「あたりまえのことというのが曲者なんだよ」を考える

「あたりまえのことというのが曲者なんだよ。わかり切ったことのように考え、それで通っていることを、どこまでも追っかけて考えてゆくと、もうわかり切ったことだなんて、言っていられないようなことにぶつかるんだね」

「君たちはどう生きるか(吉野源三郎)」の名言。
今回はこの言葉について考えていく。

感想と考察

「あたりまえのこと」のイメージは「誰もが知っていること」や「誰もが当然のようにしてること」になる。

しかしそれは今現在の話であり、未来における正解とは限らない。本書内でも書かれているが、地動説と天動説などはもっとも分かりやすい例となる。

 

またほとんどの「知っている」や「している」ことはごく一部に過ぎない。

りんごは誰でも知っている。しかしりんごの成分や作り方を知ってる人は少ない。

映画は誰でも知っている。しかしどのように制作し、どのように映しているかを説明できる人は少ない。

スマホは誰でも知っている。しかしどのようなプログラムなのか、どのような装置が組まれてるのかを説明できる人は少ない。

 

「あたりまえ」というのは、誰でも知ることが出来る表面に過ぎない。そこを一歩越えれば、とてもあたりまえなんて言えない世界が待っている。

 

「あたりまえ」と話すのは、自分の無知と排他的な性格を話してると同じである。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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君たちはどう生きるか

 

→君たちはどう生きるか
→「常に自分の体験から出発して」
→「貧しい人は自分の貧乏に引け目」
→「弱い人は自分にも他人にも不幸を招く」
→「結果を考えるより今すべきこと」
→「自分に絶望してはいけない」
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