「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人(熊谷徹)」の名言まとめました

「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人(熊谷徹)」より名言をまとめていきます。

5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人

企業と労働者

日本の法律は労働者の保護(健康や自由)より、企業側の論理(業績拡大)を優先させている。

これは全くの事実である。しかし過去を振り返った時、全てが「悪」だとは思わない。
世界的に見て日本が劣っていた時代、上を目指すために自分を犠牲にして頑張ってきた人を、否定するべきでは無い。
そしてある一定まで来たのだから、変えればいいだけだ。
問題は、過去を引きずって変えれないこと。今の時代、「頑張り」だけでは限界がある。

企業と顧客

労働時間や休暇取得に対する日本社会全体の認識、特に「顧客の意識」を根本的に変えない限り、働き方の実態は本質的に変わらない。

ドイツの顧客にとって本当に重要なのは、その企業からきちんとした対応をしてもらうことであり、「自分に対応してくれるのが、常に特定の社員でなくてはならない」という認識は、ほとんどない。

日本人が休めない最大の問題が、これになるだろう。
「自分が休むと社内はもちろん、お客様に迷惑がかかる」
働く人、特に優秀な人が陥りがちなこと。
このように考えてしまうと、人が働いている時に休むことはできない。
そしてその考え方が浸透すると、お客側も許さない。
国や企業だけでなく、日本全体の問題になる。

努力と成果

日本企業ではいまだに仕事の具体的な成果よりも、働いた時間の長さを評価する風潮が残っている。

あるドイツ人が語ったことになります。
多くの日本人が、「この考え方は間違っている」ことは知っている。
しかし多くの人が、「その通り」と理解するだろう。
もちろん私自身も多くの日本人と同じ感覚だ。
この日本に根づいている悪しき風習を、何とかしないと変われない。

徹夜

百害あって一利なしの徹夜作業は、もう二度とやりたくない。

著者のつぶやきになります。私も徹夜否定派ですが、多くの人が自慢と考えている。
頑張ったアピールだと考えている。
私は「徹夜しなければ出来ないなんて、どんな計画立ててたの?」
となるが、相手に対してはとても言えない。もちろん、そんな人を認めない。

休みの考え方

ドイツでは、「長期休暇(有給休暇)を取ることは労働者の当然の権利」という考え方が根付いており、全員が交代で休みを取るので、罪悪感を抱いたり白い目で見られたりすることはない。

この中で注目したいのは、「交代で休む」という考え方だ。
日本では会社の休日イコール休みである。
しかし自分の休みと会社の休みがイコールである必要はない。
年中無休のサービス業なら当たり前だが、一般企業ではなかなかそのようになっていない。
初めから休むことを前提にする。当然それには、代わりのメンバーも事前に決めておく。
この考え方を浸透させることが、休暇を取る最初の一歩になる。

罰則

ドイツ企業は社員にさまざまな権利を認めているが、その権利を乱用した場合、容赦なく制裁の鉄槌を振り下ろす。

権利には義務が発生し、そして責任も伴う。
当たり前のことだが日本では、全体的に緩めている感じがする。
ただ緩めるのも、日本的な感覚がして嫌いではない。
しかしその馴れ合い感覚が、今の状況を生んでいるとしたらルール厳守の考え方に変えないといけない。

連絡の意味

いくら社内での連絡を密にしても、成果が生まれなかったら、まったく評価されない。
過程よりも結果が重視される。

報告、連絡、相談について改めて問いかけている。
日本の場合、報告すること自体に意味を認めている。
ドイツの場合、報告する内容に意味を認めているのだろう。
一見ドイツの方が正しいが、これは微妙と考える。
能力の無い人が「内容に意味がない」と、間違った判断をするかもしれないからだ。
だからといって、意味のないことを大量に報告しても時間の無駄である。
このバランスは個別に取らないといけない。

労働時間の価値

上司に能力が低いと見られることを恐れて仕事を抱え込み、1日10時間を超えて働いても、ドイツではまったく評価されない。

まず前提として、ドイツでは1日10時間を超える労働は違法となる。
そのため違法な行為は認めないという発想である。
もちろん日本では逆だろう。
「残業して頑張って仕事を終わらせた」として評価されるだろう。
そして残念なことに、「定時まで頑張って仕事を終わらせた」では評価が低い場合が多い。
日本では能力より努力の方が、心象的に評価される。

付加価値

人件費が高いドイツでは、付加価値が高い製品、言い換えれば値段が高い製品に特化しないと、生き残ることが難しい。

ドイツの中小企業の状況である。
労働条件は良いかもしれないが、経済状況は優しくない。
言い換えれば、当たり前の企業は潰れるということ。
日本でも潰れているのは、昔から変わらない会社では無いだろうか?
このような会社が潰れることを社会問題にしているが、進歩しない会社側が悪いとも言える。
日本人は「まじめにコツコツ」に評価を与えすぎる。
それなのに、実際にはその会社の製品を使わない。
地元の商店が閉まるのを怒ってはいても、その商店では買い物しない。
何か間違えているのかもしれない。

メディア

新聞やテレビなどのメディア業界では、今も長時間残業が当たり前の状態なので、この問題への関心度が低いように思う。

おそらく、その通りでしょう。過労死などのニュースはよく見る。
しかしそのニュースを書いている人は、「俺の方が働いてるけどな」とか思っていそうだ。
何か問題が起こらない限り、メディア側が自分たちの労働状態を発表することはないだろう。
まったく、おかしな世の中だ。

手段

働くことは、あくまでも「手段」であることを忘れてはならない。

まったく、その通りである。
多くの人が、「お金があれば働かない」と言っている。
しかし仕事と生活の関係は、「仕事の間に生活がある」という感じだろう。
もちろん、お金がないと生活出来ないのだから間違いではない。
しかし、生活の中に仕事を入れる感じに変えていきたい。

限界

誰にも、できることの限界がある。私はこの限界に達したのだ。

ドイツの評論家が失言をした後に語った言葉になります。
いくら能力があっても、限界まで頑張るとミスをする。
これは程度の差こそあれ、誰にも共通することだろう。
ただ問題は、この限界がどこなのか誰にも分からないこと。
だから労働時間の基準があるのだけど、日本人は守らない。

文化

文化の違いで、すべてを片付けてしまってはいけない。

日本人は全てこれで終わってしまう。
日本とドイツは違う。
あの業界とうちの業界は違う。
あの会社とうちの会社は違う。
あの人と自分は違う。
結局は自分を受け入れる結論になりやすい。
たとえ実際には何も変わらないとしても。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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