「海の見える理髪店(荻原浩)」の名言・台詞まとめ

「海の見える理髪店(荻原浩)」より名言・台詞をまとめていきます。

 

海の見える理髪店

ここに店を移して十五年になります。

なぜこんなところに、とみなさんおっしゃいますが、私は気に入っておりまして。一人で切りもりできて、お客さまをお待たせしない店が理想でしたのでね。
(本作の書き出し)

 

店の名を示すものは何もなく、上半分がガラスの木製ドアに、営業中という小さな札だけがさがっていた。

 

長くやってるってだけの年寄りの店を面白がって、遠くから来てくださるお客さまがいらっしゃるのは、まぁ、ありがたいことです。

 

そうそう、この蒸しタオルの、毛穴のひとつひとつにしみ入る熱さが床屋の醍醐味だったっけ。久しく忘れていた懐かしい感触だ。

 

長年この商売をやっていて私、つくづく思うのです。転機に髪を切るのは女性の専売特許ではなくて、男も同じだと。

 

嬉しいご注文ですね。床屋冥利につきます。ですが、お任せいただくなんて、とんでもない。ちゃんとご相談のうえで切らせていただきます。

 

男の髪というのは仕事の柄によって変えるべきだと私は思うのです。お顔だちや服装にだけでなく、日々の仕事にも髪型を合わせるべきではないでしょうか。

 

たいていの方は、なぜか、わざわざご自分に似合わない髪型をご希望になるのです。

こうありたい自分と、現実の自分というのは、往々にして別ものなのでしょうねぇ。ちゃんと鏡に映っているんですけれど。

 

いえいえ、毎日忙しくされているなら成功ですよ。

 

仕事っていうのは、つまるところ、人の気持ちを考えることではないかと私は思うのです。

お客さまの気持ちを考える。一緒に仕事をしている人間の気持ちを考える。床屋にしろどんな店にしろ会社員にしても、それは変わらないと思うのです。

 

昔の父親は、子どもに可愛いだの、期待しているだのなんて、金輪際言ってくれないものです。

でも、人さまには負けたくなくても、息子にだけは負けてもいい、心の中じゃそんなことを思っているものなんですよ、いや、ほんとに。

 

親父には、話術も床屋の腕のひとつだと教えられました。いえ、直接言われたわけではありません。背中で教えられたんです。

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私ら古い床屋は、東から昇ったおてんとさまが、この先もずっと西に沈むと信じきっていて、世間の流れから目を背けていたのかもしれません。

 

従業員をクビにするぐらいなら、店を畳もうかと考えていました。

従業員思いだったわけじゃありません。理容椅子を三つ揃えた老舗の三代目のただの見栄ですよ。落ち目だと笑われることが怖かったんです。

 

仕事がうまくいかない時というのは、私生活もだめになるものです。

 

ですが、お客さま。後学のためと思って聞いてください。無口でおとなしい女ほど恐ろしいものはありませんよ。

 

十何年いっしょに暮らしていても、私とあれは、鏡の向こうとこちらにいただけだったんですね、きっと。手を伸ばしあっても、じつは逆の手だから握手もできない。

 

どうせなら最後に、自分の理想だと思える店を構えて、ひと勝負しようと考えたのです。

 

ええ、私、いろんな方を見てきました。ずっと、鏡ごしに。

 

周りからは、調髪の達人だの、経営手腕があるだのと、ちやほやされはじめまして。こういう時ほど頭を垂れるべきなのに、私、すっかり勘違いしてしまったのです。

 

銀座に二号店を出したのは、四十八の時でした。事業欲というと聞こえはいいですが、たぶん欲しかったのは「箔」でした。薄っぺらな金箔です。

 

お客さまも先々、事業を広げられるなら、くれぐれもご注意を。どんなに会社を大きくされても、社訓じゃなく初心を飾ってください。

 

ただし、いい時というのは、長くは続かないから、いい時なのでして。

 

きっと私はなんでも鏡越しに見ていたんだと思います。真正面から向き合うとつらいから。

 

それでつくづく思ったのです。私にはやっぱり床屋しかないと。

 

最初は看板も何も出していませんでした。お客さまが誰も来なくても、自分が床屋でありさえすれば、それで良かったのです。

 

床屋は大きな鏡の前に立つ仕事です。お客さまに常に姿を見られる商売です。それがつらかったんです。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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海の見える理髪店 (集英社文庫)