「男女平等」思想は女性を幸せにしたのだろうか?

現代では「男女平等」の思想が広まっている。これは当たり前であり、批判の余地はありません。
しかしこれにより女性が幸せになっているかと問われれば、疑問を持っているのも事実です。

今回はこの件について考えていく。

「男女平等」思想は女性を幸せにしたのだろうか?

改めて書きますが、「男女平等」は当たり前です。不平等などあってはいけません。

 

しかし次の問を見て下さい。そして考えて下さい。

「男女不平等」の時代、女性は不幸だったでしょうか?
「男女平等」の現代、女性は幸せでしょうか?

 

この問いかけに「はい」と答える人は少数ではないだろうか? 実際、私自身も「いいえ」と答えます。

 

ただこの問題自体にはトリックがあります。それは「0」か「100」かの問いかけをしていることです。

「男女平等」により幸せになった人は確実に存在します。しかし「男女平等」により不幸になっている人がいるのも事実だと捉えています。

 
スポンサーリンク
→kindle unlimited(初回30日間無料体験)
→Amazonオーディブル(最初の一冊無料)

 

会社に限らず地位や権力を求めている女性は、「男女平等」を求めているでしょう。
しかし専業主婦に憧れる女性は、「男女平等」を求めているでしょうか?

 

ここで問題になるのは、平等には「権利」と共に「義務」が発生するということです。
この点が抜け落ちていることが、そもそもの問題だと考えます。

 

また権利を主張する場合、相手の権利を受け入れることも必要になります。

 

例えば、男性管理職ばかりのため、女性管理職を増やせという主張があります。
逆にいえば、女性管理職が多い会社は、男性管理職を増やせという主張でもあります。

これを受け入れられないなら、単なるわがままと言えるでしょう。

 

日本の「男女平等」には個人的に疑問を持っている点があります。
それは平等を求めるあまり、公平がないがしろにされている所です。

 

男女が真に平等なら、男女比を議論すること自体が無益です。なぜなら見るべきは個人であり、男女自体が問題にならないからです。

この点を無視して単なる数値目標だけを問題にする。この時点で日本の「男女平等」は大きく間違っている。

「男女平等」はチャンスの平等であり、結果は公平でなければならない。

 

「男女平等」により女性には「働く」というプレッシャーが生まれた。男性に押し付けて専業主婦になるという逃げ道があったのに、それを狭き門にしている。

 

働いていない男性が非難されるように、「男女平等」だとしたら働いていない女性も非難されることになる。

それは違うというなら、「男女平等」では無い。

 

もちろん女性には出産という大きな問題はあるが、子育ては必ずしも女性の分担ではない。男性が手伝わないのは個人の問題であり、平等という社会の問題では無い。

 

最後に、能力のある女性にとって「男女平等」は必要なことだ。しかし能力に自信の無い女性にとって、「男女平等」はむしろ不幸の原因になっていないだろうか?

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

→インデックス

スポンサーリンク

スポンサーリンク

13_感想・紹介・思考
関連記事&スポンサーリンク
関連記事&スポンサーリンク
本の名言サイト
タイトルとURLをコピーしました