「羅生門(芥川龍之介)」の名言・台詞まとめ

「羅生門(芥川龍之介)」の名言・台詞をまとめていきます。

 

羅生門

或日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。
広い門の下には、この男の他に外に誰もいない。
(本作の書き出し)

 

洛中がその始末であるから、羅生門の修理などは、元より誰も捨てて顧る者がなかった。するとその荒れ果てたのをよい事にして、狐狸が棲む。盗人が棲む。

 

今この下人が、永年、使われていた主人から、暇を出されたのも、実はこの衰微の小さな余波に外ならない。

だから「下人が雨やみを待っていた」と云うよりも「雨にふりこめられた下人が、行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、適当である。

 

云わば、どうにもならない事を、どうにかしようとして、とりとめもない考えをたどりながら、さっきから朱雀大路にふる雨の音を、聞くともなく聞いていたのである。

 

どうにもならない事を、どうにかする為には、手段を選んでいる遑はない。選んでいれば、築土の下か、道ばたの土の上で、餓死をするばかりである。

 

下人は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつける為に、当然、その後に来る可き「盗人になるより外に仕方がない」と云う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。

 

上なら、人がいたにしても、どうせ死人ばかりである。

 

この雨の夜に、この羅生門の上で、火をともしているからには、どうせ唯の者ではない。

 

下人は、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、暫時は呼吸をするのさえ忘れていた。旧記の記者の語を借りれば、「頭身の毛も太る」ように感じたのである。

 

いや、この老婆に対すると云っては、語弊があるかも知れない。寧、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に強さを増して来たのである。

この時、誰かがこの下人に、さっき門の下でこの男が考えていた、餓死をするか盗人になるかと云う問題を、改めて持出したら、恐らく下人は、何の未練もなく、餓死を選んだ事であろう。

 

下人にとっては、この雨の夜に、この羅生門の上で、死人の髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に許す可らざる悪であった。

勿論、下人は、さっきまで、自分が、盗人になる気でいた事なぞは、とうに忘れているのである。

 

下人は始めて明白に、この老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されていると云う事を意識した。そうしてこの意識は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、何時の間にか冷ましてしまった。

後に残ったのは、唯、或仕事をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。

 

下人は、老婆の答が存外、平凡なのに失望した。そうして失望すると同時に、又前の憎悪が、冷な侮蔑と一しょに、心の中へはいって来た。

 

「わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。せねば、餓死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。されば、今又、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ」

 

「じゃて、その仕方がない事を、よく知っていた女は、大方わしのする事も大目に見てくれるであろう」

 

これを聞いている中に、下人の心には、或勇気が生まれて来た。それは、さっき門の下で、この男には欠けていた勇気である。全然、反対な方向に動こうとする勇気である。

 

下人は、餓死するか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。その時の、この男の心もちから云えば、餓死などと云う事は、殆、考える事さえ出来ない程、意識の外に追い出されていた。

 

「では、己が引剥しようと恨むまいな。己もそうしなければ、餓死をする体なのだ」

 

外には、唯、黒洞々たる夜があるばかりである。
下人の行方は、誰も知らない。
(本作のラスト)

 

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