「『悲劇は数字になる』は報道の常識だ」を考える

「『安全第一』が報道の原則なら、『悲劇は数字になる』は報道の常識だ」

「王とサーカス(米澤穂信)」の主人公・大刀洗万智の言葉。
この言葉について、いろいろ考えていく。

感想と考察

嫌な言葉ですね。
ただ真実と感じるからこそ、嫌と感じるのではないだろうか?

この言葉を考える前に、本作には次の言葉も書かれている。

「自分に降りかかることのない惨劇は、この上もなく刺激的な娯楽だ」

さらに嫌な言葉ですね。
先程は記者視点、これは読者視点になる。

残酷な事件。悲惨な災害。
誰もが自分に降りかかれば、報道などして欲しい訳が無い。
しかし現実は被害者を置いてきぼりにし、「知る権利」が行使されていく。

戦地や危険な場所に飛び込むのを、「ジャーナリスト魂」などという言葉が使われる。
しかし本当に事実や真実を伝えたいと考えている人が、どれくらいいるだろうか?

もしかしたら記者自体は、本気かもしれない。
しかし組織として活動する場合は、やはり「数字」が基本となるだろう。

メディアを批判するつもりはない。
間違いなく必要なのは事実である。
ただ本当に必要なメディアが何なのかは、読者が選ばないと行けないだろう。

アマゾンへ
王とサーカス (創元推理文庫)

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

スポンサーリンク

関連記事&スポンサーリンク