「目とは人が見たいと思っているものを見るための器官なのです」を考える

「目とは人が見たいと思っているものを見るための器官なのです」
「錯覚にまみれ、そこにあるものを映さない」

「真実の10メートル手前(米澤穂信)」の主人公・太刀洗万智の言葉。
この言葉について、いろいろ考えていく。

感想と考察

メディアやジャーナリストの視点を話した言葉になります。

メディアが伝えるべきは何だろうか?
この件について明確な答えは無いと考えています。

事実を事実として伝えるのは正しい。
社説やコラムにより、独自の視点を伝えるのも正しい。
ただ問題になるのは、世間を誘導してしまうこと。

自分の考えを持たない人は、「メディアは正しい」と考えてしまう。
そのためメディアの伝え方により、事実とは違う捉え方をしてしまう。

少し極端な例を挙げてみる。
「ある人物が10人を射殺した」という報道があればどうだろうか?
間違いなく極悪人として非難の対象となるだろう。
しかし正確には「100人の人質を解放するため、犯人10人を射殺した」ならどうだろうか?
これなら非難する人もいるだろうが、正しいと判断する人もいるだろう。

前者も事実を伝えているが、部分的に伝えているだけである。
それにより真実を大きく捻じ曲げてしまう。
簡単に言えば、メディアは事実によって錯覚させることが出来るのです。

メディアが自分の見たいものだけを見てしまうと、錯覚ばかりになってしまう。
さらにその誘導できる力が、自分たちの実力と勘違いしてしまう。

メディアが判断する「目」であってはいけない、と主人公・太刀洗万智は考えている。
個人的には全くの同意見です。

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最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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