「死ぬくらいなら会社辞めればが出来ない理由」の名言まとめました

「死ぬくらいなら会社辞めればが出来ない理由(汐街コナ)」より名言をまとめていきます。

「ブラック企業なら辞めればいいのに?」
多くの人はこのように簡単に言う。
しかし実際に働いている人にとって、それは簡単ではない。
その精神的な感覚を、著者自身の体験も含めて、分かりやすくマンガ形式で紹介している。
追い詰められて周りが見えない人に、おすすめの一冊です。

今一歩

「死にたい」なんて思ったことはなかった。
でも───人気のない地下鉄の駅でふと気づいた。
「今一歩踏み出せば、明日は会社に行かなくていい!!!」

この感覚を持ったことはありますか?
もしなければ幸せです。
「昔はあったなー」と懐かしく思うなら、それもいいでしょう。
しかし今現在、よく思っているとしたら大問題。
何かのキッカケで、本当に踏み出してしまうかもしれない。
今すぐの休養が必要です。

大丈夫?

「まだ大丈夫」なうちに判断しないと、判断そのものができなくなるのです。
世界は、本当は広いんです。

簡単に言えば、「マヒしてくる」
大変なことを普通と考えるようになり、普通すら出来ない自分をダメと考えるようになる。
追い詰められると、人の声を素直には聞けなくなる。
「分かっていることを言うな!!」と怒りたくもなる。
しかし、その段階はすでに異常です。
(頑張って?)休まないといけない。

周りの環境

がんばりすぎる理由として、よく陥ってしまう罠。
「他のみんなもがんばってるから」

職場あるあるですね。
「誰かが帰らないと帰れない」
「上司よりも先に帰れない」
「帰ろうとしたら、仕事を増やされるので帰れない」
「人が困っていたら、手伝わされて帰れない」
帰れない理由だらけです。
しかし時期的に大変な時はともかく、通常時は自分の仕事さえ終われば帰っていいはず。
いつも助けてくれている人が苦しんでいたら手伝ってもいいが、普段から助けてくれない人を、助ける必要はない。
それでは、自分だけがいつも大変になってしまう。
「自分は自分、人は人」
これは「メリハリ」であり、自分の問題はない。

できない理由

「できない」にはちゃんと理由があります。
そのすべてが闇雲な努力で克服できるとは限りません。

仕事はがんばりではなく、能力や経験でするものです。
出来ないものは出来ない。小学生に大学生の問題が出来ないのと同じこと。
努力やがんばりには限界がある。
人ができるからと言って、自分ができるかは別問題になる。
「できない」を「がんばり」だけで、解決しようとするのは問題です。
人に教えてもらったり、手伝ってもらう必要がある。
それが頼めないとしたら、問題は組織にある。

がんばりの種類

がんばる道は1つじゃない、方法も1つじゃない。
人間も1種類じゃない。
壊れるまで目の前の山に挑み続けることだけが「がんばる」ことじゃない。
自分にあったがんばり方を見つけるのは、逃げることじゃない。

がんばりは長時間労働に直結しがちです。
しかし本来、長時間労働をがんばると思うこと自体がおかしい。
本来、がんばるとは結果を出すことであり、労働時間は短いほど良い。
これは常識だが、当たり前のことが通らないのも現実。
日本人の効率の悪さは、この「がんばり」のせいかもしれない。

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残業時間

月平均80時間以上残業をしてまで、がんばることはやめてください。

よく聞くことだが、これはあくまで基準です。
もっと少なくても苦しむことはありますし、もっと多くても平気な人はいる。
そのため、79時間がよくて81時間が悪いというものではない。
全ては、「自分にとって?」の基準だけが大切になる。

突然、涙が出てきてとまらない...
そんなこと、ありませんか?

皆さんはあるでしょうか?
これは、「心のSOS」であると書かれている。
自分からの「SOS」に耳を傾けて下さい。

不幸競争

不幸競争には参加しなくていいのです。やりたい人に勝手にやらせておきましょう。

不幸競争とは、「昨日、徹夜した」とか「今月は200時間残業した」などのこと。
したい人に止めろとは言わない。しかし本来、自慢することではない。
むしろ、「計画出来ない人」や「効率の悪い人」と言える。
ただ能力がある人に仕事は集中するため、非難すべきかは判断が難しい。
しかし、異常なことに変わりはない。
そんな競争は適当に流して、勝手にやらせておくのが一番です。

