「風の歌を聴け」の名言まとめました

「風の歌を聴け(村上春樹)」より名言をまとめていきます。

1970年の夏、帰郷した「僕」が過ごしたひと夏の物語。
「鼠」と呼ばれる友人とビールを飲み、出会った女の子と親しくなる。
そんな普通の日常。そして時だけが過ぎ去っていく。
村上春樹さんのデビュー作です。

完璧な文章

完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。

デビュー作の書き出しの言葉になります。最初から世界観全開ですね。

正直な言葉

しかし、正直に語ることはひどくむずかしい。
僕が正直になろうとすればするほど、正確な言葉は闇の奥深くへ沈みこんでいく。

確かに正直に語ることは難しい。
「正直」を「本音」と考えると、自分にとっての本音は相手にとって都合の良いものではないですからね。

15年かけた結果

15年かけてぼくは実にいろいろなものを放り出してきた。
まるでエンジンの故障した飛行機が重量を減らすために荷物を放り出し、座席を放り出し、そして最後にはあわれなスチュワードを放りだすように、
15年の間僕はありとあらゆるものを放り出し、そのかわり殆ど何も身につけなかった。

まず放りだすためには、手に入れる必要がある。
色々なものを手に入れたけど結局手放し、そして何も残らなかった。
まあ生きていれば、ほとんどこれですけどね。

暗い心

暗い心を持つものは暗い夢しか見ない。もっと暗い心は夢さえも見ない。

なんか救いのない言葉ですね。けど理解できる自分がいる。

落とし穴

それが落とし穴だと気づいたのは、不幸なことにずっと後だった。
僕はノートのまん中に1本の線を引き、左側にその間に得たものを書き出し、右側に失ったものを書いた。
失ったもの、踏みにじったもの、とっくに見捨ててしまったもの、犠牲にしたもの、裏切ったもの。
僕はそれらを最後まで書き通すことはできなかった。

過去を振り返り同じことをしたら、私も最後まで書けないだろう。
とてもじゃないが、直視できない現実を思い出してしまう。
しかし紙に書き出す作業は、自分を振り返り、現実に戻す価値がある。

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芸術や文学を求めるには

もしあなたが芸術や文学を求めているならギリシャ人の書いたものを読めばいい。
真の芸術が生み出されるためには奴隷制度が必要不可欠だからだ。
古代ギリシャ人がそうであったように、奴隷が畑を耕し、食事を作り、船を漕ぎ、そしてその間に市民は地中海の太陽の下で詩作に耽り、数学に取り組む。
芸術とはそういったものだ。

ギリシアの奴隷制度とは、足かせをつけてムチで打たれながら働かせるのではない裕福な人が使用人を雇って、世話をしてもらっているイメージになる。
たしかに、「これを売って生活費にする」や「有名になりたい」などの欲が優先している芸術は劣っているかもしれない。
金でも名声でもなく、ただ自分の気持に従って制作するのが芸術かもしれない。
作られた芸術は無数にある。
しかし生み出されたといえるレベルの芸術は、現代においてどれほどあるだろうか?

金持ちについて

金持ちになるには少しばかり頭が要るけどね、金持ちであり続けるためには何も要らない。
人工衛星にガソリンが要らないのと同じさ。グルグルと同じところを回ってりゃいいんだよ。

必ずしもそうとは言えないが、有利であることは間違いない。
なぜならお金は額ではなく率で増えるから。
例えば10万円しかない人と、1億円持っている人ではどうだろうか?
どちらも1割アップさせることができた場合、一方は小遣いにしかならず、もう一方は生活が楽に出来る。
さらに増えたお金は、複利効果で更に増えていく。
お金持ちは安全策を取ってもお金を増やせる。
ここで言うように、「何も要らない」も間違いではない。

人の良い山羊について

昔ね、あるところにとても人の良い山羊がいたんだ。
山羊はいつも重い金時計を首から下げて、ふうふう言いながら歩き回ってたんだ。
ところがその時計はやたらに重いうえに壊れて動かなかった。
そこに友だちの兎がやってきてこう言った。
「ねえ山羊さん、なぜ君は動きもしない時計をいつもぶらさげているの?
重そうだし、役にもたたないじゃないか」ってさ。
「そりゃ重いさ」って山羊が言った。
「でもね、慣れちゃったんだ。時計が重いのにも、動かないのにもね」

