「ワークシフト」の名言まとめました

「ワークシフト(リンダ・グラットン)」より名言をまとめていきます。

あなたは10年後の自分が、どのような働き方をしているか考えたことがあるでしょうか?
もちろん「いま働いている会社で同じことをしている」という未来も可能性としては高い。
しかし自分の年令や時代の変化により、「同じことをしているであろう」という予測は、あまりに安易といえます。
明らかに変化は起こります。
未来に対して何を考え実践すればよいか知りたい方に、おすすめの一冊です。

仕事について

私たちは仕事を通じて友達と触れ合い、心の高ぶりを感じ、創造性とイノベーション精神を最も発揮する。
同時に、仕事の場ほど、苛立ち、疲労困憊し、自分がないがしろにされていると感じる場はほかにないかもしれない。

仕事を自分の生活から外せば、多くの人が「何もしていない」という状態といって間違いないだろう。
遊びに行くのも、あくまで余暇時間に行うから楽しいのであって、毎日が日曜日になると、意外と楽しくないものです。
もちろん、金銭的な問題も大きいですが。
働くこと自体が、人生のプラスマイナスを大きく作用する。

考えないこと

変化に目を閉ざすのは無謀で危険だし、過去にうまくいったやり方が未来に通用すると決めつけるのも楽天的すぎる。

これは「考えない」と言うより、「考えたくない」が本音だろう。
人は基本的に変化を嫌います。自分の力の及ばない変化は特に嫌います。
しかし変化が起こる可能性は、「ほぼ確実」という状況です。
考えないという選択をした場合、未来で後悔するのは確実になります。

人の歯車化

第二次産業革命の時期、エンジニアが工場の間取りを描き換え、生産ラインに沿って作業員を配置した。
労働者は自立性を奪われ、工場でつくっている部品と同様の交換可能な「歯車」になった。

非常に嫌な言葉ですが、残念ながら事実です。
そして現在はもちろん、未来は更に悪化するでしょう。
厳しい言い方になりますが、歯車になってしまう自分を改善してこなかったことこそが、非難されるべきでしょう。

未来予測

現実味のある未来像を描くのは簡単ではない。
テクノロジーと社会の変化に関する予測はなかなか当たらない。
未来を予測し、計画を立てることを諦めたほうがいいと主張する人もいるくらいだ。
しかし、未来を予測することをいっさい放棄するのは見当違いだと、私は考えている。

確かに予測は難しい。例えば、1週間後の株価を当てるのも困難と言えるでしょう。
まして10年後の未来を予測するなど、まず当たりません。
しかし、当たらないからといって予測しないのは間違っている。
当たる当たらないは別にして、「可能性」を考えるのは重要です。
知っていることと知らないこと。
この差が大きいことは、多くの方が経験済みだろう。

問うべき常識

第一にゼネラリスト的な技能を尊ぶ常識を問い直すべきだ。
第二に、職業生活とキャリアを成功させる土台が個人主義と競争原理であるという常識を問い直すべきだ。
第三に、どういう職業人生が幸せかという常識を問い直すべきだ。

まずゼネラリストとは広く浅い知識を持っている人のことです。
現在、常識と考えられていることが未来でも常識とは限らない。
ただ、未来に常識になったことが正しいわけではない個人の選択には、多様性があることを認識しておきたい。

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興味深い事実

本当に興味深い事実は、たいてい細部を掘り下げてはじめて見えてくる。

表面を調べただけで分かった気になるのはダメということですね。

グローバル化

第二次世界大戦以降、グローバル化の進展により、私たちの仕事のあり方は大きく変貌してきた。
今後は、それがいっそう加速する可能性が高い。
その結果、優秀な人材が世界を舞台に活躍できるようになるという好ましい影響が生まれる半面、競争が激化し、人々がますます慌ただしく時間に追われるようになるという負の影響も生まれる。

現在ネットを使えば、ローコストで世界に向けていろいろなことを発信することが可能です。
しかし、それは自分だけの特権ではなく、多くの人が利用できること。
その分、規模が大きくなり作業量が増え、自分を圧迫する。

