「生産性」の名言まとめました

「生産性(伊賀泰代)」より名言をまとめていきます。

日本企業の「生産性」は外資系企業より劣っている。
日本企業は組織がしっかりしており、社員は優秀で勤勉であり努力も惜しまないのは事実。
それでも劣っているのは、ボタンを掛け違えた状態であり非常に「もったいない」
元マッキンゼーに在籍していた著者が問いかける。
ホワイトカラーの生産性を見直すための必読の一冊。

マッキンゼー

その働き方にはあらゆる場面において、少しでも生産性を高めようとする強い意志が感じられたのです。

著者がマッキンゼー社員時代に感じていたこと。
日本でも多くの人が作業のスピードアップを図っている。
しかしそれは個人のスピードアップであり、組織としての改善ではない。
個人のスピードアップには限界がある。しかし組織としての改善は無限に広がる
一度手を止めて、真剣に考えてみたい。

従来の方法

生産性が大幅に上がるなら従来のやり方に固執する必要はない。
リスクをとることも厭うべきではない。

従来の方法を変更する場合、多くの人から非難される。
なぜなら変更後は、慣れない作業により効率が落ちるから。
例えば以前は、紙に書いていたものを電卓で計算していた。
それをエクセル入力に切り替え依頼したらクレームが発生し、問題点ばかり指摘される。
しかし便利さを知った今では、電卓作業に戻ったら批判が出るだろう。
これは出来るか出来ないかではない。するかしないかの問題になる。

コスト削減

「生産性を上げること=コスト削減」という誤った認識も広く共有されています。

日本の生産性は、製造現場での効率アップというイメージ。
生産性のアップとは、作業効率のアップによるコスト削減が重視される。
しかし企業の生産性とは効率だけではない。
結果を上げることも生産性が上がったことになる。
例えば、従来の感覚では次になる。
一人が8時間で1万円の利益を上げた。
効率化により作業時間を半分にすることが出来た。
結果、8時間では倍の2万円の利益を出すことが可能になった。
しかし結果をアップさせるとは次の考え方も生産性のアップとなる。
一人が8時間で1万円の利益を上げた。
8時間で2倍の利益が出る方法を考えだした。
結果、8時間で倍の2万円の利益が出せた。
どちらが正しいかではない。
どちらも正しい生産性のアップとして、認識することが大切。

長時間労働

長時間労働の是正に関しても、「低い生産性の仕事を長時間、社員に課している企業」と「極めて高い生産性で朝から晩まで働き、圧倒的なスピードで世界を席巻してゆく企業」の違いが理解されているようにはみえません。

私も同じ意見を持っている。
もし立ち上げたばかりのベンチャー企業の社長が、1日8時間で週休2日の休暇をとってたら、「初めから成功する気がないのか?」と感じる。
長時間労働自体は悪ではない。ダメなのは、長時間労働を強制される環境が出来ていること。
価値が低く、また低賃金の長時間労働が問題。またサービス残業などは論外。
労働時間を問題にしている時点で、本質を見ていない。

量と質

頭では生産性の重要性を理解しているつもりでも、ビジネスの前線では往々にして質より量が優先され、生産性が犠牲にされています。

本書では人の採用に伴う効率を取り上げている。
簡単に記せば、「10人採用する場合は10人のみに面接を行い採用するのがベスト」
しかし多くの企業は、「何人面接に来た」とか「倍率がなんぼ」などを気にしており、多ければ多い程よいと考えている。
10倍応募が来れば、10倍の面接などを含む作業が発生している。
「多数の応募が無ければ優秀な人材を得られない」という発想はおかしい。
必要なのは、「優秀な人材だけが応募してくれるにはどうすればよいか?」になる。

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付加価値

日本企業は「付加価値を上げる=新たな機能を追加すること」、もしくは、「付加価値を上げる=高機能化すること」と考えているかのようにみえますが、欧州の家電メーカーなどは、「機能を絞る」ことで付加価値と価格を上げる手法も多様しています。

確かにそのように感じる。
家電は毎年のように新製品が発売され、その殆どが昨年よりも高機能で高性能になっている。
しかしよほどのマニアでなければ、それほど複雑な機能と高性能はいらない。
それなのに、レベルダウンはありえないという感じで進化している。また種類も多すぎる。
アップルが何種類の製品を出しているか、真剣に考えるべきだろう。

