「嫌われる勇気(岸見一郎)」の名言まとめました

「嫌われる勇気(岸見一郎、古賀史健)」より名言をまとめていきます。

嫌われる勇気

問題

問題は世界がどうであるかではなく、あなたがどうであるか、なのです。

人は今の状況の悪さを環境のせいにする。
親が、学校が、会社が、政治がなど。
確かにそれもゼロではない。しかしその中でも上手くいく人はいる。
環境は絶対的な理由にならない。

原因と目的

アドラー心理学では、過去の「原因」ではなく、いまの「目的」を考えます。
われわれは原因論の住人であり続けるかぎり、一歩も前に進めません。

原因論とは、過去の何かによって今が決まるという考え方。
例えば「いじめという原因があったから、不登校になった」など。
目的論では「不登校をするために、いじめを理由にしている」となる。
今のいじめをなくして不登校を解消するのは困難である。
そうではなく「いじめ」を解消しなくてもいい方法とは?
それは不登校を無くすために転校する、もしくは学校自体に行かなくてもいいようなスタイルを考える、というのが好ましい。
少し大げさだが、原因を取り除くのはそれほど難しい。

第一歩

変わることの第一歩は、知ることにあります。

この「知る」とは、アドラー心理学はもちろん、自分や他人を含む世界と考えている。
人は意外と自分を知らない。そして自分の価値はもっと知らない。
相手が自分をどう見ているかも知らない。もしくは知っていても表面だけ。
対人関係に限らず、知ることは全ての始まりかもしれない。

変わらない

あなたが変われないでいるのは、自らに対して「変わらない」という決心を下しているからなのです。
多少の不満や不自由があったとしても、いまのままでいたほうが楽なのです。

「変わりたい」と考えている人は多いが、「変われる」人は少ない。
その理由がこれ。
ダイエットで考えると分かりやすい。
痩せたいとは考える。
しかし努力して痩せるより、楽して太ってる方が楽である。
変わることはリスクでもある。

もしも?

「もしも何々だったら」と可能性のなかに生きているうちは、変わることなどできません。

もしも痩せたら結婚できるのに。
もしももう少しお金があったら幸せになれるのに。
このように考えている人は多い。しかしそのための努力はしていない。
妄想は、しょせん妄想に過ぎない。

悩み

人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである。

アドラー心理学の基本的な考え方。
人は比較する生き物です。
収入や美醜の悩みなども絶対的なものではなく、比較の上での悩みに過ぎない。
比較しなければいいのだが、それが一番難しい。

自慢話

もしも自慢する人がいるとすれば、それは劣等感を感じているからにすぎない。

過去の自慢話をする人は、今の自慢話が少ないもしくは無い。
そんな人は「残念な人」と思って優しく接しましょう。
間違っても「劣等感を持っていますね」などとは言わないように。

不幸と特別

不幸であることによって「特別」であろうとし、不幸であるという一点において、人の上に立とうとします。

自慢話と同じように、不幸話も劣等感の現れになる。
楽しい失敗話ならいいが、笑えずに同情をさそう不幸話がある。
これも同情を引くことによって人を支配しようとしている。
この話を聞いても無視する人を攻撃したりする。もしくは周りに攻撃させる。
あまり近づきたくない人である。

人生の嘘

さまざまな口実を設けて人生のタスクを回避しようとする事態を指して「人生の嘘」と呼びます。

タスクとは「したいこと」、もしくは「なりたいもの」と考えて下さい。
よくある話です。理由を付けて挑戦しない状態。
「何々だから出来ない」、もしくは「出来るけどしない」
これらの全ては「出来ない自分を他人に知られたくない」に集約できるとアドラー心理学では考えられている。

期待

われわれは「他者の期待を満たすために生きているのではない」

多くの人は子供時代、親の期待にさらされる。
小学校や中学校の受験などは「子供のため」という名目で、ほとんどが「親のメンツ」と言って間違いない。
自主的に受験をしたいと考える子供は少ない。
親が喜ぶから努力しているのがほとんどだろう。
その結果、受験に失敗した場合、自分自身を否定することになる。
親にとっての「子供のため」ほど身勝手な話はない。

困難

困難に直面することを教えられなかった子どもたちは、あらゆる困難を避けようとするだろう。

過保護な親を想像すると分かりやすい。
もしくは、おせっかいな親でもいい。
間違ってはいけないのが、強制した困難とは違うことだ。
先程の受験などは強制した困難に当たる。
ここで言うのは、子どもが苦労しながら何かをしている時、待つことをせずに手を出してしまう親のこと。
例えば、カッターを上手く使えず、また危なっかしい時に手伝うこと。
安全な方法を教えるのはいい。しかし取り上げて自分がするのは良くない。
多少ならケガをしてもいいぐらいの気持ちの方がいい。
痛さを知ることにより安全の大切さを知ることになる。
過保護は親の自己満足。

自由

他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを怖れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫くことはできない。
つまり、自由になれないのです。

人は他人の評価を気にする。
人は誰かに嫌われることを怖れる。
人は誰かに認めてほしい。
しかしそれを気にしていては自分の自由はない、と語っている。
ただし「嫌われろ」と言っている訳ではない。
自由のためには「嫌われても仕方がない」と言っている。

スポンサーリンク

関連記事&スポンサーリンク