「群れるな」より寺山修司の名言まとめました

「群れるな」より、寺山修司の名言をまとめていきます。

群れるな

人は弱いから群れるのではない。群れるから弱くなるのだ。

いきなり寺山節炸裂ですね。
正直、事実かどうかは分からない。ただ、人の後ろばかり歩くのは窮屈だ。

場所

この世に「同じ場所」などない。

「場所が違えば、同じでない」という意味ではない。
「同じ場所でも、同じでない」と訴えている。
「?」になりそうですね。
例えば自宅としても、昨日と今日で同じではない。学校や会社も昨日と今日が同じ訳がない。
当然そこに帰る、もしくは行く自分も昨日と同じではない。

家出

地方の若者たちはすべて家出すべきです。
そして、自分自身を独創的に「作りあげてゆく」ことに賭けてみなければいけない。
帰ろうとおもえばいつだって帰ることはできるのですから...

「家出」は失踪ではなく、字の通り「家を出る」と捉えている。
もちろん実家に残り、家を継いだりすることは素晴らしいことだ。
しかし若くして一人で家を出ることは、必要だと考える。
自分自身を見直すキッカケになるだろう。周りの大切さを知ることになるだろう。
そして必要なら、そこで得た経験を持って帰ればいい。

正当性

あらゆる思想には、それぞれの正当性がある。

正当性や正義などと言うものは一つでない。よく言われる「絶対正義」などはあり得ない。
誰かが正しいと言ったことでも、逆に考える人がいる。
誰かが間違いと言ったことでも、逆に考える人がいる。
人それぞれに真実がある。

ギャンブル

あるときは勝って喜び、あるときは負けて口惜しがるのが人生であり、
それを決して「平均」しないところに、一喜一憂の恍惚と不安があるのである。

失うことも、競馬の愉しみのうちなんだよ。

よく、このように聞かれる。「トータルでは勝っていますか?」
これに対して反論している言葉になる。
ギャンブルに損得勘定を持ち込むことを嫌悪している。
「その時、楽しければいい」が本来ギャンブルの姿だろう。
また負けて、それをネタに酒を飲むのも一興である。

遊び

人生では敗けられないが、遊びでなら敗けられる。
そして敗けを知ったものだけが味わえる風景というものがある。

遊びによって勝ち負けを知る。それこそが人生を良くしてくれる、と解釈している。
ここに個人的な意見を追加したい。
「人生の大部分は敗けてもいい。本当に大切なことに勝つことが出来るなら...」

美というものは、本来、何かを欠いたものです。
完全な合理主義からは、美はおろかドラマも生まれてはきません。

完全を求めれば求めるほど、無機質になってしまう。
予め決まった合理主義に、面白みがあるはずもない。
何ごともたどり着かないことが、幸せなのかもしれない。

言葉

言葉は薬でなければならない。さまざまな心の傷手を癒すための薬に。

数々のメッセージを伝えてきた著者らしい言葉。
そして、「言葉は凶器になる」とも伝えている。言葉の大切さと怖さを思い知らされる。

真実の敵

真実の最大の敵は、事実である。

少し「?」になる人も多いだろう。
しかし、真実と事実の意味の違いを知ることにより理解できる。
ここでは長くなるので書かないが、調べるのも一興である。

言行不一致

「立派なことをいうが、あいつのしていることはいったい何だ」などという非難で、本末を転倒してはいけない。

言っていることと、していることが違う人がいる。
健康を語りながら、不健康な生活の医者がいる。
夫婦仲を語りながら、浮気している人がいる。
「これってダメなのか?」を問いかけている。
判断は各自に任せます。

期待

「期待する」ということに期待しすぎると幻滅するものです。

期待することはいい。しかし、期待のほとんどは裏切られる。
その事実だけは覚えていたい。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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群れるな―寺山修司 強く生きぬく言葉

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