昔に楽園になっている。
病に情けはない。善悪も関係ない。だからこそ恐ろしいのだ。

病に対するホッサルの嘆きになります。本当にその通り。
日頃から良いことを心がけて健康に注意していても、病になる時はある。
あくまで日頃のことは可能性を下げる程度でしかない。
しかも精神的な病は、良い行いをすることによるストレスで悪化する可能性すらある。
病に関しては、良くも悪くも平等という不公平がある。

鹿の王(下)

成し遂げたいこと

どれほど残虐なことをしてでも、成し遂げたいと思うことが、おれにはあるんだよ。

昔、自分の生活を奪われた男が話したこと。
人の恨みが重なると、このような感情をもつ者が出てくる。
よく言われることを改めて言えば、「だから人に恨まれることをしてはいけない」となるのですが、人は強い立場になるとこの当たり前のことを忘れてしまう。
世の中に強い人に対して強く、弱い人に優しい人などどれほどいるだろうか?

不公平

運命の不公平を思ったことがあるか?
おれがあのとき知りたかったのは、それだった。

先程と同じ男の言葉であり、弱き氏族に生まれた嘆きになる。
生まれの環境を打破することは可能だが、困難なのは事実。
立場それぞれに苦労はあるが、選ぶことが出来る立場に生まれたかった、というのは誰もが思うこと。
不公平を怒り、そして嘆くことは簡単です。
しかし打開する唯一の方法は、まず立場を受け入れることから始めるという原則は忘れてはいけない。

均衡という平和

長い戦を経て...多くの血を流して、ようやく得た均衡ですから。

無謀な行動をヴァンに問われたサエが話したこと。
今も昔も世界は微妙なバランスの上に成り立っている。
平和などというものは、キッカケさえあれば簡単に壊れてしまう。
物語の世界も長い戦乱の後、勝敗はあったにせよ均衡という平和の上に成り立っている。
それを壊す者は許せないという、サエの強い気持ちの現われといえる。

小さな褒美

そんなことを話すと、サエは小さく声をたてて笑った。
物静かなこの人が笑うと、なんとなく、小さな褒美をもらったような気分になる。

サエを見ている時のヴァンの心の声。
この感覚は私にはよくわかりますが、人によってはイライラするのでしょうか?

忘れること

虚しいことですけど...救いでもあるんでしょうね、忘れられる、ということは。

過去を振り返った時にサエが話したこと。
思い出したくないことを忘れることが出来るのは、人として必要なこと。
もし忘れることが出来なければ、頭を抱える毎日になりそう。

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苛立ち

そんなこと、おれに聞くな。この状態で推測を重ねたところで、なんの意味もない。
動きが起きたら、その都度判断するしかないだろ。

捕らえられ従者から今後を聞かれた時に、ホッサルが叫んだこと。
不慮の事態に対して、推測と今後の可能性から考慮した対策を考えるのは意味がある。
そのためホッサルは本音というより、苛立ちから発言を封じたという方が正しい。
ホッサルは医者としての技術と知識は凄い。
しかしそれ以外では「いいとこの子」のイメージがついてまわる。

後悔

落ち着け。後悔なんぞしてる暇はない。どうすればいいか、考えろ。

自分の判断ミスによる問題に対して、動揺しているホッサルが感じていること。
問題が起こった場合、反省や後悔に振り回されて動けないことがある。
しかし、その自分への責めは解決につながらない。
厳しい言い方をすれば後悔により自分を責めるのは、人から責められることに対しての守りでしかない。

人の違い

人の身体は、ひとりひとり違う。あきれるほど同じだが、あきれるほど違うんだ。

ヴァンに対してホッサルが話したこと。
人の身体は男女の違いはあれど基本的に同じ機能を持っている。
しかし人それぞれ、各部の大きさから能力まで全て異なる。
「同じだが違う」という不思議を感じるばかりです。

辺境の民

辺境の民にとって、なにより大切なのは自分たちの故郷で営む平穏な暮らしだ。
それさえ守れるのであれば、王国の統治者が誰であろうとも、故郷の存亡をかけるほどの大事とは思わない。

現在、過疎化が進んでいる地域の問題と直結することと考えている。
コストとか利便性ではなく、「今いる場所での穏やかな暮らし」こそが希望なのでしょう。
そのような人に、「まとまって住んだほうが効率的」と話しても、受け入れられるのは困難。
それを権利だと考えるのか、わがままと考えるのかは世代によって異なるという点がさらに問題を難しくしてく。

小さな民の夢

ひとつの小さな民の夢が密やかに燃えて、密やかに消された。それだけだ。

力が強い者によって弱い者の存在が消えて無くなった。よくある歴史の繰り返し。

処罰

処罰というのは、処罰を受ける側からみても、どこかで納得できるものでなくてはならぬ。

処罰による恨みを残さないようにするためだと考えている。
有名なハムラビ法典にある「目には目を歯には歯を」ですが、これは「同罪で許す」という風にも取ることが出来る。
交通事故による不可抗力がある場合は判断が難しいですが、同罪で恨みを持つとしたら、それは本人や周りの関係者に問題がある。

そうかもしれん。だが、隙が生じるのは、有り得ぬと思ったときだ。

人の思い込みの怖さをヴァンが語っている。
逆に言えば、有り得ぬと相手に思わせれば勝てるということ。

悔い

人というのは哀しいもので、なにをやっても、どこかに悔いが残るもんだ。

ヴァンが自分を責めているサエに対して話したこと。
この哀しいような悔いが残る人と残らない人、どちらが好ましいのでしょうか?

才能

才というのは残酷なものだ。ときに死地にその者を押しだす。
そんな才を持って生まれなければ、己の命を全うできただろうに、なんと、哀しい奴じゃないか、と。

昔、ヴァンが父から聞いたこと。
これは能力だけではなく、性格により強く影響されると考える。
現在においても、救助に向かい被害にあわれる方はたくさんいる。
尊敬すべき行為だが、「なぜ?」という哀しみも周りの人に与えます。
このことについての良否は私には判断できない。

医術のため

言い訳は、いくらでも見つかる。理屈は、いくらでもつけられる。
医術のため、後に人を救うためである、と思うことができれば。

医者としての行為について、ホッサルの苦悩になる。
これは自分がどの立場なのかによって、意見が別れると考える。
それぞれが正しく、それぞれに間違いはあるとも考えている。
しかし進歩に犠牲が伴った事実は覚えておきたい。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 
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