「自分が正しいことを信じると争いは絶えない」を考える

「人は対人関係のなかで『わたしは正しいのだ』と確信した瞬間、すでに権力争いに足を踏み入れているのです」

「嫌われる勇気(岸見一郎、古賀史健)」の名言。
今回はこの言葉について考えていく。

感想と考察

人は自分が間違っているとはなかなか受け入れることが出来ない。それは自分はもちろん相手も同じである。

自分が正しいと相手を説得することは、相手が間違っていると指摘してるのと同じ。このギャップを正しいと信じてる人は忘れてしまう。

 

数学の問題なら別だが、ほとんどの物事に明確な正解は無い。またその時は正解であったとしても、次の瞬間には間違いに変わっていることもある。

 

人によっても正解は変わってくる。社会的成功を正解と考える人もいれば、自分の時間を確保することが正解と考える人もいる。少なくともどちらも間違っていない。

 

正論を話す人がよく次のように言う。「私の言うことは間違っていますか?」
本人は自分の正しさを信じてるが、ケンカを売ってるのと変わらない。

 

正しさも正解も一つでは無い。自分の正解が相手にとっての正解でもない。正しさの押し売りだけは止めたいものです。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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嫌われる勇気―――「アドラー」の教え

 

→嫌われる勇気
→「問題は世界がどうであるかではなく」
→「怒りを感じた時の行動の意外な真実」
→「あなたが変われないでいるのは」
→「人間の悩みは、すべて対人関係の悩み」
→「もしも自慢する人がいるとすれば」
→「不幸自慢を話す人は不幸であることに」
→「健全な劣等感とは理想の自分との比較」
→「すべての人間は同じではないけれど」
→「相手の評価ばかり気にすると」
→「ほめるとは能力のある人が」
→「大切なのは他者を評価しないこと」
→「変えられるものと変えられないもの」
→「人間にとって最大の不幸は」
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