人は得をすることではなく、得をしたと感じることを求めている

人は得をすることではなく、得をしたと感じることを求めている。似ているようでこの二つはまったく異なることを多くの人は気づいていない。

今回はこの件について考えていく。

人が本当に求めていることは?

得をすることと、得をしたと感じることの違いは何だろうか?

 

たとえば1万円もらったとする。間違いなく得をしている。しかし受け取り方は人それぞれだ。

5千円しかもらえないと思っていた人は、得をしたと感じる。
3万円もらえると思っていた人は、逆に損をしたと感じるかもしれない。

 

同じ得でも、期待値とのギャップが「得をした感」を左右する。

 

プレゼントで考えても分かりやすい。
千円のTシャツをもらっても特に嬉しくない。しかし千円の靴下をもらえば嬉しいもの。

問題は値段では無く、高級感にあるからだ。

 

個人レベルでは、この感覚を理解できる人は多い。しかしいざ人を使う立場になると、なかなかこの考えに頭が及ばない。

 

たとえば経営者だとする。そうなるとただ給料を出せばいい、ただボーナスを出せばいい、ただ勤務時間を短くすればいい、という感じで、数字のみを追いかけてしまう。

政治家なども同じ愚を犯している。ただ実行すれば国民が喜ぶと考え、しかも期待値よりも低いことが多いため不満が沸騰している。

 

人によってはこれを卑怯と考えるかもしれない。しかし予算を変えずに人の感情を変えることは誰にとってもマイナスにならず、むしろプラスである。

 

「朝三暮四」という言葉は、悪いように取られることが多い。しかし結果として誰も悪くなっていないのだから、個人的には成功例だと捉えている。

 

これに対して「大衆をバカにしている」や「大衆はバカだ」と考える人は、批評家にはなれても政治家や経営者には向いていない。

 

マキャベリ著「君主論」の中に次の言葉が載っているので最後に記しておく。

「人間は迫害されると思っていた者から僅かな恩恵をこうむると感激する」

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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