批判や非難はたとえ正しくても状況はよくならない

世の中には批判や非難が溢れている。しかしその指摘が正しくても、状況や結果がよくなることは滅多に無い。なぜだろうか?

今回はこの件について考えていく。

なぜ批判や非難では状況がよくならないのか?

最初に書いておくが、批判や非難はしない方がいいと言っているのでは無い。もし何も言わない世の中になれば、それこそ状況は悪くなるばかりだ。

ただ問題にしたいのは、今の世の中はただ批判や非難をするだけになっていることだ。

 

間違っていること、不具合があること、非効率なことを指摘するのは必要である。ただ指摘するからには、より実行可能な案を伝えることはセットであるべきだ。

ダメな点をダメと言うだけでは、たとえその指摘が正しかったとしても、意味が無いどころか混乱を招くだけのことが多い。

または単に批判する人の不満を吐き出しているに過ぎない。

 

例えば、親が子供に「勉強しなさい」と批判・指摘するのはどうだろうか?

指摘自体は全く正しい。勉強しないよりは、勉強する方が正しい。しかしその結果、子供が勉強することは稀である。

そのことは親も分かっているだろう。結果が伴わないのが分かっているのに、相手の問題点を指摘する。それは楽に逃げているだけに感じる。

または自分の言い訳に利用しているだけかもしれない。本人にその気は無くても、結果としてはそうとしか取れない。

 

また子供がテストで80点を取ったとすればどうだろうか?

個人的には立派だと考える。しかし20点分を間違ったのも事実だ。そのため「なぜ20点分を間違ったんだ!」という非難は、正しい指摘である。

これに反論するのは難しい。なぜなら非難した側は「正しい指摘」と強弁できるからだ。

 

何かを実行する時、100点または100人中100人が納得できることはほとんどない。誰かが助かれば、誰かに何らかの不公平または不平等が生まれる。

100人中90人が助かったとしても、10人は少数として見捨てられたと強弁できる。
100人中10人しか助からなければ、90人の多数が不満を感じてしまう。

批判や不満という視点に立てば、問題点はほぼ100%の確率で発生する。

 

これまでのように実行者が常に批判や非難の対象になれば、実行しようとする気持ちが失われるのは間違いの無い事実だ。もし実行するとなれば、自分の利益しか考えなくなるだろう。

人の批判や非難を享受しならが、人のために頑張れというのは無理がありすぎる。

 

また残念ながら、批判や非難している人が提案した場合、驚くほど低レベルな発言をすることもよくある。提案と批判のどちらが簡単かよく分かる。

 

結論として、批判や非難は必要である。しかしより実行可能な提案をするのはセットであるべきだ。そうでなければ、何も言わない方が状況はマシである。

相手を悪く言うだけの批判や非難が無くなることを望んでいる。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

スポンサーリンク

スポンサーリンク

13_感想・紹介・思考
関連記事&スポンサーリンク
関連記事&スポンサーリンク
本の名言サイト
タイトルとURLをコピーしました