「嫌われる勇気」の名言まとめました

「嫌われる勇気(岸見一郎、古賀史健)」より名言をまとめていきます。

フロイトやユングと並ぶアルフレッド・アドラーの心理学。
難しい心理学を鉄人と青年の会話より、優しく解説している。
タイトルにある、「嫌われる勇気」とは?
対人関係に悩む人、必見です。

問題

問題は世界がどうであるかではなく、あなたがどうであるか、なのです。

人は今の状況の悪さを、環境のせいにする。
親が、学校が、会社が、政治がなどである。
確かにそれもゼロではない。しかしその中でも、上手くいく人はいる。
環境は絶対的な理由にならない。

原因と目的

アドラー心理学では、過去の「原因」ではなく、いまの「目的」を考えます。

われわれは原因論の住人であり続けるかぎり、一歩も前に進めません。

原因論とは、過去の何かによって今が決まるという考え方。
例えば、「いじめという原因がにあったから、不登校になった」など。
目的論では、「不登校をするために、いじめを理由にしている」となる。
今のいじめをなくして、不登校を解消するのは困難である。
そうではなく、「いじめ」を解消しなくてもいい方法とは?
それは不登校を無くすために転校する、もしくは学校自体にいかなくてもいいようなスタイルを考える、というのが好ましい。
少し大げさだが、原因を取り除くのは、それほど難しい。

第一歩

変わることの第一歩は、知ることにあります。

この「知る」とは、アドラー心理学はもちろん、自分や他人を含む世界と考えている。
人は意外と自分を知らない。そして自分の価値はもっと知らない。
相手が自分をどう見ているかも知らない。もしくは知っていても表面だけ。
対人関係に限らず、知ることは全ての始まりかもしれない。

変わらない

あなたが変われないでいるのは、自らに対して「変わらない」という決心を下しているからなのです。

多少の不満や不自由があったとしても、いまのままでいたほうが楽なのです。

「変わりたい」と考えている人は多いが、「変われる」人は少ない。
その理由がこれになる。
ダイエットで考えると分かりやすいだろう。
痩せたいとは考える。
しかし努力して痩せるより、楽して太ってる方が楽である。
変わることはリスクでもある。

もしも?

「もしも何々だったら」と可能性のなかに生きているうちは、変わることなどできません。

もしも痩せたら結婚できるのに。
もしももう少しお金があったら、幸せになれるのに。
このように考えている人は多い。しかしそのための努力はしていない。
妄想は、しょせん妄想に過ぎない。

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悩み

人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである。

アドラー心理学の基本的な考えになります。
人は比較する生き物です。
収入や美醜の悩みなども絶対的なものではなく、比較の上での悩みになる。
比較しなければいいのだが、それが一番難しい。

自慢話

もしも自慢する人がいるとすれば、それは劣等感を感じているからにすぎない。

過去の自慢話をする人は、今の自慢話が少ないもしくは無い。
そんな人は「残念な人」と思って、優しく接しましょう。
間違っても、「劣等感を持っていますね」などとは言わないように。

不幸と特別

不幸であることによって「特別」であろうとし、不幸であるという一点において、人の上に立とうとします。

自慢話と同じように、不幸話も劣等感の現れとなる。
楽しい失敗話ならいいが、笑えずに同情をさそう不幸話がある。
これも同情を引くことによって、人を支配しようとしている。
この話を聞いても無視する人を攻撃したりする。もしくは周りに攻撃させる。
あまり近づきたくない人である。

人生の嘘

さまざまな口実を設けて人生のタスクを回避しようとする事態を指して「人生の嘘」と呼びます。

タスクとは「したいこと」、もしくは「なりたいもの」と考えて下さい。
よくある話です。理由を付けて挑戦しない状態。
「何々だからできない」、もしくは「できるけどしない」
これらの全ては、「出来ない自分を他人に知られたくない」に集約できるとアドラー心理学では考えられている。

