「自分の中に毒を持て(岡本太郎)」の名言まとめました

「自分の中に毒を持て(岡本太郎)」の名言をまとめていきます。

自分の中に毒を持て

第一章 意外な発想を持たないとあなたの価値は出ない

「危険な道をとる」
いのちを投げ出す気持ちで、自らに誓った。死に対面する以外の生はないのだ。

若くしてパリに来た著者は、安全な道と危険な道のどちらを選ぶかで苦悩する。
そして出した結論は、危険な道を選ぶこと。
危険だから自分のしたいことを止めるのは、正しくはあるがもったいなくもある。

ぼくは口が裂けてもアキラメロなどとは言わない。

何か人と違うことをした人なら、確実に止められた経験があるはず。
欲しいのはプラスの提案であって、マイナスの否定では無いのですけどね。

失敗したっていいじゃないか。不成功を恐れてはいけない。
人間の大部分の人々が成功しないのがふつうなのだ。

決定的な大きな失敗はともかく、小さな失敗は多くした方がいい。
それでないと、年齢を重ねるごとに失敗すら出来なくなってしまう。

夢がたとえ成就しなかったとしても、精いっぱい挑戦した、それで爽やかだ。

挑戦して失敗したことと、挑戦せずに失敗しなかったこと。
自分にとってどちらがいいかは明らかだ。

かまわないから、こっちに行ったら駄目だ、と思う方に賭ける。

駄目だと思うこと自体、行きたいという願望の裏返し。
犯罪とかは論外だが、行きたい方に行くことで初めて本気になれるのかもしれない。

ほんとうに生きるということは、自分で自分を崖から突き落とし、自分自身と闘って、運命をきりひらいていくことなんだ。

崖から落ちることがいいかは分からないが、崖から落ちないとそこにあるものは分からない。
その先に何かがあるとしたら、降りる勇気は持ちたいものです。

出会うのは己自身なのです。自分自身に対面する。そうしたら、己を殺せ。

「道で仏に逢えば、仏を殺せ」という言葉に対する、著者の捉え方。
道で仏に会える訳は無く、会うのは自分自身しかいない。

何か、これと思ったら、まず、他人の目を気にしないことだ。
また、他人の目ばかりではなく、自分の目を気にしないで、萎縮せずありのままに生きていけばいい。

「他人の目を気にする」とは、本当は「他人の目を気にする自分の目」を気にしている。
自分の目さえ気にしなければ、他人の目など気にならない。

見つからないというのは、自分がそう思っているだけなのだ。
自由になれば、ほんとうはそこから何かが見つかるんだ。

見つかると思って見るのと、見つからないと思って見るのでは全然違う。
好きなことならいろいろ発見があるのは、多くの人に経験があるはず。

言いかえれば、人生、即、芸術。

どのようなことでも考え方しだいで変わってくる。
それを著者として表現したのがこれ。

計画性なんていうことにこだわらず平気で捨ててみて、つまらなかったらやめればいい。

先のことを考えすぎて、始めることすら出来ないことは多い。
難しく考えずに、とにかくやってみることの大切さを訴えている。

過去にこだわったり、未来でごまかすなんて根性では、現在をほんとうに生きることはできない。

現在を生きる人は、過去も未来も気にしない。
しかし残念ながら多くの人は、過去を引きずり未来に不安を持ち、現在を生きていない。

失敗に賭けるんだ。でも、駄目だと思うことをやった方が、情熱がわいてくる。

出来る可能性が高いことと、出来ない可能性が高いこと。
結果はともかく、より努力をするのは後者になる。

ぼくは、プライドというのは絶対感だと思う。

相対的なものではなく、絶対感としてのプライドが必要なことを訴えている。
確かに比較の上にあるプライドは、薄っぺらく感じる。

成功しない人間の方がはるかに充実していける。

成功者は充実してるように見えるが、それは他人の目の上にある充実。
自分自身ではなく、他人に見えている自分。
確かに自分自身の充実としては、成功しない人の方が自由度は大きくなる。

とかく、みんな自分を大事にしすぎる。自他に甘えているんだ。
ほんとうに自分の在り方を、外につき出していない。だから、裏目が出てきてしまう。

人付き合いにおいて多くの人は、相手に好かれるような嫌われないような行動を取る。
しかしその行動を甘えとし、結果として裏目に出ることも指摘している。

第二章 個性は出し方 薬になるか毒になるか

この世に苦しみ悩んでいるのは決して自分だけじゃない。

いろいろなことで自分が苦しい時には、世界で一番不幸と感じることがある。
しかし生きて悩める状態は、世界で一番不幸で無いことは間違いない。

冒険が終わればまた非常に空しくなる。
だから、またやる。

人が冒険と呼ぶような一時の行動について、否定的な意見を持っている。
もちろん真の冒険家は別だが、逃げとして冒険してる人がいるのもまた事実。

貧しいということは、苦しいかもしれないが、逆にその苦しいことが素晴らしい。

現在では貧しいことで自由度が奪われとよく言われる。本当だろうか?
個人的には裕福な人の方が、レールに乗るように自由度が小さく見える。
拘束の中にある自由を、多くの人が自由と勘違いしていないだろうか?

激しく挑みつづけても、世の中は変わらない。
しかし、世の中は変わらなくても自分自身は変わる。

国や世界は変わらなくても、自分と自分の周りなら変えることが出来る。
逆に大風呂敷を広げる人を、私は信用できない。

第四章 あなたは常識人間を捨てられるか

芸術はきれいであってはいけない。うまくあってはいけない。心地よくあってはいけない。

著者が考える芸術の根本原則。上手いのは芸術と呼ばない。

人間は本来、非合理的存在でもある。

人間は合理的に考えると思いがちだが、実は非合理的な行動をすることが多い。
だから頭の良い合理的な考えを持つ国の方策は、なかなか上手くいかない。

人間は祭りのために生きる、と言ってもよい。

仕事より祭りを優先する人がいる。
日本人の多くがこのようになれば、少しは住みやすくなるのかもしれない。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

アマゾンリンク
自分の中に毒を持て

→インデックス

スポンサーリンク

関連記事&スポンサーリンク