生活水準と幸福感

意外なことに、ある人の生活水準が一定レベル以上に達すると、それ以上に生活水準が向上すればするほど、概して幸福感が弱まっていく傾向がある。

一見すると意外に見えるが、落ち着いて考えると当然だろう。
例えば、欲しい商品があったとします。
しかし今の生活状況や貯金額により、すぐには買えない。
その時、商品が手に入らないからと言って不幸でしょうか?
私の結論は、むしろ幸福感が高いと考えます。
商品を手に入れるためにどうすればいいか考えたり、手に入れた後の自分を想像するのは楽しいことです。
旅行なども行く前の計画や空想が楽しいものです。
逆に手に入れた後は意外と使わないこともあります。
服を買ったけど着なかったり、旅行から帰ってきたら「自宅が一番」と言いかねません。
まして簡単に手に入ってしまえば、全ての価値が下落するでしょう。

地球環境

私たちは環境を気にかけているし、地球の未来を大切に思っている。
しかし、それはあくまでも長期的な関心事にすぎない。

なかなか手厳しい意見です。そしてまったくの事実です。
環境を論ずる人の多くは車に乗り、そしてエアコンを利用しています。
理想と現実のギャップを感じます。

大事なことの一つ

美しいパッチワークキルトをつくるうえで大事なことの一つは、どの素材を捨てるかを決めることだ。

著者の母親がパッチワークキルトを上手に作っていたことから、例として挙げています。
多くの人が「何が必要か?」と考えるが、「何が不要か?」が大切になります。
しかし増やすのは簡単でも捨てるのは困難です。
そしてそれの最大の障害は「人の感情」というやっかいなものです。

専門技能

なんらかの専門技能を磨くためには時間と集中が必要だが、慌ただしく仕事に追われる日々を送っている人には、この両方が欠けているのだ。

日々の仕事において、より高い専門技能の習得の必要性を感じても実際の努力している人はほとんどいない。
「現在の仕事には無くても大丈夫」という切実感がないことが大きな理由だろう。
夏休みの宿題と同じで、追い詰められないと実行できないのは時代も国も関係のない共通点なのでしょう。

遊びの重要性

創造性を刺激し、新しいアイデアを生み出すうえで、遊びがきわめて重要であることは古くからよく知られている。
私たちは、仕事を遊びと考えた方が仕事を愛せる。

多くの日本人が苦手とする考え方です。
「仕事は苦しいも」であり、また「仕事を遊びと考えるなんて」という小さいときからの刷り込みも大きいでしょう。
労働における飛躍的な質の向上は、遊びの中にあるのですけどね。

仕事における3つのシフト

第一のシフトで目指すのは、専門技能の習熟に土台を置くキャリアを意識的に築くこと。
第二のシフトは、せわしなく時間に追われる生活を脱却しても必ずしも孤独を味わうわけではないと理解することから始まる。
第三のシフトは消費をひたすら追求する人生を脱却し、情熱的になにかを生み出す人生に転換することである。

私なりに解釈すると次になる。
自分にしかできない技術を持ち、相手を自分の環境に合わせ、モノ以外に価値を見出す。

2025年の不幸な予測

2025年の世界では、何十億人もの人々が孤独な職業生活を送るようになる。
2025年の世界に蔓延しているもう一つの感情は、自分が不幸せだという感情だ。
2025年の世界で人々の孤独を深める要因の一つは、不信感の高まりだ。

最初の孤独についてですが、これはオフィスで多くの人が働くスタイルから自宅において個人で働く人が増えるであろう予測から来ています。
残り2つは、現在より更に悪くなるというところですかね。
この3つの予測はおそらく当たるでしょう。
ただし自分がその環境に入るかは、まったく別の問題になります。

透明性の向上

政治家や経営者の振る舞いとは別に、政府や企業、指導者に対する信頼が落ち込んでいる一因となっていることが明らかな要因がいくつかある。
最もわかりやすい要因は、透明性の向上だ。

