「蜜柑(芥川龍之介)」の名言まとめました

「蜜柑(芥川龍之介)」の名言をまとめていきます。

 

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蜜柑

或曇った冬の日暮である。私は横須賀発上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり発車の笛を待っていた。とうに電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乗客はいなかった。
(本作の書き出し)

 

私の頭の中には云いようのない疲労と倦怠とが、まるで雪曇りの空のようなどんよりした影を落としていた。

私は外套のポッケットへじっと両手をつっこんだまま、そこにはいっている夕刊を出して見ようと云う元気さえ起こらなかった。

 

一つずしりと揺れて、徐に汽車は動き出した。一本ずつ眼をくぎって行くプラットフォオムの柱、置き忘れたような運水車、それから車内の誰かに祝儀の礼を云っている赤帽。

そう云うすべては、窓へ吹きつける煤煙の中に未練がましく後へ倒れて行った。

私はこの小娘の下品な顔だちを好まなかった。それから彼女の服装が不潔なのもやはり不快だった。最後にその二等と三等との区別さえも弁えない愚鈍な心が腹立たしかった。

 

電燈の光に照らされた夕刊の紙面を見渡しても、やはり私の憂鬱を慰むべく、世間は余りに平凡な出来事ばかりで持ち切っていた。

 

その間も勿論あの小娘が、あたかも卑俗な現実を人間にしたような面持ちで、私の前に坐っている事を絶えず意識せずにはいられなかった。

 

その理由が私には呑みこめなかった。いや、それが私には、単にこの小娘の気まぐれだとしか考えられなかった。

 

その時その蕭索とした踏切りの柵の向うに、私は頬の赤い三人の男の子が、目白押しに並んで立っているのを見た。

彼等は皆、この曇天に押しすくめられたかと思う程、揃って背が低かった。

 

窓から半身を乗り出していた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢よく左右に振ったと思うと、忽ち心を踊らすばかり暖な日の色に染まっている蜜柑が凡そ五つ六つ、汽車を見送った子供たちの上へばらばらと空から降って来た。

 

私は思わず息を呑んだ。そうして刹那に一切を了解した。

 

暮色を帯びた町はずれの踏切りと、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱落する鮮な蜜柑の色と──すべては汽車の窓の外に瞬く暇もなく通り過ぎた。

が、私の心の上には、切ない程はっきりと、この光景が焼きつけられた。

 

私はこの時始めて、云いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、退屈な人生を僅かに忘れる事が出来たのである。
(本作のラスト)

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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