「寂しい生活」の名言まとめました

「寂しい生活(稲垣えみ子)」より名言をまとめていきます。

前作「魂の退社」に続く第二弾。
会社を辞める前から始めている、「電気を使わない生活」の実践記録。
洗濯機や掃除機、はてには冷蔵庫まで処分するような徹底ぶり。
モノに振り回されている人に、おすすめの一冊です。

節電計画

私の当初の目標は「電気代の半減」であった。そうか。
半減を目標にしている限りは半減などできるはずもないのである。
半減ではなく「全減」。これを目標にすべきではないか。
全減。つまりは「電気はない」という前提に立ってはどうか。
あるものを減らすという発想ではなく、そもそもないのだと頭を切り替えるのだ。

コンセントをこまめに抜いたり、照明をこまめに消しても効果はしれている。
そこで管理するのではなく、「使わない」「持たない」という発想にたどり着く。
断捨離の家電版ですね。

節電の意味

節電とは何か。それは一言で言えば、せっかく手に入れたモノを失う行為だ。

ここでの節電とは、「家電を使わないこと」
モノを失うというより、価値を失うといったほうが正しい。
便利さと快適さを失う。だからこそ普通の人は節電が出来ない。

節電と節約

自宅でエアコンを使わないことなどまったく苦にならなかった。
そもそも平日の昼は会社へ行くのだし、休日もあまりに暑ければ近所のカフェで涼を取ればよいのである。

本書の流れから考えて、ここで少し「?」が付いた。
今回の節電は、そもそも福島の原発事故から来ているので、個人の節電ではなく、最終的には全体の節電を目指していると考えていた。
またカフェが出て来るところから、「節約」でも無さそう。
他の箇所で、「オール電化住宅の電気代節約のため、家風呂を止めて銭湯に行っている」と書いている。
一人ならいいが、家族四人と考えれば莫大な出費です。
大企業の高給取り、しかも独身というところから、少しズレを感じる。

暑さ寒さ

冷暖房を使っていると、暑さ、寒さはただただ撃退すべき敵となる。

冷暖房がなかった時代、暑さ寒さはガマンするしかなかったが、対抗手段が出来ると敵として防ぐことができる。
また「ガマン」と書いたが、人それぞれにささやかな工夫を考えてきた。
結果とすれば、無くても生きていける。
これは進歩なのか退化なのか、どちらですかね?

究極の選択

冷蔵庫の電源を抜く。
生まれてこのかた想像したこともない一歩をついに踏み出してしまったのである。

冷蔵庫を持っている人で、「小さいのに買い換える」ことはあっても、「無くす」ことは考えられない。
著者は、その信じられないことに挑戦しようとしている。
同居人がいれば、絶対に受け入れてもらえなさそうですが。

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冷蔵庫

冷蔵庫のない身とは、実につまらないのであった。

冷蔵庫がないとは、まず冷たいものが飲めない。
多くを購入すると腐らせてしまうため、必要な食べ切れる物しか買うことができない。
現代なら冷凍食品を保存できない。
また電子レンジが無いため、根本的に食べることができない。
単純に楽しく無さそうである。
「昔はそうだった」と言うかもしれない。
しかし、「昔はしかたがなかった」というほうが正しい。

冷蔵庫の弊害

考えてみれば、これまでアレヤコレヤの夢を冷蔵庫の奥にため込んで、どれほど腐らせてきたことか!
簡単に言えば「食の買い捨て文化」を冷蔵庫が作り出したのではないだろうか。

分からなくはないが、ちょっと極端だ。
自分は腐らせて来たかもしれないが、計画的に使っている人はいる。
言い方を変えれば、腐らせる人は冷蔵庫が無くても腐らせる。
あらゆるものに良い面と悪い面がある。
自分の生活スタイルを変えたからといって、悪い面ばかりを取り上げるのは好きではない。

可能性

可能性を閉じて生きる。私はその可能性にかけてみようと思っているのである。

先程のように、冷蔵庫を無くすと出来ることが限られる。
そのため毎日の食事は単純になるが、それこそが素晴らしい可能性だと考えている。
質素ではあっても粗末ではない食事。
それを美味しく食べることが出来るのは、悪いことではない。
そこまではよい。しかしその先がある。
「他のものを食べたければ外食すればよい」
この考え方がある以上、目指すものがわからない。
イメージとしては修行僧ではなく、今風の家電を止めて昔ながらの生活を楽しんでいる趣味の人と捉えている。

毎日の食事

それはね、ご飯、味噌汁、漬物っていうのは、日本人にとってはやっぱりもう基本である。
基本というのは毎日同じものを食べても飽きないということだ。

個人的には全く同意する。
私もこれらは毎日食べても飽きを感じたことはない。
ただ、少し考えたい。全ての人がこれでいいのかと?
著者は時代劇などをみていていると、幸せそうであり十分であると感じている。
しかし、全世代の人がそれでいいのか?
子供はもちろん、若い人にとっては明らかに栄養不足である。
また偏っているとも言える。平均寿命や平均的な体格を見れば明らかである。
個人としてすることは自由だが、多くの人に素晴らしいと伝えるなら注意してほしい。

所有欲

我々が目指し続けている豊かさとは、何もかも自分の家の中で完結させること、すなわち「所有すること」だからだ。

家の中は別にして、何でも所有したい気持ちは分かる。
また多くの人が所有を目指して来た。マイホーム、マイカーなどは典型と言える。
しかし最近は変化が見られる。
家も所有ではなく、生活スタイルによって変えることができる賃貸を選ぶことがある。
カーシェアリングなど、所有自体に意味を見出していない人も大勢いる。
モノが売れないと嘆いている人が多い。
しかし別の価値が多く生まれている事実に、目を向ける方が有意義である。

価格

「同じものなら少しでも安く手に入れるほうがトク」
これまでずうっとそう思ってきた。でも本当にそうだったのか?
もしそうなら、自分はトクするけど相手は損をすることになる。

まったくその通りだが、少し考えたい。
「同じものなら」という点である。
言い方を変えれば、「同じもの」でも高い方を買うのが良いのか?
そもそも同じモノなど、この世にはない。
モノ自体は同じでも、サービスや品揃えなど店特有の差別化がある。
もしその差別化が無いとしたら、問題は店側にある。
少なくも、そのように考えて商売をしていきたい。

出来ること?

できることが増えるということは、やらなければならないことが増えることでもある。

たしかに言われてみるとそうですね。
本来なら「出来る」権利のはずなのに、「しなければ」という義務になっていることが多い。
例えば、「LINE」
私はしていないですが、学生や若い人などはほとんどしている。
「やりたい」人が多いのは事実だが、「しかたなく」という人も少なからずいるはず。
また仕事では、PCやスマホの使用は当たり前で、拒絶することは困難。
便利さを強調されると、不自由になるとはよく感じること。
無くすのは極端だが、選択できる環境にいたいですね。

感想

前作の「魂の退社」の後、続けて本作も読んだのだが、少し勘違いしていた。
タイトルから、「退職後の生活が寂しくなった」と捉えてしまい、その後の生活状況が書かれているものと考えていた。
確認しないのが悪いのだが、なぜか帯には「その後の物語」とある?
実際の内容は、退社前から続けていた節電の実践記録です。
節電というより、冷蔵庫など家電のほとんどを捨てるような徹底ぶりのため驚くことが多い。
ただ関心はしても真似したくはないし、人にもすすめたいと思わないのが本音。
あえて厳しい状態に自分をおいて、自然を楽しんでいる。
そんな感じの趣味の人と捉えている。
モノを減らす生活を目指す人には、おすすめの一冊です。

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寂しい生活

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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