「ヒトは『いじめ』をやめられない」の名言まとめました

「ヒトは『いじめ』をやめられない(中野信子)」より名言をまとめていきます。

いじめはなぜ無くならないのだろうか?
そのメカニズムを脳科学の観点から解き明かす。
いじめ対策を考える人には必見の一冊。

根絶?

もしかしたら「いじめを根絶しよう」という目標そのものが、問題への道を複雑にさせているのではないでしょうか。

いじめはあること自体が問題だろうか?
それともいじめ見つけた後、対策しないのが問題だろうか?
現在では、いじめがあること自体が問題にされている。
しかし人がいる以上、根絶するのはSFにように脳を改造でもしないと不可能。
それならもっと、起こった後の対策を真剣に考えるべきだろう。

必要性

人間社会において、どんな集団においても、排除行動や制裁行動がなくならないのは、そこに何かしらの必要性や快感があるから、ということです。

いじめは現代だけの問題ではない。人類史において、いじめが無かった時代は存在しない。
年齢性別は関係ない。人が集まれば、何らかのいじめは存在する。
今は無くとも、時間が経てば発生する。
必要性や快感で考えたくはないが、残念ながら事実が証明している。

集団

集団は理性を鈍化する。

集団が持っている正義と、個人が持っている倫理観というものが対立したときに、個人の倫理観は集団の正義に乗っ取られてしまう。

単純に集団心理ですね。
個人が正しいと考えていても、周りが間違いと言えば間違いになる。
その内、間違いが正しいと考えるようになる。
そして最悪の状況が起きた後、「自分は反対していた」と言い訳する。
歴史は繰り返す。

始まり

いじめの始まりは、「間違っている人を正す」という気持ちから発生します。

いじめの張本人は、「自分が悪いことをしている」とは考えていないだろう。
「自分の考えと違う」を「相手が間違っている」と考える。
だからこそ厄介である。

システム

誰であっても、システムと状況次第で悪魔になりうる、そして正義という一種の脳内麻薬の中毒になってしまう。

これはいじめより、戦争をイメージした方が分かりやすい。
敵に対しては、いくらでも残酷になれる。と言うより、多くを殺せば英雄だ。
システムと状況とは、良く言ったものだ。

学校

学校は、いじめがなかったらなかったことにしたいというのが本音のはずです。

この問題は、先生方や学校だけが悪いわけではありません。
学校に、いじめを報告する努力が報われる環境がないことが問題なのです。

現在において学校でいじめがあった場合、重要視されるのは何だろうか?
本来なら、今起こっているいじめを無くすことが、重要視されるべきである。
しかし実際は、いじめが問題にならないようにすることが重要視されている。
言い方を変えれば、いじめがあっても問題にならなければ重要では無い。
学校だけに限らず、世間は弱者に優しくない。

傍観者

日本では、沈黙は金、というように、仲裁する人よりも、傍観した人が最も特をしやすい社会なのです。

これは日本に限らないだろう。
一般的には、いじめる側は力強き者。いじめられる側は力弱き者。
多くの場合、傍観者も力弱き者。
弱者に「強者に立ち向かえ」は、無理というもの。

無理

攻撃したい人の衝動を「どうにか抑制できる」とは、思わないほうがよいでしょう。

世間では、「人は話せば分かる」の大合唱。しかし、話して分からないのは知っているはず。
自分に出来ないことを、人には強要する。
当事者ではない人は、いつの場合もワガママだ。

感想

この本は、手に取った人の目的で評価が変わるだろう。
「いじめを無くしたい」と考えている人には、いじめに関するメカニズムが詳しく紹介されているので役に立つ。
しかし「今のいじめを解消したい」と考えている人には、残念ながら役に立たない。
その点では実践の書ではなく、学問の書になる。
いじめを俯瞰的な視点で考えたい人には、おすすめの一冊です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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ヒトは「いじめ」をやめられない (小学館新書)

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