期待

われわれは「他者の期待を満たすために生きているのではない」

多くの人は子供時代に、親の期待にさらされる。
小学校や中学校の受験などは、「子供のため」という名目でほとんどが「親のメンツ」と言って間違いない。
自主的に受験をしたいと考える子供は少ない。
親が喜ぶから努力しているのがほとんどだろう。
その結果、受験に失敗した場合、自分自身を否定することになる。
親にとっての「子供のため」ほど、身勝手な話はない。

困難

困難に直面することを教えられなかった子どもたちは、あらゆる困難を避けようとするだろう。

過保護な親を想像すると分かりやすい。
もしくは、おせっかいな親でもいい。
間違ってはいけないのが、強制した困難とは違うことだ。
先程の受験などは、強制した困難に当たる。
ここで言うのは、子どもが苦労しながら何かをしている時、待つことをせずに手を出してしまう親のこと。
例えば、カッターを上手く使えず、また危なっかしい時に手伝うこと。
安全な方法を教えるのはいい。しかし取り上げて、自分がするのは良くない。
多少なら、ケガをしてもいいぐらいの気持ちのほうがいいだろう。
痛さを知ることにより、安全の大切さを知ることになる。
過保護は親の自己満足。

自由

他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを怖れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫くことはできない。
つまり、自由になれないのです。

人は他人の評価を気にする。
人は誰かに嫌われることを怖れる。
人は誰かに認めてほしい。
しかしそれを気にしていては自分の自由はない、と語っている。
ただし、「嫌われろ」と言っている訳ではない。
自由のためには、「嫌われても仕方がない」と言っている。

勇気

幸せになる勇気には、「嫌われる勇気」も含まれます。
その勇気を持ちえたとき、あなたの対人関係は一気に軽いものへと変わるでしょう。

タイトルにつながる「嫌われる勇気」が出てきました。
嫌われないようにビクビクしていても、嫌われる時は嫌われる。
またビクビクした言葉は、自分のではなく相手に合わせた言葉。
そこに自分の自由はない。「優しさ」とも取れるが、「怖れ」のほうが大きいだろう。
やはり、「勇気が足りない」となる。

評価と価値

いちばん大切なのは、他者を「評価」しない、ということです。

人は、自分に価値があると思えたときだけ、勇気を持てる。

このあたりの理解が非常に難しい。
アドラー心理学では、相手を褒めることを否定している。
褒めるのは「上から目線」という発想から来ている。
褒めるのではなく、「感謝する」ことを重視している。
「ありがとう」などの感謝の言葉を伝えるのが良いとなる。
その言葉を聞いた相手は、「自分の価値」を信じることが出来、そして勇気を持てる。
褒め言葉には、失敗時の叱責がついてくる。
しかし感謝の言葉には、成功も失敗も無い。

最大の不幸

人間にとって最大の不幸は、自分を好きになれないことです。

自己評価の高い人にとって、「自分が嫌い」は理解できないだろう。
逆に自己評価の低い人にとって、「自分が好き」など理解できないだろう。
自分を嫌ってはいけないことぐらい、誰だって知っている。
しかし知っているのと出来ることには、どれほどの開きがあるだろうか。

普通

普通であることとは、無能なのではありません。
わざわざ自らの優越性を誇示する必要などないのです。

普通であること、もしくは劣っていることについて、人は自己嫌悪する。
しかしアドラー心理学では、それも全て受け入れることの大切さを訴えている。
「普通でもいい、劣っててもいい」という思想です。
本当に誰も気にしてないのは分かってても、気になりますよね。

いま、ここ

われわれはもっと「いま、ここ」だけを真剣に生きるべきなのです。

人生における最大の嘘、それは「いま、ここ」を生きないことです。

人は過去の出来事を気にして、心が折れることがある。
人は未来を想像して、心が折れることがある。そして、今を大切にしないことが多い。
過去も未来も気にせずに、今だけを大切にする。
それこそが過去に囚われず、未来の幸せのために必要なことになる。

感想

アドラー心理学とは、今の目的を大切にする。
そして過去の原因を関係しない、もしくは存在しないと考えます。
人は過去の原因を理由にするが、それは言い訳に過ぎない。
このことからアドラー心理学には反発も多く、そして厳しいと言われている。
しかし人に優しい思想でもある。
自分に自信のない人に必見の一冊です。

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嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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