自由裁量

「金と手間はいくらかけてもいいから、いい人材を採用しろ!」などという生産性度外視の方針では、人海戦術(応募数という量の拡大)と条件競争(高い報酬で応募者を惹きつける方法)しか生まれません。
そんな発想では、イノベーションは起こりえないのです。

私も同じことを何度か聞いたことがありますし、耳が痛い人もいるだろう。
日本企業では、親分肌的な感じが評価されることが多い。
創業者に多そうなイメージですね。しかしここでは全否定している。
人間自由にできる環境では、意外と判断に悩むもの。
むしろ制限こそがアイデアの源になる。
明らかな不足は問題だが、多少の不足は必要なのです。

画期的

ビジネスイノベーションを起こすためには、「一気に生産性を上げて、現状の問題を解決できる画期的な方法はないか?」という強い希求心が必要です。

「画期的な方法なんて簡単には出来ない」と諦めていては永久に生まれない。
「何かないか?」と常に考えることで、画期的な方法は生まれる。
偶然生まれた方法も、常に気にしていたために気づくことを忘れてはいけない。

海外のジョーク

日本人は会議の開始時刻には厳密だが、終了時刻には極めてルーズだ。
しかも誰もそのことを悪いとは思っていない。
開始時刻にルーズなイタリア人と、終了時刻にルーズな日本人には何の違いもない。

私も同じような感覚を持っていたため、改めて言われてみると恥ずかしい。
参加している人の時間を、奪っていることに関してはどちらも同じ。
「会議しているからいいじゃないか?」という発想は、日本でしか通じない。

会議時間

大事なのは会議の時間を短くすることではなく、会議の質をコントロールすることなのです。

組織における会議回数と時間はいつも問題になっている。
しかし言われる通り、内容について明確に語られていない。
日本における会議は話し合いの場ではなく、通過するべき儀式。
このスピードの時代、このような会議をしていては会社が危ない。

社員の評価

社員の評価を仕事の成果の絶対値(量)だけで行うと、「徹夜をしてでもよい仕事をする」「どんな犠牲を払ってでも、どれだけコストをかけてでも、より高いレベルの仕事を目指す」といった頑張り方を肯定してしまいます。

日本の会社において、このような状態は評価されている。
より高いレベルを目指すのも、それに努力が伴うのも当たり前。
しかし一度ならともかく、際限のない作業では無理がある。
また最悪、「あの人はがんばっているのに、あなたは」という展開になる。
徹夜などは個人ベースならともかく、組織として認めてはいけない。

トップパフォーマー

組織力の向上のために量から質への意識転換を進めるのと同じくらい重要なのが、トップパフォーマーの成長ポテンシャルを最大限に引き出すことです。

トップパフォーマーとは「卓越したパフォーマンスを示すごく一部の社員」のこと。
著者はその一部の、トップパフォーマーの育成こそが大切と語っている。
しかし優秀なら、育成しなくても能力が高いため仕事をこなすことが出来る。
なぜ育成にこだわるのか?
それは組織の未来のため、より高いレベルに進んでもらうため。
例えば足の速い人がいたとする。
その人は学校内で競争した場合、常に一番になる。
しかしオリンピックで金メダルを取るには、優秀なコーチによる指導や環境が必要になる。
そのように一部の社員には、他とは異なる育成こそが必要。
日本の場合だと、ポストを与えてほったらかし。
乗り越えたものだけが上のポストに上がれて、またほったらかし。
これでは組織としての柱が出来ない。

中高年の再教育

選抜漏れ中高年の再教育、すなわち育成を諦めてしまうことの最大の問題は、彼らを諦めることが組織全体に悪影響を与えるという点にあります。

多くの企業では名ばかりの研修はあっても、それによって仕事の能力アップにつながることは、ほとんどありません。
むしろ研修に時間を取られたため、残業や休日出勤が必要になることすらある。
だからこそ他の会社とのレベルを広げるために、忘れ去られている中間層の実戦部隊の育成もカギの一つになる。
ただしこれには、「教育を受け入れる環境が整っているか?」を事前に確認し、整っていないなら、「どうすれば整うのか?」から考える必要がある。