現在における矛盾であり、皮肉とも言えます。
多くの人が情報公開や透明性の向上を訴えます。
しかし残念ながら透明性が向上し情報が増えると、不信感ばかりが増える情報が公開される。
良し悪しは別にして「知らない方が幸せ」なこともあります。
また情報にしても、伝え方によって全然捉え方が変わります。
よく言われる、「水が半分入っているコップ」です。
正しい全ての情報と、人が幸せを感じる分だけの選別された情報のどちらが正しいかは判断が難しいです。
また選別するとしても、選別する人の思惑が入るから、結局は不信感が生まれるのですが。

地域差における過去と未来

これまでの世界では、どこで生まれたかによって、ある人が経済的にどのくらい成功できるかがおおむね決まっていた。
ヨーロッパやアメリカで生まれた人は、最初からきわめて有利な立場にあり、インドやエジプトの農村に生まれた人は、最初から経済的な繁栄の枠外に押しやられていた。

(しかし未来では) どこで生まれたかではなく、才能とやる気と人脈が経済的運命の決定要因になる。

もちろん、未来においても有利不利は存在するでしょう。
しかし過去においては不可能と思えることでも、未来では困難でも可能になるでしょう。
明るい未来の可能性ほど、人の心を押し上げるものはありません。

物質主義

物質主義的傾向が強い世界では、所有物がその人の成功の度合いを判断する物差しになるのだ。

高価なものは純粋な価値ではなく、それを持っている自分という価値の方が大きいです。
例えば、宝石などが一番分かりやすいでしょう。
純粋な美しさではなく、価格の方がピックアップされます。
それが悪いとは思わないですが、優越感に浸るための道具とすれば嫌悪感を感じます。

好況なとき

好況のとき、私たちは浮かれ気分に浸って、根拠のない楽観と自信過剰に陥る傾向がある。

バブルという時代を経験した日本にとって、反論できない事実ですね。
もちろん、「自分は違う」という人もいるでしょうが、それは「乗らなかった」のか、それとも「乗れなかっただけ」なのか、どちらでしょうか?

人の物語

私たちはときとして、ほかの人から聞かされる「物語」のとりことなる。
新しいことを学び、知識や情報を交換するうえで、それが不可欠な場合も多い。
しかし、それが好ましい結果に結びつく場合ばかりではない。

多くの人が、相手の成功話や武勇伝を聞いたことがあるでしょう。
確かにすごいことも多く、自分も同じことをしたいという欲求が出ることもあります。
しかし、めったに成功しないから話として成り立つのです。
多くの場合、失敗するという現実は常に理解する必要があるでしょう。
一つ忠告することがあるとしたら、「人から儲け話を聞いたとしたら、その時点で既に古い情報」ですので、失敗が確定しています。

マイホームの弊害

多くの人がマイホームをもつようになった結果、家を売るに売れず、ほかの土地に移住できない人が増えたことも悪材料として作用している。

いまでもよく「持ち家」と「借家」論争があります。
しかし多くの場合、「単純合計のお金」ばかりが強調されています。
そして変化に対する対応が、ないがしろにされているように感じている。
もちろん、マイホームは嬉しいものでしょう。
しかし、変化に対応しにくいという「見えないリスク」が存在していることも、理解しておく必要があるでしょう。

教育の有無

いずれにせよ、教育を受けられない子どもたちがグローバルな人材市場から締め出されることに変わりはない。

以前に生まれる地域は関係ないとありましたが、教育体制が出来ていることが前提です。
人材不足を悩み嘆く暇があるなら、友好的な仲間を助ける手立てをするべきだと考えます。

複数のパターン

未来を予測することは基本的に不可能だが、どのような要因が未来に影響を及ぼす可能性が高いかはわかっている。
そして、そうした要因がどのように作用すれば、どのような結果が生まれるかもわかっている。
つまり、私たちがどういう行動を取れば、どういう未来が訪れるかというシナリオを複数パターン描き出すことは可能だ。

社会ということを考えると難しくなるので、個人単位で考えてみます。
10年後の自分はどうなっているでしょうか?
明確に見えている人もいるでしょう。
それは素晴らしいことですが、固執するのは危険とも考えられます。
なぜなら、「目標通りになれなかった自分」がいた場合、自己否定につながる可能性があるからです。
未来予測というのはあくまで「可能性」であり、予測は一つではなく日々見直すものです。
予測の正否など問題ではなく、あくまで柔軟に対応する目安で充分です。

