「こう考えれば、もう少しがんばれる」の名言まとめました

「こう考えれば、もう少しがんばれる(池谷直士)」より名言をまとめていきます。

心理カウンセラーとして活躍している著者は、幼い頃より重度の難病を抱えている。
その実体験から来る対処法が記されている。
何かに諦めかけている人に、おすすめの一冊。

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大事なこと

障害があるとか、自分でお金を稼げるとか、そんなことは関係ない。
人として大事なことは、どんなときでも明るく前向きに生きていく勇気を持っていること。

重度の障害を持っている著者に対して、妻が語ったこと。
障害を持っているのは悪ではない。もちろん人に手伝ってもらうのも悪ではない。
それを本人が気にすることはない。大切なのはお互いの関係だけになる。
逆に自分を手伝わないことに対して暴言を吐いたり、またいつも申し訳無さそうに卑屈な態度を取られると、手伝う方の気が滅入ってしまう。

嫌いな人

私が、最も嫌いな人。
それは、「『あなたのためを思って』と善人ズラしながら人を押さえつけ、思いどおりに動かそうとする人」です。

この言葉は非常に重く受け取る必要がある。
親が子供に何かを教えるのは、絶対に必要なこと。しかし兄弟なら、絶対とは言えない。
まして直接的な関係にない第三者が、何かを教えるなんて必要とは限らない。
聞かれたことを教えるのは問題ない。
問題なのは聞かれてもいないことを、勝手に判断して教えること。
教えている本人は、善意の気持ちかもしれない。
しかし聞いている方が、善意と感じるかは別問題。
まして聞くのを拒否した時、「せっかく教えてあげているのに!」と怒り出す人だど論外だ。
手伝うのも、教えるのも、必ずしも正しいとは限らない点だけは覚えていたい。

助けてくれない

「大変だね」と言う人は助けてくれない。

100%の事実では無いかもしれないが、ほぼ100%の真実となる。
言葉だけでにこやかに話す人など、聞き流すのがもっとも精神衛生上には好ましい。

人間関係

付きあいたい人としか付きあわない、人間関係において絶対に無理はしない。

著者の妻の言葉になる。
多くの人の人間関係とは、マイナスにしないためでは無いだろうか?
利害関係のある人だから、嫌だが話を合わせないといけない。
悪く言われるのが嫌だから、一緒に行動しないといけない。
このように打算や利害関係が、ほとんどではないだろうか?
会うのが本心から楽しいと思える人は、何人いますか?

期待

「期待は裏切られるためにある」と思っていたほうが楽に生きられます。

「ずいぶんマイナス思考」だと考えたかもしれませんが、私はプラス思考と考えています。
最大限の期待をすると、全ての行動は減点方式となる。
待ち合わせをしたが、5分ほど遅刻してきた。
楽しい一日を期待していたが、朝から嫌なことが有り憂鬱だった、等になる。
逆に期待をしない行動は、全ての行動は加点方式となる。
いつも遅刻する人なので覚悟していたが、5分ほどの遅刻で助かった。
嫌なことばかり起こると考えていたが、朝に一回だけであり、その後は快適に過ごした。
少し極端な感じだが、どちらも同じ事実に対して考え方を変えただけ。
どちらが楽なのかは書くまでも無いでしょう。

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嫉妬

嫉妬しやすい人はみんな「暇」なのです。

随分はっきり書いていますが、個人的には同意します。
「嫉妬」は「非難」と置き換えても、同じだと考えています。

くだらない悩み

悩みには、くだらない悩みも高尚な悩みもありません。
それを決めているのは本人とまわりの人の勝手な思いこみです。

「くだらない悩みなんですけど...」と言って、話す人がいる。
「そんなくだらない悩みで...」と言って、呆れる人がいる。
しかし悩みである以上、悩み以外の何物でもない。
人によれば、そのくだらない悩みのために最悪の結論を出す人もいる。
悩みはその内容ではなく、受け取り方だけが全てとなる。

勝ち組

私が思う本当の勝ち組とは、「自分の人生を他人と比較することなく、充実感を持って生ききった人」です。

世間的な「勝ち組」は、これと真逆になる。
人と比較し優劣を判断して、どちらが勝ち組かを決めている。
しかも第三者の判断こそ、大切な要素となる。
多くの場合、自分の判断は入っていない。

自分を知る

「自分を知る」のは、なのも難しいことではありません。
やってみて失敗することで自分を知る。

多くの人が、失敗することを極度に恐れいているように感じている。
失敗自体が悪いとは限らないのに、失敗自体を恐れている。
そのため人に聞いたり、また保証を求めたりする。
その結果、失敗すると聞いた人の責任にする。そして同じ失敗を繰り返す。
人に聞くのが正しいと考える風潮があるが、それは必ずしも正しくは無い。

いまさら

いまさらいろいろなことができなくなったところで、何も変わりゃしない。

障害の悪化により、更に出来ることが減った著者に対して、妻が語ったこと。
この言葉の本意がどこにあるかは、本人にしか分からない。
しかし本心として受け取ると、自分を悪く思わないで済む。
体の変化で自分を責める必要は、何一つ無い。

奴隷

人の目を気にし、顔色をうかがって生きるということは、誰かの奴隷となって生きることと同じ。

厳しい言葉だが、現実に置き換えると同じような状況はある。
上司の顔色をうかがい、一日を過ごしている人がいる。
客先の態度ばかりを気にして、同格と考えてることが出来ない人がいる。
もちろん、「生活のためにしている」というのなら、否定する気はない。
ただその状態が異常だと言うことだけは覚えていたい。

事実

相手が言葉で伝えてきたこと以外は事実としない。

この一文だけでも、この本を読む価値があると考えている。
聞いている方は言葉とは別に、相手の表情とか態度を同時に見てしまう。
そのため言葉とは別の悪感情を持つことがある。
単に寝不足のため不機嫌に話しているだけなのに、「自分に問題があるのでは?」と無駄な詮索をしてしまう。
考えても無駄なことは、考えない方が良い。

感想

非常に興味深い内容でした。
多少、自慢話的な感じの箇所もあるが、それは自分の嫉妬心がそれを感じているのだろう。
その点は、自分自身の感覚を変えていくほうが良さそうだ。
よくある「障害者の人が元気に生きているアピール」をしてるだけの本とは、明らかに違う内容です。
悩みの有る無しに関係なく読んで欲しい、おすすめの一冊です。

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こう考えれば、もう少しがんばれる

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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