取り違え

「選抜に漏れた中高年層」の再教育に及び腰な企業が少なくないのは、厳しさと優しさを取り違えているからかもしれません。

ベテランに教育という名の指導をすることは、普通の人事職員では難しい。
そして相手も、「今更」という感じになる。
しかし能力が無くても、作業が無くても「会社に残してやる」みたいな、上から目線での対応は見かけは優しいが一番残酷な対応。
逆に厳しく当たっても相手の能力アップが目的なら、一見厳しくても実は優しい対応になる。
しかし現状における厳しさは、「ただ結果だけを求めた叱責」になっていのが残念。

管理職

管理職の仕事とは、「チームの生産性向上のためにリーダーシップを発揮すること」に尽きます。

日本の管理職とは名前の通り管理して、たまにクレーム処理をするぐらい。
むしろそれで十分という感じ。
日本でリーダーシップを発揮できるほどの管理職がどれぐらいいるでしょうか?
掛け声でみんなに「がんばらせる」タイプはいる。
しかし生産性を向上させるタイプは、どれぐらいいるでしょうか?
管理職になるぐらいだから、優れた点はあると思います。
それをチームとして、利用出来ないかを考えてたい。

知らない

ほぼすべての新人コンサルタントが最初に直面する問題は、生産性が低すぎるということです。
皆優秀で真面目に頑張るけれど、生産性の高い働き方を知りません。

特に最後の「知りません」という所に注目したい。
特別な人や多少の作業自体のスピード差は個別にあります。
しかいまったく同じ作業をすれば、それぞれの差は少ない。
それなのに仕事をまかした時、大きな差が出てくる。
それは効率的な作業方法を「知らない」ことに尽きる。
しかし最初から効率的な作業を教えてはいけない。
まずどの程度、遅いかを自覚させる
その後、速い方法を知ることによって効率を自覚出来る。
それを教えることによって、相手も聞く事の大切さを覚える。
何でもすぐに変えることは出来ない。
ただどうすれば変えることが出来るかは、常に考えたい。

外注化やIT化の弊害

外部要員に付加価値の低い仕事を任せてしまうと、その仕事のやり方を改善しようというインセンティブが組織から消えてしまいます。
「とりあえずIT化」を進めても、派遣社員や新人に仕事を回すのと同様、仕事をブラックボックス化し、問題を先送りにするだけに終わってしまいます。

外注化を行いコスト削減に成功した。
IT化により作業時間が短縮した。
このような話をよく聞きます。
それ自体は悪くないが、本当の問題解決になっていない。
問題の本質は、「その作業は必要か?」もしくは「作業を半分に出来ないか?」
そのため作業自体の効率化は、第二の選択になる。
作業自体を疑うような感覚を、常に意識していたい。

仕事ができる人

本当の意味で仕事ができる人というのは、少ないインプットで高い成果の出せる生産性の高い仕事のやり方を考案し、その仕事が他の人にも可能になるよう言語化し、移植できる人です。
そして自分自身は、どんどん違う仕事にチャレンジしていく人のことです。

自分のやり方は、多くの人にとって教えたくないこと。
また教えようとしても、なかなか上手くいかないもの。
しかし本当に頭がいい人とは、難しいことを簡単なことに変換し、誰もが使えるようにする人だと私は考えている。
もし自分だけが知っていることを、チーム全体で共有となるとハードルが高い。
まず隣の人と共有することから始めては?

決断

なぜ決められないのかといえば、どこかに完璧な正解である選択肢があるはずだと誤解し、いつまでもそれを探し続けてしまうからです。

判断に悩むような選択肢がある場合、単純に正解と間違いに分かれるのではなく、単純な比較の上での差にすぎないことが多い。
そのため完璧な選択肢などどこにもなく、もちろんこれからも出てこない。
それが分かっていながら決断出来ないのは、責任を回避していることになる。
決断が必要な時には決断する。
もし間違っていたら、その時改めて見直せばいいだけ。
常に決断し方向性を示しておかないと、チームとしての機能が失われる。