競争結果

ひとことで言えば、ダイバーシティ(=多様性)はモノカルチャー(=単一文化)を凌駕する。
多様な視点をもつ人々のグループと、同じ視点をもった人ばかりが集まったグループが競い合えば、たちまち前者のグループが後者に大きな差をつける。

日本にとって厳しい意見です。
全てではないが、日本国内においては国に限らず同じような思想のグループだけが固まっている場合が多い。
いままでは、その団結力で解決出来たかもしれないが、これからは弱点を露呈するばかりになるでしょう。

ミニ起業家

莫大な数の顧客に製品やサービスを提供するために、メガ企業(巨大企業)を核にして、何千人ものミニ起業家で構成されるエコシステムが形づくられ、大勢のミニ起業家がコラボレーションを通じて活動を調整し合うようになる。

現代でも多数あり、より増えていくことでしょう。
例えば、ヤフオクや楽天もそれに当たります。
企業はあくまでシステムと調整のみを管理し、後はそれぞれ個の単位で処理されていきます。
コンビニなどのフランチャイズも似たようなものです。
自社だけで全てをまかなうと、無理と無駄が発生するでしょう。

3つの自分への問いかけ

第一に、あなたは大きな企業の中心で働きたいのか、それとも企業に属さずに自分でビジネスをおこないたいのか?
第二に、あなたは何歳頃まで働きたいのか?
第三に、あなたはどこで暮らしたいのか?

多くの人がおおまかには考えていても、真剣には考えていないでしょう。
明確に決める必要はありませんが、ある程度の予測を立てることで、未来への指針になることは間違いありません。

古い常識

キャリアや働き方に関する古い常識は窮屈だったかもしれないが、安心を与えてくれていたことも事実だ。

古い常識とは、学校卒業後すぐに会社に入り、決まった時間に出勤し、年功序列で給料が上がって、定年まで働くというスタイルです。
確かに、ほんの少し前までは誰もが疑わない常識であり、それ以外の働き方をしている人が少数派でした。
しかし未来では年功序列はなくなるでしょう。
定年まで同じ会社で働く人も少数になるでしょう。
私の同期でも、同じ会社に働き続けている人は少ないです。
古い常識では、「今日より明日の方が良くなる」という希望がありました。
これからの希望とは何ですかね?

技能の価値

ある専門技能や能力が高い価値をもつためには、その技能や能力の持ち主が少なく、そのことが一般に理解されていなくてはならない。
当然のことだが、同様の技能や能力をもつ人が大勢いれば、その技能や能力は大した価値をもたない。

自分の技能や能力が人よりも優れていると言える人は少数でしょう。
しかし、その少数にならないと底辺をさまよう「歯車」扱いとなる。
なってからでは遅いということを自覚したいものです。

仕事における遊び

仕事が遊びになるのは、普通はやらないことをする場合、普通やっていることをやらない場合、ものごとを普通より極端にやる場合、社会生活の普通のパターンをひっくり返す場合だ。

言い方を変えれば、普通でないことは全て遊びということですね。
常識や普通というカラを破るためには「遊びの力」が必要ということです。

ポッセ

未来の世界では、広く浅い知識をもっているだけでは価値を生み出せなくなり、知識の深さが求められるようになる。
孤立した状態で、そういう高度な専門知識が身につくことは考えづらい。
アドバイスと支援を与えてくれる比較的少人数のブレーン集団が不可欠だ。

まずタイトルの「ポッセ」とは、「同じ志をもつ仲間」のことです。
ポッセは比較的少人数のグループで気軽に協力出来ること。
同じ程度の専門技能や、知識を持っていることが条件になります。
多様性ばかりが取り上げられていますが、このような同一性の大切さも指摘している所に本書の面白さがあります。

旧来の人脈づくり

旧来の人脈づくりは、しばしばゲーム感覚でおこなわれる。
自分のイメージをできるだけ好ましく見せようとする場合が多いが、それはおうおうにして印象操作にすぎない。

最近は減ってきているかもしれないが、以前は名刺の数を自慢したり、パーティで顔を広めることが人脈と考えている人がいました。
しかし、それは調子のいい時の自分は助けてくれても、落ち目の自分は助けてくれないと決まっています。
人脈とは一体何なのでしょうか?

