「マンガでやさしくわかるアドラー心理学2実践編(岩井俊憲)」の名言まとめました

「マンガでやさしくわかるアドラー心理学2実践編(岩井俊憲)」より名言をまとめていきます。

マンガでやさしくわかるアドラー心理学2(実践編)

失敗の責任

もしも今、あなたの人生がちょっとうまくいっていないような気がしているとしたら、それはその時の忠告や意見をした周囲の人のせいだと感じていませんか。

「あなたをつくったのはあなた。あなたを変えるのもあなた」です。
自己決定性というのは、自分のすること、見るもの、行く道はすべて自分で決めていて、自分の責任である、という考え方です。

人に聞くのことは間違いではない。しかし判断は自分で決める必要がある。
「誰々が言った通りにしたのに...」は、事実としても周りから見れば見苦しい。

好き嫌い

対人関係を重視するアドラー心理学は、「良い/悪い」「好き/嫌い」の判断軸を用いません。
代わりに、「自分と他者を含む共同体にとって建設的か非建設的(時に破壊的)かどうか?」に基づいて判断し行動に移そうと試しみるのです。

仕事をうまく進めるためには、相手と良好な関係を築く必要がある。
しかしそのために相手を好きになる必要はない。
別に嫌いでもビジネスは可能です。
それにより相手がビジネスを拒否したとしたら、それは相手側の問題です。

原因を探るのは無意味?

(目標通りに)取り組めない日があったとしても、決めたことを守れない日があったとしても、自分の「どこに原因があるのか?」と過去にさかのぼって原因追求をしないこと。
「なぜできなかったのか?」「どうして決めたことができなかったのか?」と問い始めると、「原因論の世界」に入り込んでしまうからです。

「考えない」。この簡単なことがなかなか出来ない。
いや「考えない」と考えること自体が問題なのか?
個人的には、「考えない」ことは無理と結論付けている。それならどうするか?
「考えていることに悩まない」。これしかない。
悩みに悩みもかぶせても、仕方がないですからね。

能力の考え方

重要なことは、何を持って生まれたかではなく、与えられたものをどう使いこなすかである。

アドラーの有名な言葉です。
能力と言うのは持っているだけでは意味がない。
その能力を、どのように使うかが重要となる。
少し視点を変えると、あらゆる人に何らかの能力はある。
それが人に認められやすいものか、そうでないかだけの違いにすぎない。
もしくは時期というのも多分に影響する。
文章を書く能力があったとしても、学生の時は内向的な性格としたら上手く行かないもの。
しかし大人になった後、才能が開花する場合もある。
まず自分の好きなこと、得意なことを理解したい。

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自分のことは考えない

共同体感覚の訓練スタートは「私」に対するこだわりを離れて、「仲間」を考えることです。

自分が何か(依頼、叱責、断り、嫌なこと等)を言われた場合、多くは「なぜ自分が」という感覚になる。
ここでは、「なぜ相手は言ったのか」という視点に立ちなさいと言っている。
なぜ相手は自分を怒っているのか?
なぜ依頼を断ったのか?
相手の行動を考えることで、解決の可能性を見つける。
例えば怒っていても、「自分に注意し今後に期待している」だけかもしれない。
もしかしたら、「今日は家族と喧嘩して機嫌が悪い」だけかもしれない。
そのように考えると対応もできるし、相手にも優しくなれる。
このように考えるのは難しいが、「するか、しないか」のため実行したいですね。

劣等感

劣等感はかけがえのない友で、あなたが今日あるのを振り返ってみると「劣等感のお陰様」と言って良い部分がかなりある。

劣等感というとマイナスイメージがある。
しかしアドラー目線で考えると、絶対に必要なものとなる。
劣等感がなければ努力は不要となる。
そのため、「自分は劣っている」という感覚が努力の源になる。
「劣っている」で終わるのか、「劣っているからこそ」と努力をするのかが分かれ目。

楽観主義

「ここ一番」の時は、楽観主義的な思考法を用いた方が真価を発揮できるということです。

楽観主義になることは、悲観主義の人にとって不可能と考えている。
それでも楽観主義的な思考が出来るのなら、挑戦だけはしたいですね。

不機嫌の原因

相手が不機嫌だったり、イライラしたりすることは、相手の課題であって、自分の課題ではありません。
日本の文化風土の中では、イライラ、不機嫌を自分の責任のように考え、自分を責めたり自分が肩代わりしようとしたりする人が多すぎます。

この感覚は非常に分かりやすい。
自分のために相手がイライラしていても、それはイライラするほうが悪い。
もしかしたら、他のことでイライラしているのかもしれない。
気にはなるが、無視するのが一番ですね。

天使と悪魔のささやき

悪魔のささやき(呪いの言葉)を最初から敵視するのではなく、一種の警告として受け止め、こころの中に長居してもらわなければいいのではないかと考えています。
天使のささやき(祝福の言葉)を味方につければ、自分で自分を嫌う方向に行かずに自分を好きでいられるのです。

天使のささやきとは自分を褒める言葉で、例えば「俺って天才」とか「今日は順調に進んでる」等になる。
逆に悪魔のささやきは自分を落とす言葉で、例えば「何をやってるんだ俺は」とか「何をやってもダメ」等になる。
悪魔のささやきが出るのは仕方がない。
しかし出た時は、天使のささやきを強引に引っ付けることが大切。
例えば「今日は何をやってもダメ」の後に、「いや俺は天才だから大丈夫」みたいなイメージが出来ればいいですけどね。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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マンガでやさしくわかるアドラー心理学 2 実践編

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