思うのは自由だが話すのは自由じゃない点を考える

最近「表現の自由」の権利がいろいろ言われてるが、何かズレている。
自分に都合のよい権利を主張し、相手の権利をないがしろにしているようにも感じる。
今回はその点について考えていく。

表現は自由なのか?

最初に結論を書けば次となる。

「表現は自由である、しかし全ての表現は自由じゃない」

 

または次のようにも表現できる。

「思うのは自由である。しかし話すのは必ずしも自由じゃない」

 

例えば、相手をバカと思うのは自由である。
しかし相手にバカと言うのは自由じゃない。まして権利など無い。

 

個人的に裸になるのは自由である。
しかし浴場など相手の了承のある場所以外で、見せつけるように裸になる自由も権利も無い。

 

このように全ての自由や権利・表現は、相手との相対関係の上に成り立っている。
それは法律的な問題を上回る、個人の尊厳レベルの話となる。

 

それなのに文化人と言われる人ほど、自分の権利ばかりを主張してるように感じる。

「本当の文化人とは、相手の権利を主張する人である」

少なくとも私はそのように考えている。

 

「銀河英雄伝説」という作品のヤン・ウェンリーも次のように言っている

「思うのは自由だが、言うのは必ずしも自由じゃないのさ」

個人的には当たり前と思っているが、意外と蔑ろにされている。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

アマゾンリンク
銀河英雄伝説全15巻BOXセット

 

→銀河英雄伝説
→銀河英雄伝説(ヤン)

→インデックス

スポンサーリンク

スポンサーリンク

13_感想・紹介・思考
関連記事&スポンサーリンク
関連記事&スポンサーリンク
本の名言サイト
タイトルとURLをコピーしました