気の合う人たち

自分と同じ世界を生きている友人や同僚とばかり接していては、自分の知らない情報はほとんど入ってこない。

同じ人とばかり接していると、新しい情報を知らずに済むという利点もあります。
深い知識と好奇心のある人は、「いかに自分の知識が不足しているか」を理解しています。
知識不足を悩まないために、新しい知識を遮断する人を非難することは私には出来ません。

仕事の目的

仕事に関する古い約束事の核をなすのは、「お金を稼ぐために働く」という考え方だ。
しかし未来に向けて、この前提を問い直す必要がある。
本当に、仕事の目的は、お金を稼ぐことだけなのか。

「もし宝くじが当たったら、仕事なんて辞めてやる」と言っている人を多数知っています。
しかし、多くの人はその後のストーリを描いていません。
せいぜい「遊んで暮らす」という漠然としたものです。
本音では、「自分の好きな仕事をマイペースでしたい」かもしれません。

働き方における選択

ものごとを選択すること自体は難しくない。
私たちは日々、寝ている時間以外はひっきりなしに、なんらかの選択を繰り返している。
しかし働き方に関する選択となると、多くの人はそれにどう向き合い、選択の結果をどう予測すべきかをどこでも教わったことがない。

私たちの多くは「働く=会社員」という発想を持っています。
もちろん、私も持っていました。
また、「会社を辞めて独立する」と言えば、多くの人から止められます。
おそらく自分の想像外のことだからでしょう。
その分、新しい働き方を示されると非常に魅力的に映ります。
新しいことに失敗はつきものです。
飛び込む勇気と、失敗時における対策を考慮する慎重さを持ちたいものです。

選択肢がないという選択

「選択肢がない」と(本心で)言うのは、人間の性質を否定するに等しい。
このような表現を用いるとき、私たちは人間であることをやめ、動物や機械に仲間入りすることを自分の自由意思に基づいて選択しているのだ。

本書に記載されているピーター・コーステンバウムの言葉です。
自分の主体性をなくしたら、人間ではなくなると定義しています。
これとは少し異なりますが、「自分の意見がなく言われた通りに作業を行い、そして確認する」を繰り返す人がいます。
このような人は、どの扱いになるのでしょうか?

それぞれの重要性

人間のニーズと願望が多様であることを理解し、それを好ましいことだと考える姿勢が不可欠だ。
私にとって重要で、私が選びたいと思う経験が、あなたにとって重要だとは限らない。

多くの場合、周りと違う行動をしたら非難されます。
みんなが残業している時に、一人だけ定時で帰ると非難されることがあります。
残っている人は「なぜ帰るのか?」と嫉妬し、帰る人は「なぜ帰らないのか?」と不思議に思います。
相手の行動を、自分のフィルターを通して判断してはいけません。

仕事における生きがい

仕事と職場は、あなたが生きがいを見つけられる場である可能性が高い。
その場を生かすか殺すかは、あなたの勇気と未来感覚次第だ。

仕事はしんどくて、時につらいものです。
しかし多くの人にとって、知らない誰かとの唯一の接点と言えるでしょう。
「生きがい」までは大袈裟でも、「やりがい」ぐらいは見つけたいものです。

感想

本書に書かれているように、未来の予測は当たらないでしょう。
逆に言えば当てる必要もありません。
あくまで予測したしたものを利用して日々調整を行えば、よりよい未来が来ると考えているからです。
いろいろな考え方、いろいろな人たち、いろいろな環境と限りない未来のパターンの中から、自分に合ったものを選べばいいだけです。
本書はその選択をする手助けをしてくれます。ただ読めばいいのではありません。
書かれていることを自分なりに解釈し、また実行する必要があります。
そうすれば未来における働き方において、半歩だけリード出来るかもしれません。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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