目的

ゴールが何であるかを、スタート時点で意識しておく。

ゴールとはその作業の目的のこと。
もし資料を作るとしたらゴールはどこでしょうか?
資料作成がゴールと考えてはいけない。
ゴールはその資料を何に利用して、どのような結果を求めているか?
逆に言えば、その結果を求めるために資料を作っている。
そういう視点から目的を達成できるか?と見た場合、「これでは無理」と判断したら資料を作り直さなければいけない。
そうなると「本当に資料は必要?」となる可能性もあり、大幅な作業量ダウンになる。

完璧主義

完璧主義な人は「中途半端なままで投げ出すのはよくない」と考えがちですが、そういう人は、必要十分なレベルと中途半端なレベルの違いが理解できていません。

完璧でなかったとしても、目的が達成されるOKである。
それ以上のレベルを求めるのは過剰品質となる。
何でも最高を求めて、コストと時間をかけている完璧主義は弊害にしかならない。

会議の生産性

会議の生産性を高めるためにも「最初にアウトプットを具体的にイメージする」ことが有用です。
生産性の低い会議とは、時間が長い会議のことではなく、「決めるべきことが決まらない会議」のことです。

日本での会議は報告や連絡、または話し合いによる打ち合わせという側面が強く出ており、何を決めるかが決まっていないことが多い。
例えば「予算会議」だとしたら、それぞれの状況の報告と予算追加の依頼ばかりであり、揉めるだけで結論が先送りされるイメージが強い。
それならどうすればよいか?
私なら会議自体不要と考える。状況を個別に聞いて、責任者が分配すればいいだけです。
みんなを集めて、幹部職員の時間を奪うことのロスが大きい。
目的を先に考えると、自然に会議は半分以下になる。

問題点

「何が問題なのか」という起点の正しい理解が、何より重要だということです。

何らかの不具合や改善を求められた場合、多くの方が「どうしよう?」から始まります。
しかし私としては「なぜ?」から始めるべきと考えている。
なぜ不具合が発生したのか?
なぜ改善が必要なのか?
なぜ改善が必要と求められたのか?
という感じで、「正確な問題点」を解決した後、初めて方法を考えることができる。
方法が先に来ると、本当の不具合に気付かない可能性がある。
組織でも製品でも、問題点のピックアップこそが最も大切。

支援

地方、産業、個人のどれであれ、必要なのは「生産性が低いまま存続できるよう支援すること」ではなく、「生産性を少しでも高められるよう支援すること」です。

日本ではほとんどの場合、予算だけ出せば良い、建物を建てれば良いなど、外部的な支援になっている。
しかしこれでは、永久に出し続けなければいけない。
本当にすべきなことは、街や人が自立できるような環境を整えること。
これには、「人に投資すること」がもっとも大切。

日米企業の差

(日米企業の差は)リーダーシップと生産性に関する理解や取り組みのレベルは大きく異なります。
日本企業がグローバル企業と同じスピードで成長し、競い合っていくには、このふたつに関する認識を根底から、そして早急に変える必要があるのです。

日本企業に求めることが書かれている。
リーダーシップとは企業のトップのことだけではなく、全員にリーダー的な感覚が不足していると指摘している。
ほとんどの人が自分の仕事及び関係のある作業は努力するが、一歩外れると「知らない」という感じが多い。
社内全てとは言わないが、少なくともチーム内では相互関係を考えて作業をまとめるぐらいにはなりたい。
生産性についても、チーム自体の効率が上がる提案など皆無。
社内の強制提出させられる提案など、何の役にも立っていない。

感想

製造現場以外での日本の企業における生産性の低さは、よく指摘されている。
私も会社勤めを20年以上してきたため、企業のことはよく分かっている。
しかし中に入ってしまうと慣れてしまい、変化を嫌うことも事実。
また日本企業がダメではなく、この点さえ改善できればという考えから書かれている。
明日からすぐ採用できるような、アイデアが書かれているわけではない。
しかし今後における考え方が細かく書かれているので、自分の考え方ならすぐに採用することができる。
製造現場で培われているようなシステムを、デスクワークに活かせたらと考えれば、少し面白くも感じる。
自分の組織を見直したい方には、おすすめの一冊です。

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生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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