「八日目の蟬(角田光代)」の名言・台詞をまとめていきます。
八日目の蟬
0章
何をしようってわけじゃない。ただ、見るだけだ。あの人の赤ん坊を見るだけ。これで終わり。すべて終わりにする。(野々宮希和子、0章及び1章の無記入全て)
私はこの子を知っている。そしてこの子も私を知っている。
1章
私にはなんの悩みも問題もなく、満ち足りていて、考えることといったら夕飯の献立だけ。
いや、錯覚じゃないと私は思ってみる。錯覚じゃない。これが現実だ。
もうひとりの私が、どこが違う、おんなじじゃないかとささやき続ける。
どこが違う、犯罪じゃないか、と。
なんという幸福。あの人といちばんうまくいっていたときだって、こんな気持ちは得られなかった。
私の目からも涙がこぼれる。馬鹿みたい、泣いたってしかたないのに。
新聞に印刷された文字をくりかえし読めば読むほど、遠くで起きているできごとのような感じがする。
ここにいる私と薫には、まったく関係のないできごと。だってこの子は薫であって「恵理菜」なんかじゃない。そう思いたいからなのか、それとも私から何かが欠落してしまったのか。
空っぽのがらんどうという言葉だけは、しかたないと受け入れる気持ちにはなれなかった。
でも、今考えれば本当のことだ。私はもう何も生み出すことはできない。
「美貌もお金も、平穏も結婚の保証も、それから未来も、みんな手段だと思わない? その手段の先にある、本当にあなたが欲しているものの正体を考えてみようよ」(サライ)
嘘でも本当でも、自分の話をだれかに聞いてもらい大声で泣くことは、奇妙な心地よさがあった。みんなそれに酔っていたのかもしれない。
「薫と私に必要なのはお金ではなくて苦しみのない世界ですから」
ずっと長いあいだ、何を捨てても手に入れたかったもの、生活。私の子どもとのちいさな生活。
ときどき涙があふれてくる。薫に嘘をつかせるほどさみしい思いをさせていることがたまらなくなる。
この平穏な日々はいつまで続くのだろう。毎夜私は考える。そんなにうまくいくはずがないと思う日と、いつまでも続くに決まっている、私と薫は何ものかに強く守られているのだからと確信するように思うときもある。
もし、二手に分かれる道の真ん中に立たされて、どちらにいくかと神さまに訊かれたら、私はきっと、幸も不幸も関係なく、罪も罰も関係なく、その先に薫がいる道を躊躇なく選ぶだろう。何度くりかえしてもそうするだろう。
ここにいたい。ここで暮らしたい。しかしたぶん、それはもうかなわないと、直感が告げる。
泣くこともできないくらい、こわかった。人や景色ばかりじゃない、においも、色も、知っているものがすべて消えてしまったから。
このときのことは、今までだれにも話したことがない。(秋山恵理菜)
2章
知らないことを知り、忘れたことを思い出してなんになる。(恵理菜、2章の無記入全て)
見た覚えがないのに、本で読んで見たような気になっていることもある。それでもやはり、誘拐犯に育てられた子どもと、今ここにいる私とのあいだに、つながる線は見つからない。
だれかをうんと愛したとき、きっと私も「あの人」のような行動に出るのではないか。その考えに私は心の底から恐怖を覚える。
今思えば、あのとき、父も母も、妹も、突然の私の出現にとまどっていた。もちろん母の涙は本物だろう、私が帰ってきて彼らは心から喜んでいただろう、しかしその喜びとは別のところで、突然あらわれた娘をどのように扱っていいのかわかりかねていたのはたしかだった。
今考えればおかしなことだが、私はさらわれたのだと思った。悪い人にさらわれて戻ってきたのではなく、今、悪い人にさらわれているのだと。
私のいる場所はもうここしかないのかもしれない。その日、アパートに連れ戻された私はようやく理解しはじめた。
でも、今ならわかる。もちろん全部はわからない。
ただひとつだけ、嘘ばかりつく、女にだらしのない、なんにも決められない人でも、好きになってしまうこともある、ということはわかる。わかる自分に心底嫌悪を覚えるとしても。
「結局、やってることはあの女とおんなじ。馬鹿だなあって思うでしょ。自分でも思うよ」
「もし、七日で死ぬって決まってるのに死ななかった蟬がいたとしたら、仲間はみんな死んじゃったのに自分だけ生き残っちゃったとしたら、そのほうがかなしいよね」
それから私が考えたことはひとつだけだった。あの事件とまったく無関係の場所に連れていってくれるのは、ほかのだれでもない、自分だけ。
「子どもの父親はだれって訊きたいの?」
「父親はね、おとうさん、あなたみたいな人だよ。父親になってくれない人だよ」
八日目の蟬は、ほかの蟬には見られなかったものを見られるんだから。見たくないって思うかもしれないけど、でも、ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどにひどいものばかりでもないと思うよ。(安藤千草)
まだ生きていけるかもしれない。いや、まだ生きるしかないんだろう。(希和子)
最後まで読んで頂きありがとうございました。