「いいかげんに生きる(心屋仁之助)」の名言まとめました

「いいかげんに生きる(心屋仁之助)」の名言をまとめていきます。

いいかげんに生きる

それでも、僕はあえて言いたいのです。
「いいかげんに生きて見よう」って。

自分のミスが許せない時がある。
同じことを人がミスしても許せるのに、自分のことだと許せない。
自分に厳しいのは悪いことではない。
しかしそれが積み重なると「すべて自分の責任」になり、とても耐えきれることではない。
自分に対して、優しい「いいかげん」な気持ちを持ちたい。

「~すべき」「~しなきゃ」を捨てて、「がんばる」をやめて、自分の「心地いい」や「好き」「やりたいこと」をやっていく。
つまり「自分」を優先してもいいんじゃなかなって。

怠けろと言ってる訳ではない。
大切な家族に対して優しくするのは問題ではない。
問題は「仕方なくしていること」に対して。
会社、近所付き合いなど、もし自分が耐えている状態なら思い切って捨てみる。
「大丈夫?」と考えましたか?
もちろん大丈夫ではない。色々な問題が起こるでしょう。
しかし「今も問題はあるのだから問題なし」と考えることも出来る。
もし耐え難い状況になっていたら、捨てる決断が必要です。

そうするとわかるんです。
「自分はどうしたら心地良いのか」「自分は何が好きなのか」「自分は何をしたいのか」がね。

先程の自分優先を行った結果。
たしかに「自分はどうしたいか?」というのが、常に後回しになっている。
これって良くないですよね。

あなたのお父さん、お母さんはいったい誰のことを責めてましたか?
誰のことを「ダメ」だと悪く言っていましたか?
そこに、あなたの頭の中の罪悪感の一つの答えがあるかもしれない、ということ。

これだけだと意味がわかりにくいですね。
本人に注意する時、誰か他の人を間接的に責めていなかったですか?
例えば「勉強しないとお父さんみたいになるよ」という感じ。
この「しなさい」、もしくは「してはダメ」という言葉が自分を縛りつける。
またそれをしない自分に、罪悪感を感じてしまうという悪循環が生まれる。
逆に言われなかった人は、罪悪感を感じないため両者の溝は深まるばかり。
罪悪感をなくすことは困難です。
しかし「しなければいけない」という脅迫観念は無くしたい。

罪悪感をもってる人は、超うっとうしい特徴があるんです。
それは、「人を裁く」という特徴です。

これはあなたの周りにもいるのでは?
「私はこんなにがんばってるのに、あなたは何でそうなんですか」という感じ。
がんばっているのは本人の問題であって、他人に押し付けるものではない。
しかしこのような人にとって、当然以外の何物でもない。
もし自分が同じ行動をとっていたら気をつけたい。

あなたが、イライラを感じがちな人は、誰ですか?
それって、あなたが「我慢していること」をやってる人だったりするんですよ。

これはほとんどの人に共通するだろう。
並んでいる時に割り込まれたり、ダイエットの時に横でパクパク食べられたりした時など。
割り込みなどは、そのままだと「腹が立ち」、注意してもマイナス感情は取れない。
そのことから、気にしている時点でイライラは解決しない。
気にしないのが一番なのだが、それが一番難しい。

他人の目を気にしなくていいとしたら、やりたいことは何?

普段は意識のあるなしに関わらず、本当にやりたことは出来ない。
空想として本当にやりたいことは何ですか?

だから体に不調があるとき、これは「自分で自分にわかってほしい」というサイン、じゃないかな。

体は正直です。無理をしたら体に変化が生まれます。
「なまけろ」とは言いませんが、少し休憩してもいいのでは?

「だから、やらない」か「それでも、やる」のか。

自分はしたいが周りが反対している行動を、するかしないかの問いかけ。
子どもの選択肢は狭いが、大人になると格段に広がっていく。
しかし周りの反応から、なかなか自由になれないのも事実。
例えば会社を辞める時、多くの人から反対されることが多い。
自分本位の人は自分の意思で決定できる。
しかし周りの目を気にしたり、安定を求める気持ちが強い場合、なかなか結論に達しない。
周りの目より自分の気持ちを大切にしたいもの。
その結果、たとえ失敗してもやり直しは出来るのです。

自分の人生で、ときめかない人とは会わないほうがいいし、ときめかない集まりには行かないほうがいいし、ときめかない仕事はしないほうがいい。

人とのつながりを考えると、自分の気持だけを優先することは出来ない。
しかし嫌いなことを続けるのは限界がある。
楽しそうな会に出席した後、精神的に疲れている自分がいたとする。
これは明らかに楽しくなかった証拠です。
周りの目を気にして楽しいと思いこんでいるだけ。
全て捨てる必要はない。
しかし捨てていい関係は、捨てることで新たな自分を発見出来るのでは?

世の中、ちょろいわ。

本書の締めの言葉です。
もちろん、ちょろくないですがこう思うことが大切。
おそらく多くの人の心配は、これから起こる何かに対する心配です。
しかしほとんどは、終われば問題なかったのでは?
世の中のことやこれからのことを「ちょろい」と思うだけで、不安のほとんどは無くなるのではないでしょうか?

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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いいかげんに、生きる

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