これには軽いオチがありますが、それは伏せておく。
一見バカな山羊と笑うところだけど、多くの人が同じである。
特に会社勤めをしていますと「その会社のルール」や「その地域のルール」等に合わすことになり、一歩外から見れば異常とも言える光景がよく見える。
例えば東京で勤めている人には「通勤片道2時間」は普通かもしれない。
しかし東京以外では、かなり異常だ。
「残業100時間」も実際よく聞く話だが、これも慣らされただけで異常と言えるだろう。
個人が納得しているなら、止めろとは言わない。
しかし異常だという事実は認識しておきたい。

バーでの会話

「ねえ、悪いんだけど、小銭を貸していただけない?」
僕は肯いてポケットの小銭をあつめ、カウンターの上に並べた。
10円玉が全部で13枚あった。
「ありがとう。助かるわ。これ以上店で両替すると嫌な顔されるのよ」
「構いませんよ。おかげでずいぶん体が軽くなった」

「何この会話」、という感じですね。こんな言葉、たとえ思いついても言えません。

金持ちの匂い

匂いよ。金持ちが金持ちを嗅ぎわけられるように、貧乏な人間には貧乏な人間を嗅ぎわけることができるのよ。

これは何か分かるような気がします。
自分がどっちなのかは置いといて、独特な共通点がそれぞれにある。
また昔からの金持ちと、最近の金持ちは違う。
それぞれがグループ化し、異分子が入れないのは仕方がない。

ポンコツ車

でもね、ポンコツ車と同じなんだ。何処かを修理すると別のところが目立ってくる。

主人公の言葉だが、名言なのか判断が難しい。
確かに1ヶ所だけ直してもバランスが悪くなり、際限が無くなることもある。
壊れたら別だが無理して変えると、人でも車でもおかしくなりますからね。

クールに生きること

かって誰もがクールに生きたいと考える時代があった。
高校の終わり頃、僕は心に思うことの半分しか口に出すまいと決心した。
理由は忘れたがその思いつきを、何年かにわたって僕は実行した。
そしてある日、僕は自分が思っていることの半分しか語ることのできない人間になっていることを発見した。

私も思ったことを話すことは苦手なので、気持ちは分かる。
話さない期間が続くと、話すという行為自体ができなくなってくる。
別に話すことが難しい訳ではないし、出来ないわけでもない。
しかし話さないことが、自分にとっても周りにとっても普通なイメージになり、必要を感じなくなる。
それがいいとは思わないですけどね。

強い人について

人並み外れた強さを持ったやつなんて誰もいないんだ。みんな同じさ。
何か持ってるやつはいつか失くすんじゃないかとビクついてるし、何も持ってないやつは永遠に何も持てないんじゃないかと心配してる。
強い人間なんてどこにも居やしない。強い振りのできる人間が居るだけさ。

持ってる人も持ってない人も、種類は違えど苦労していますね?
どうせなら持っている側にいたいものです。

小説について

「君は宇宙空間で時がどんな風に流れるのか知っているのかい?」
「いや、でも、そんなことは誰にもわかりゃしませんよ」
「誰もが知っていることを小説に書いて、いったい何の意味がある?」

小説家と記者の会話になります。
最近テレビを見ていても、このような冗談で相手を黙らせるような会話を見ていない。
大きな声を出して、相手を罵っているだけなので少々ウンザリです。

嘘について

実際僕たちはよく嘘をつき、しょっちゅう黙りこんでしまう。
しかし、もし僕たちが年中しゃべり続け、それも真実しかしゃべらないとしたら、真実の価値など失くなってしまうのかもしれない。

このなかでは、「真実しかしゃべらないとしたら」に引っかかりました。
もし明日1日だけでも嘘をつくことが出来ず、また空気を読まない真実しか言えないとしたら、明後日はどんな世界が待っているのでしょうか?
許される嘘と沈黙は、世界を平和にすると信じている。

感想

以前に何度か読んでいたが、今回書くにあたり改めて読んでみた。
なんか現在とは違う、60~70年台ぐらいの怠惰と無気力感が読み取れる。
もちろんこの小説が流行ったということは、その当時でも異質であり、また憧れでもあったのだろう。
大勢で集まるのが苦手な私としては、本作から始まる村上春樹さんの世界観に非常に心惹かれている。
最近の作品は読んでも途中で投げ出したりしていたため、もう一度チャレンジしようかなという気分になっている。
とにかく本作は、村上春樹さんを読み始めるスタートとしては最適です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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風の歌を聴け (講談社文庫)

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