「自分の本心を忘れても、人は落としたことにすら気づかない」を考える

「財布を落としたら人は必死に探すのに。携帯電話を落としたら人は必死に探すのに」
「自分の本心を忘れても、人は落としたことにすら気づかない」

「あした死ぬかもよ?(ひすいこたろう)」に書かれている言葉。
この言葉について、いろいろ考えていく。

感想と考察

ここでは「気づかない」と書いている。
しかし個人的には「気づきたくない」ではと考える。

子供の時には、多くの人が将来の夢を持っている。
その可能性を信じることが出来る。

しかし大人になるにつれ、現実を知らされていく。
可能性があるのは事実だが、その可能性が小さいことを思い知らされる。

結果として人は諦める。しかしダメな自分は認めたくない。
そして初めから無かったものとする。

現状に希望を持てない人は、本心に蓋をしている人ではないだろうか?
さらに表面的な本心では、現状を良しとしていないだろうか?

本当の本心に気づくことが出来れば、現状がどのようだとしても希望は見つかるはず。

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あした死ぬかもよ?

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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