トンネル

出口の見えないトンネルで、がんばり続けられないのはトーゼン。
そういうときは、自分なりの「出口」を作っちゃいましょう。

「がんばることにも期限を作りましょう」と言うこと。
入ったばかりの会社を、辞めるのは抵抗がある。
「半年で辞めていいのだろうか?」と考えることもあるでしょう。
それでは1年ならいいのか?
それとも3年がんばれば、認められるのか?
明確な基準は存在しない。ただ、一般的に3年と言われているだけ。
そこで参考になるのが、現在の先輩や上司ではないだろうか。
その人たちに未来を感じることが出来ないなら、間違いなく自分にも未来はない。
ただすぐ辞めてしまうと、次の仕事が見つかるとは限らない。
「最優先は転職、今の仕事は次が見つかるまで」と割り切るのもいいでしょう。
「今の仕事で資金に余裕を持ててから」でもいいでしょう。
とにかく、次を考えると今を耐えることが出来るもの。
ただ耐えれると、逆に不満が減って仕事を続けることが出来るかもしれない。
その結果残るのもありだが、問題を先送りしているだけになる。
本気で決めたなら、実践しましょう。

大丈夫

大丈夫ですよ。俺がやらねば誰「か」やるですよ。

誰「が」の間違いではなく、「か」で正しい。
本来組織とは、個人に頼らずみんなで協力するところ。
それがいつのまにか、いいように利用されて勘違いしがちになる。
例えば、インフルエンザで一週間出社出来なくても、結局何とかなっている。
たとえ周りが大変だったとしても、何とかなるものです。
「自分は休めない」が錯覚だということを覚えておきたい。

疑問

「辞めろ辞めろと簡単に言うけど、その後どうなるの?
ちゃんと次の仕事はあるの? 生活できるの?」
「当然の不安です。しかし、すまないがそんなことはわからない! ごめんなさい!」

会社を辞めた後の不安に対して、著者の答えになる。
これは無責任だろうか?
確かに、他人事のように話しているかもしれない。
しかしそれは当事者の問題であって、アドバイザーの問題ではない。
結局は自分で結論を出し、そして行動を起こさないといけない。
そう考えると、アドバイザーに生活の保障を求める発言は、それこそ他人事のようだ。
正直ブラック企業のために苦しんでいても、自分に関係のない人なら
興味はないのが本音です。
「心配している」と言っても、上滑りするだけ。
全ては自分の問題です。結論は自分で出して下さい。

見えない鎖

どうして大人なのに君は自由じゃないの?
その鎖の先に、本当は誰がいるの?

人にはそれぞれ縛られているものがある。
全く自由な人は、基本的にはいない。
親の期待や上司の期待、世間の目などもあるだろうか?
「自分がしたいこと」ではなく、「周りが望んでいること」につながれていないか?
もちろん、自分が親の立場なら子供に対しては責任がある。
経済的に頼りにされているなら、ムシも出来ない。
しかし単なる、「自慢の息子」になる必要は全くない。
それが苦痛なら、離れるべきです。
親子であっても、相手を喜ばすことのために自分を犠牲にする必要はどこにもないのです。

会社を辞めた後

「辞める会社がどうなっても知ったこっちゃねえよ」
こんくらいの気持ちでいこう。

会社を辞める時、「会社に迷惑がかからないか?」とか、「周りの人たちに
影響が出ないだろうか?」などを考えていたら、会社を辞めることなんて出来ない。
自分が普通な状態で転職をする場合、出来る限り迷惑がかからないようにするのは常識です。
しかし自分が大変な時、会社のことより自分を大切にする必要がある。
ここは割り切るしかありません。

異常な社会

「普通の人が真面目に働くだけで死ぬ」
どう考えても異常です。

まさに、その通り。しかし歴史などを知ると、全ての時代に異常は存在する。
その最大のものが戦争です。
人々が国を背負って、知らない者同士が殺し合いをする。
相手をより殺した人が英雄視される。
そんなことが当たり前の時代があったのは、紛れもない事実です。
そこから、「働いただけで死を選ぶ?」が不思議と考えている人も多いはず。
ただ、「昔は昔、今は今」
現状に合うように変えるには、どうしたらいいのですかね?

感想

私自身、ブラック企業で働いた経験があるので、身に覚えのあることが多かった。
そして、同じ感覚を持っている人の多さにも驚く。
そのため、「自分は普通?」と逆に錯覚しそう。
本当にがんばりも努力も大切だが、限度というものがある。
今が大丈夫でも、未来も大丈夫だという保障はどこにもない。
個人的には、「疲れた」と感じているうちは大丈夫と考えている。
逆に、「ツライ」と感じたら危険信号として、転職などを考えていた。
基準はそれぞれだが、ぜひ見つけてほしい。
とにかく今が大変であり将来が見えない人に、おすすめの一冊です。

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「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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