「問題は世界がどうであるかではなく、あなたがどうであるか」を考える

「問題は世界がどうであるかではなく、あなたがどうであるか、なのです」

「嫌われる勇気(岸見一郎、古賀史健)」の名言。
今回はこの言葉について考えていく。

感想と考察

人はどうしても現在の不遇を周りの環境に責任転換する。確かにそれは事実であり、また一面の真実であることは間違いない。

ただこれも事実として「全ての真実でも無い」

貧乏な家庭に生まれたことを原因と話す人がいる。しかし貧乏だからといって全ての人が同じように不遇とは限らない。

就職氷河期に社会人になったことを原因と話す人がいる。しかし同世代の全員が不遇なのでは無く、あくまで「あなた」が不遇であるに過ぎない。

例えばバブルの時でも、全てが良かった訳ではない。良かった人だけをピックアップしてるに過ぎない。多くの人に大した変化は無かった。

昔は働けば希望があったと話す人がいる。しかし現代に比べれば猛烈に働いており、その結果として家庭をダメにした人もいれば、病気になった人もいる。

悪く言えば「希望に踊らされていた」という側面も持つ。

現代はもちろん、過去も未来も悪い点は無数にあるだろう。それをどのように捉え、またどのように自分が行動するかが問題となる。

本書の中には次の言葉も書かれている。

「われわれは原因論の住人であり続けるかぎり、一歩も前に進めません」

原因を知ることは大切です。ただ知って歎くだけでは何も変わらないことを知らないといけない。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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嫌われる勇気―――「アドラー」の教え

→嫌われる勇気
→「怒りを感じた時の行動の意外な真実」
→「あなたが変われないでいるのは」
→「人間の悩みは、すべて対人関係の悩み」
→「もしも自慢する人がいるとすれば」
→「不幸自慢を話す人は不幸であることに」
→「健全な劣等感とは理想の自分との比較」
→「すべての人間は同じではないけれど」
→「自分が正しいことを信じると」
→「相手の評価ばかり気にすると」
→「ほめるとは能力のある人が」
→「大切なのは他者を評価しないこと」
→「変えられるものと変えられないもの」
→「人間にとって最大の不幸は」
→インデックス

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